35 鬼ごっこ
フィオナがシルフを召喚して約三分が経過した時、フィオナに変化があった。
「見つけましたっ!」
眼を閉じてシルフとの意識同調に集中していたフィオナは勢いよく振り返ってその場の皆に報告すると、まっさきにエルが詰め寄る様に動いた。
「本当か!?でかしたぞフィオナ!!」
「それで、どこにいるの?」
「待ってください・・・・・・」
再び目を閉じて意識を集中させると、フィオナの脳裏にシルフが見ている光景が浮かび上がる。
それは上空から俯瞰した映像で、丁度街のメインストリートを少し外れた路地にベスが入って行くところだった。
シルフはそれを追いかけているようで、届いてくる映像もそれに伴って景色が流れていく。薄暗い路地にベスが入ると、そこには一人の男子生徒が待っていた。
「っ!カードを渡してます!」
『!!』
その言葉に緊張が走る。
「ちょ、それって不味いんじゃない!?」
「あっ!」
「どうした!?」
焦るオリビエの声に続いてフィオナが何かを見たのか、驚きの声を上げる。
「もう一人の方、見覚えがあります・・・・・確か、模擬戦でエルちゃんと戦った人です!」
「オズシュタンか!」
フィオナの見る映像の中で、ベスの手からカードを受け取ったオズシュタンがバッチリ写されていた。オズシュタンはカードを受け取ると、どこかに向けて走り出す。走る速度から見て、どうやら身体強化を使っているようで、あっという間に路地を駆け抜けていく。
「早いっ!このままじゃシルフが撒かれちゃう!?」
「ちっ!行くぞ!!」
「え?わわっ!?」
エルは素早く身体強化を自身に施すと、フィオナを抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこだ。
そのままエルは開け放たれた窓枠に飛び乗ると、躊躇なく外に向けて跳躍する。
「ちょっとエルっ!!」
「追いかけよう!!」
エルの行動に慌てて残りの皆も身体強化を発動させて同じように窓から外に飛び出す。
エルはフィオナを抱きかかえたまま街の屋根から屋根へ飛び移り、時には外壁を蹴って立体的な軌道を描きながら街中を疾駆する。その後ろを他の皆が必死に付いて行くが、その距離が徐々に開いて行く。
「おいおい、こっちは全力だってのにどんどん距離を離されてるぞ!?」
「ちょっとチビ助!早過ぎよ!!」
エルの見せる動きに舌を巻きつつ、何とか離されまいと必死に追いすがるが、やはり距離に開きが出てくる。
(フィオナを抱えて走っているのに追いつけないなんて!)
ライアンは走りながら先行するエルの姿に戦慄を覚えていた。
(模擬戦でも思ったけど、エルの身体能力は学生レベルを超えている!)
それも当然で、カードの力がなくともエルの身体能力はライアンとさほど変わらないのだが、圧倒的に経験値の差が違い過ぎるのだ。
いくつもの修羅場を潜りにけ、闘い続けてきた英雄としての経験は、学生程度では足元にも及ばないほどの力をエルにもたらしている。
だから、同じステータスだったとしても、エルはどう動けばいいのか?どうすれば効率がいいのか?それが体に染みついているのだ。その経験の差が、こうして如実に表れている。
「はあ、はあっ!」
一番後ろを走るアルフォードは息も絶え絶えで顔を青ざめさせながら走っていた。
(は、早っ!)
この中では一番足手まといなのは承知の上で付いて来ているが、ここまで実力に差があることにアルフォードは少なからず自信を無くしそうになっていた。
同じ年代の中でも自分は努力を積み重ねてここまで実力をつけてきたという自負があったが、目の前の現実にそのプライドにもひびが入る。
「わっ!?」
雑念に気を取られてしまったからか、アルフォードは足を縺れさせて転倒しそうになる。
「!?」
「大丈夫か?」
それをすんでのところで転身して戻ってきたベルフェルによって救われた。
「このまま行くぞっ!」
「うわっ!」
小脇にアルフォードを担ぎながらベルフェルは駆け出す。アルフォードを助けたことで距離が開いてしまったが、まだ視界には先行しているみんなの背中が見えている。これならまだ追いつけると思い、ベルフェルは更に足に力を籠めて走る。
「す、すみません」
青い顔をしながら謝罪を口にするアルフォードにベルフェルは気持ちのいい笑顔を浮かべながら笑い飛ばす。
「なに、これくらいどうってことないさ。それより急ぐぞ」
「・・・・・・はい」
二人はそのまま置いていかれない様に必死に追いかけていく。
一番先頭を走るエルは、時折フィオナにオズシュタンがどこに向かっているかを確認しながら疾走していた。
(あのクソゴミが!もしもアレに何かしてみろ、その時はこの世に生まれたことを後悔させてやる!!)
怒りで頭を赤く染めながら走っていると・・・・・
「エルちゃん、あそこの建物っ!」
「っ!」
フィオナが指し示した建物に向かい、エルはラストスパートをかける。
辿り着いた先は、大きな屋敷の前だった。立派な門扉で隔たれたその屋敷の前に、エルはフィオナを下ろすと扉を開けようと押すが、当然ビクともしない。
「ちっ!鍵を掛けてるか」
そこに追いかけていたライアン達が一拍遅れて合流した。
「はあはあ・・・・・こ、ここって」
「オルゲル先生の家、だよね?」
両膝に手を置いて息を整えるオリビエとアイリは屋敷を見てそんなことを言い始める。
「オルゲル?」
「アタシ達の魔術の先生よ」
と言われてもエルには全く身に覚えがない。図書室で合っているのだが、名前を名乗っていないので、記憶からオルゲルに関するものが一つも浮かぶことは無いのだ。
「ふんっ、そんなことはどうでもいい。それより、ここに入っていたんだな?」
「うん。間違いないよ」
フィオナに確認すると、フィオナは確信をもって頷く。
「なら、こんなもの飛び越えてさっさと中に入るぞ」
「ええ~・・・・・それって不法侵入・・・・・」
エルの大胆な提案にオリビエが引き気味だが、エルは憮然とした態度でそれを切り捨てる。
「先に手を出してきたのは向こうだ。一々気にしていられるか」
そう言ったエルは早速と言わんばかりに足に力を籠めて飛び上がる。エルの体が門を超えて見えなくなる。
「ああ~もうっ!わかったわよ!!」
オリビエもやけくそ気味に立ち上がると、エルに続いて飛び上がる。
「俺達も行こう」
「そうだね」
二人に続いてアイリとオリビエが飛び上がり、ベルフェルがフィオナとアルフォードを小脇に抱えて飛び上がって門を超える。
門の内側に降り立った七人は綺麗に手を加えられた前庭を抜け、屋敷の正面玄関まで一気に駆け抜ける。
エルが扉を押すと、扉は正門と違ってあっさりと開いた。
「入るぞ。一応用心はしておけ」
一度振り返って皆に言うと、頷くことで答えが返ってきた。
「では、行くぞ」
七人はエルを先頭に、屋敷へと侵入していった。