34 意外な実力
更衣室を出たエル達は、先行するオリビエを追って廊下を走る。先頭を走るのはエルのスカートを持って走る男子生徒、その後ろにオリビエ、二人を追いかけるエル達となっている。
「こいつ、身体強化をっ!?」
男子生徒との距離が一向に縮まらないどころか、逆に引き離されていく。
「このっ!」
相手が身体強化を使って脚力を強化しているのなら自分も、と思い、オリビエも身体強化の術を発動しようとしたまさにその時・・・・・・
「ちょ、避け――――」
ドンッ!
『うわッ!!』
不運にも廊下の角から現れた人影と激突してしまう。二人はもつれあうように廊下に倒れ、その隙を突くようにスカートを持った男子生徒は階段を跳び降りる様に駆け抜けていく。
「いった~・・・・・・っ!ヤバ、逃げられる!?」
オリビエは直ぐに立ち上がろうとしたが、自分の膝の上に同じように倒れてしまった人物が邪魔で上手く起き上がれない。
「うわっ!?」
「な、何だ!?」
そうこうしていると、犯人が去って行った階下から男子生徒の慌てる声が聞こえた。
「オリビエ、大丈夫!?」
追いついたアイリが倒れて尻餅を付くオリビエに駈け寄る。
「アタシは何とか・・・・・てかアンタ、大丈夫?」
「いたた・・・・・・・え、オ、オリビエさん!?」
ぶつかったの相手はなんと教室に戻ろうとしていたアルフォードだった。
「何だったんださっきの奴、って何してるんだ皆」
そこに階段を上ってきたライアンが現れる。その隣にはなぜかベルフェルがいた。
「おい、何している!さっさと追いかけるぞ!!」
「えっと・・・・・・この状況は一体・・・・・・」
更にそこにエルの怒声が響き、現場はカオス状態に陥った。
* * *
「なるほど、そんなことが・・・・・・」
アイリから一通りの説明を聞いたライアンとベルフェルが納得顔で頷く。
「じゃあさっきのベスの慌てようは・・・・・・」
「アイツが犯人って事だな」
なお、成り行きで話を聞いていたアルフォードはアイリの説明に引き気味だった。曰く、女性の、しかも子供のスカートを盗むなんて、と。
「ベス?知ってるの?」
何やら知り合いらしいニュアンスで語るライアンとベルフェルにオリビエが問いかけると、二人は首を縦に振った。
「ああ、俺達のクラスメートだ」
「けど、アイツがあんな趣味持ってたなんて聞いたことないぜ?」
二人曰く、ベスは成績もそこそこで、性格も大人しい方だとの事。だから余計に二人は何故こんなことをしでかしたのかと首を傾げる。
「そんなのはどうでもいいっ!早く追いかけるぞ!!」
そんなことなどお構いなしにエルが叫ぶ。
「エル、落ち着け」
「そうそう、犯人は分かってるんだし、先生たちに報告して捕まえてもら―――――」
「そんなクソみたいなもの、待っていられるかッ!!アレには・・・・・・っ!」
ライアンが宥めようと、ベルフェルが気楽な感じで解決案を出そうとしたが、エルの声が全てを掻き消した。
『・・・・・・・』
そのエルの声に、その場の全員が沈黙してしまう。
エルの放った言葉に、焦りと不安が混じっていたのを感じたからだ。
「・・・・・・・もしかして、カードが入っていたのか?」
その沈黙を破ったのは、意外にもアルフォードだった。
「ッ・・・・・・ああ」
「やっぱり、そうなのか・・・・・」
アルフォードの問いに頷くエルを見て、何かを思い出したのか、フィオナが声を上げる。
「カードって、エルちゃんが大切にしていたあのカード?」
「それって、チビ助が持ってたカードの事?」
無言でコクリとエルが頷くのを見て、アルフォードは静かにエルに尋ねた。
「大切なもの、なんだな?」
「・・・・・・・ああ。私にとって、命よりも大切な・・・・・・絆だ」
俯きながらそうつぶやくエルは、今にも泣きだしてしまいそうなほど弱々しい姿に映った。
「・・・・・・・・なら、急いで追いかけないとな」
「ライアン?」
その姿を見たライアンは、自然とそんなことを口にしていた。それに続くように、ベルフェルも陽気な声で賛同する。
「だな。さっさととっ捕まえてカードを回収しないとな。後スカートも」
「ベルフェル・・・・・」
「僕も手伝う」
真っ直ぐにエルの目を見てアルフォードは宣言する。
「・・・・・・いいのか?」
「人手は多いに越したことはないだろ?それに、その・・・・・クラスメートが困っているのを放っておくのは、その、気分が悪いし」
最後のセリフは目線を外しながらになってしまったが、アルフォードはしっかりと言い切った。
「なら、私も手伝うよエルちゃん!」
「フィオナ・・・・・」
エルの手を握って、フィオナも強い意志を持って言い切る。
「なら、早くしましょ?あのカード、確か何かの魔術が掛かっていたはずよね?もしかしたらそれが狙いで盗んだ可能性があるし、おかしなことに使われでもしたら大変でしょ?」
「さ、エルちゃん。行こうッ!!」
当然一緒に行くと言わんばかりにオリビエとアイリが締めくくる。
「お前達・・・・・・すまん、助かる」
そう言ってエルは皆に対し、感謝の言葉を伝えた。
* * *
「それで、どうやってベスの奴を捕まえるんだ?」
先ほどは頼もしい感じで言っていた割に、中々無責任な発言をするベルフェル。しかし、それを窘めることは今は出来ない。皆、同じようにどうしたものかと頭を抱えているからだ。
そんな中で、小さな手が上がった。
「あの、何とかできるかもしれません」
「フィオナ?」
手を上げたのはフィオナだった。
フィオナは廊下の窓を一つ開けると、近くに膝を突いて、まるで祈る様に手を組む。一体何をするつもりなのかと一同が見守る中、フィオナの口から力ある言霊が紡がれる。
「『精霊さん、どうか、力を貸してください』」
皆が見守る中、フィオナの祈りの声が形となって目の前に現れる。
「これは・・・・・・」
誰かの呟く声が聞こえる中、見守る一同の前に風が集まり、やがて一つの姿を形作る。
「風の精霊、『シルフ』か」
エルの言葉を示す様に、シルフはお辞儀をするように頭を下げた。
「この子の力を借りて、犯人を捜します」
「この精霊を使って?」
「はい。『意識同調』って言う術を使う事で、精霊さんと一時的ですが視覚を共有できます。それを使って空から探せば見つけやすいかと」
(っ!意識同調をその歳で使えるのか!?)
これにはエルも驚きを覚える。それと言うのも、意識同調とは精霊との繋がりが強くなければ出来ない術で、ただ単に知識があるとか、マナの量が多いとかなどでは決してできない、いわば精霊との絆が成せる技なのだ。
(精霊と友好を結ぶのにも一苦労なはずなのに、それをこの歳でやってのけるとは・・・・・・精霊使いとしてのフィオナの力は上位に位置するのではないか?)
普段の様子からでは到底想像できないフィオナの実力に、エルも驚愕を覚える。
そんなエルを他所に、フィオナは早速と言わんばかりに呼び出したシルフにお願いをする。
「空から探してほしい人がいるの。協力してくれる?」
『♪』
フィオナの願いに、シルフは踊りだしそうなほど喜んで頷くと、開け放たれた窓から勢いよく飛び出した。