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33 エル先生の授業

 日は変わり翌日の早朝、エルはうっすらと目を開けるとベッドの中でもぞもぞと身じろぎする。


「・・・・・・まだ痛むな」


 昨日から続く筋肉痛の痛みに顔をしかめながらベッドから起きだして身支度を整える。


 昨日よりかはマシだが、まだ体が痛むのか、その動きは緩慢(かんまん)でぎこちない。そうこうしていると扉がノックされ、アイリ達の声が聞こえてくる。


「エルちゃん、準備できてる?」


「ああ、今いく」


 鞄を引っ掴んで扉を開ける。今日も退屈な授業が始まるなと思いながら。



       *    *    *



 予想通りの退屈な授業が続き、四時間目の授業が終わり昼休憩。エル達はいつも通りアイリ達と昼食を共にしていた。


「んん~・・・・今日は良い天気だね」


 青空を見上げながら伸びをして、晴れ渡る空に負けないくらいの清々しい笑顔を見せるアイリに同意するようにオリビエは頷く。


「そうね。たまには外で食べるのも良いわね」


 エル達は今日はいつも使っている食堂ではなく、ランチをテイクアウトして日が差す中庭に来ていた。


 事の発端はフィオナの何気ない一言から始まった。


「今日は良い天気ですねぇ」


 と、雲一つない快晴の空を見ながら言った一言から始まり、「ならせっかくだし、外で食べない?」とオリビエからの提案で中庭での昼食タイムとなった。


 五人は芝生エリアに腰を下ろし、テイクアウトしてきたランチボックスを広げて思い思いに(くつろ)ぎながら食事を進める。


「アンタ達は午後の授業は何?」


 と、オリビエの何気ない質問に、フィオナが答える。


「私達は実技の授業があります」


「今そっちがやってる実技って何だ?」


「今私達がしているのは、魔術発動のタイムラグを無くすための実習訓練です」


「ああ~やったな~」


 懐かしいなとライアンが自分も通った道を思い出しながらしみじみと呟く。


「先輩たちも?」


「そうよ。あの時はまだ魔術を使い始めたばかりだから苦労したわ」


「そうだな。俺は昔から魔導戦士よりだったから特に苦労したよ」


 二人揃って苦笑を浮かべながら当時の事を話す。


「けど、アイリは直ぐに出来たよな?クラスでも一番早かった」


「そうそう、アイリ昔っから呑み込みが早かったもんね」


「そ、そうかな?」


 二人から褒められて顔を赤くしながらアイリはサンドイッチを頬張る。


「ほう、魔術を習い始めた者は大抵最初はそこで躓くのだが、アイリは優秀だな」


「そ、そんなことないよッ!!」


 魔術発動はいかに早くキャンバスを作り上げ、そこに正確に術式を刻むかで発動までの速さが決まる。


 例を上げるなら、初級魔術の魔力弾なら三秒から五秒以内に収めるのが理想とされる。と言ってもこの例えは始めたばかりの者に対する基準だ。エルなどの熟練者がやれば一秒も掛からない。


「それで、何の魔術で訓練するの?」


「今回はライトニングアローです」


 初級魔術『ライトニングアロー』。雷属性の魔術で、文字通り雷の矢を作り出して標的に打ち込む攻勢魔術だ。


「ライトニングアローかぁ・・・・・雷属性って、なんか扱いづらいのよねぇ」


「そうだね。イメージとしては何となく掴めるんだけど、それを魔術で再現するのって、何だか雲を掴むような感じなんだよね」


 オリビエとアイリは雷属性が苦手な様で、二人は苦り切った顔をしている。


 一方ライアンは逆に特に気にした素振りを見せていない。


「二人の適性もあるんじゃないか?俺はどっちかって言うと得意な方だし」


「あ、そっか。ライアンは雷属性、得意だったわね」


「・・・・・あの、人によって苦手な属性ってあるんですか?」


 おずおずと手を上げたフィオナがそんな質問をし、それを聞いた上級生三人が顔を見合わせる。


「ああ~そうか。まだそこまで習ってないよな」


「アレって、確かもう少し授業が進んでからだっけ?」


「確かそうだったと思う」


「えっと?」


 何を話してるのかいまいち理解できないフィオナが首を傾げる。


「あ~悪い悪い。本当ならこれはもう少し先の授業で習う内容なんだ」


「フィオナよ、人には生まれ持った『適正』と言うものがあるのだ」


 上級生三人が答える代わりに、エルが先にフィオナに答えを教える。


「『適正』?」


「そうだ。人は生まれながらにして得意な属性と、そうでない属性が決まっている。ライアン達が言っているのはその事だ。これで当てはめるなら、アイリとオリビエは雷属性の適正値が低く、扱うのが難しい。逆にライアンは適正値が高く、雷属性との相性がいい」


「へえ~!」


 感心したようにエルを見るフィオナに、気を良くしたエルは更に付け加える。


「かと言って、適正値が低いからと言ってその属性の魔術が使えないわけではない。他の属性に比べれば威力や速度が落ちてしまうが、それは訓練などでカバーできる範囲だ。自分の苦手な属性を克服(こくふく)してものにする者もいれば、その逆に、得意な属性を極めようとする者もいる・・・・この間のアイリ達の授業を覚えているか?」


「えっと・・・・・・デュアルマジック、だっけ?」


「そうだ。アレは適正の有る無し関係なく使える様に調整された技術でもある。例えば・・・・・そうだな、風属性は得意だが、火属性が苦手と言う者がいるとしよう」


「うん」


「デュアルマジックの術式には、その適正値を平均化し、同等の値に調整する役割も組み込まれている。これのお陰で同時に違う属性のルーンを組み込んでも、相殺されることなく、術式としてキャンバスに刻むことが出来る・・・・・分かるか?」


「うんっ!凄いねエルちゃん、そんなこと知ってるんだ!!」


「ふはははっ!まあ、なっ!!」


 フィオナの尊敬の眼差しを受け、エルは胸を張って高笑いする。それはもう盛大に笑う。


『・・・・・・・・・』


 エルが高笑いする中、笑えない人物がいた。上級生三人組である。


「な、なあ二人共、さっきの話、知ってたか?」


 小声でライアンがアイリとオリビエに尋ねると、二人は揃って首を横に振る。


「アタシ達が受けた授業じゃ、あそこまで習てないわ」


「私達が習ったのは、あくまで『二属性以上を術式に組み込んで発動する技術』って言う事だけで、エルちゃんが言っていたような事は先生は一言も・・・・・」


 ライアンと同じように小声で二人が習った内容を教えると、ライアンも困惑した様な顔をする。


「やっぱ、そうだよな。俺も昨日受けた授業ではそれしか聞いてないし・・・・・・」


 三人が同時にエルの方に目を向ける。三人の視線の先にいるエルは、まだフィオナからのヨイショに浸ったように高笑いを継続中だ。


「・・・・・・・ホント、凄いのか凄くないのか分からないチビ助ね」


 そんなオリビエの感想など耳に入っていないエルは、調子の良い笑い声を空に響かせた。



          *     *     *



 エルの知識の高さが炸裂した(ついでに馬鹿笑いも)昼食タイムもお開きとなり、五人は揃って午後の授業を受けるべく校舎に戻ろうとしていた。


 ランチボックスを食堂に返した五人は、食堂がある建物と、中央棟がある丁度真ん中の道を歩いていた。


「ああ、午後の授業がかったるい・・・・・・サボるか」


「チビ助、馬鹿言ってないで授業ぐらいちゃんと受けなさいよ」


「チッ、口うるさい奴め・・・・・・」


 オリビエに聞こえない小さな声で愚痴る。


(くそ、身体も痛し・・・・・・マジでサボるか?)


 と、筋肉痛で四人の後ろをよたよたと歩いていたエルの頭上に、()()()降ってきた。


 バシャッ!!


『!!』


 前を行く四人が、後から突然聞こえてきた音に驚いて振り返ると――――――――


「エ、エルちゃんっ!?」


 頭からつま先まで水でびしょ濡れになったエルがいた。


「ど、どうしたんだいった・・・・いっ!?」


 ライアンが慌てて駆け寄ろうとして足がもつれそうになる。その原因は、エルの濡れてスケスケになった服だった。


 全身が水でびしょ濡れになったエルの体は、服が張り付いて体の凹凸がハッキリしてしまい、白いシャツからはその下にある黒い下着までもが透けて見えてしまっていた。


 年下とは言え(外見年齢だけだが)容姿の整った少女のあられもない姿に、流石のライアンも一気に顔を赤くしてしまう。


「これって・・・・・・」


 幸運な事に、そんなライアンよりも、エルの足元に転がっていたそれをオリビエ達は見つける。


「バケツ?」


 エルの足元に転がていたのは、紛れもないただのバケツだった。


「ッ!!」


 ブルブルと肩を震わせていたエルが、頭上をキッと睨みつける。


 が――――――


「誰も、いない?」


 三階の窓が開いた場所があるが、そこには誰の姿もなく、他の場所にも人影はみられない。


「ふざけるなっ!誰だ、出てこいッ!消し炭にしてやるッ!!」


 左手に炎を出しながら凄むエル。が、誰の反応もない。


「逃げた?」


「ぐぬぬ・・・・・・・・こうなったら地の果てまで追いかけ・・・・・は、はくしょんっ!」


 親の仇でも見るかのような目をしたエルが踏み出しかけようとした時、エルの口から可愛らしいくしゃみが出た。


「エルちゃん、とりあえず着替えよう?濡れたままでいると風邪ひくし」


「ズズッ・・・・・くそぅ」


 アイリに促されてエル達はその場を離れる。


 丁度中央棟には更衣室がある為、五人はとりあえず更衣室まで向かう事にした。


「ライアン、悪いんだけど何か暖かい飲み物でも持ってきてくれない?」


「分かった」


 更衣室に入る前にオリビエがエルを気遣って暖かいの飲み物をライアンに頼むと、二つ返事で頷いたライアンは食堂に向けて足を向ける。


「さ、中入って」


 オリビエに手を引かれながらエルは更衣室に入る。中に入ると早速アイリが奥にあるロッカーを開けて中を探る。


「え~と、確かこの辺に・・・・・・あった!」


 アイリが引っ張り出してきたのは予備の制服とローブだった。


「はい、これに着替えて」


「ああ」


 制服一式を渡されたエルは早速濡れた服を適当にそこら辺に放り投げながら脱ぎ始める。下着姿になったエルはそこで手を止める。


「どうしたのエルちゃん?」


「いや、下着の替えはあるか?」


「あ」


 下着までびしょ濡れ状態のエルに今更気付いたフィオナがきょろきょろと辺りを見渡すが、当然下着などあるわけがない。


「しょうがない、下は我慢するとして、上はローブで前を隠せば大丈夫だろう」


 そう言って上だけ脱ぐと、気持ち悪いのを我慢しながら着替え始める。


「それにしても、一体誰がこんな事したんだろう?」


 アイリが先程の事を思い出しながら首を傾げると、先程の怒りが再熱したのか、エルの顔に再び怒気が宿る。


「くそっ、誰だか知らんが、見つけ出してボコボコにしてやるッ!!」


「まあまあエルちゃん、落ち着いて」


 フィオナの慰めにもエルの怒りは収まらず、ギャアギャアと喚く。


 と―――――――


「あれ?」


「ん?どうしたのアイリ?」


 脱ぎ散らかしたエルの制服を回収していたアイリが手を止めて疑問の声を上げる。


「それが、エルちゃんのスカートが無くて・・・・・」


「はあ?そんな訳――――――」


 オリビエがアイリの言葉を否定しようと、オリビエも更衣室の中をぐるりと見渡したその時・・・・・


「・・・・・・・・・・・あ」


「・・・・・・・・・・・は?」


 小さく開いた更衣室の入り口から糸を手繰り寄せている怪しい男子生徒と目が合った。


 糸の先には小さなフックのような物が付いており、フックは今まさにアイリが無いと言っていたエルのスカートが引っかかっていた。


「・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


 ずるずる・・・・・とスカートが引きずれて行く音が沈黙した更衣室の中に響き――――――


「何やってんのよこの変態ッ!!」


「っ!!」


 オリビエの怒声に急いで手繰り寄せていたスカートを引っ掴むと、男子生徒は脱兎のごとくその場から全力で逃げ出した。


「ちょ、待ちなさいッ!!」


「・・・・・・・・ハッ!?ま、待て!!」


 あまりの出来事に硬直してしまっていたエルが慌てて追いかえるオリビエに続く。アイリとフィオナもエルに続くようにその後を追った。

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