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30 男心と魅惑の悪魔

 翌日、エルの部屋の前まで来ていたアイリとオリビエの二人は、エルを起こすために扉を叩いた。


「エルちゃん~時間だよ~準備できてる~?」


 コンコンと扉を叩く音が廊下に木霊する。が、反応が無い。


「あのチビ助、まさかまだ寝てるんじゃないわよね?」


「エルちゃん~」


 と、もう一度アイリが扉をノックしようとした時、中からバタンッ!ガンッ!と大きな音が響いた?


「ちょ、何今の音?アイリ!」


「うん!」


 フィーリアムからエルの世話を頼まれた時にアイリが受け取ったエルの部屋の合い鍵を取り出すと、躊躇(ちゅうちょ)なく部屋の扉の鍵を開け、二人は仲に入る。


「エルちゃん!?」


「アンタ、何やってんのよ!?」


 部屋の中に入った二人が見たものは、制服を半ばまで着たエルが床に倒れていた姿だった。


 シャツは着こんでいたが、スカートを履こうとしていたのか、片足にスカートが引っかかった状態で倒れている・・・・・・パンツ丸出しで。


 二人は慌ててエルを抱き起すと、エルはガクガクとぎこちない動きで身体を動かそうと藻掻(もが)く。


「ちょっとアンタ!一体どうしたのよ!?」


「か、身体が・・・・・・」


「身体?体がどうしたの?怪我でもしたの?」


 呻くような声で言うエルの身体をアイリが調べるが、特に怪我らしい怪我は見受けられない。では一体どうしたのだと首を捻ると、エルはガクガクと奇妙な動きで訴えった。


「身体が・・・・痛い・・・・・・」


『は?』



      *      *     *



「うおぉぉ・・・・・・・」


 ライアンを先頭に、アイリ、オリビエ、フィオナと続いて、大分離れた後方でエルがぎこちない動きで四人の後に続いて学園への道を歩いていた。


「エルちゃん、大丈夫かな?」


 アイリが心配そうにチラリと後ろを見ながらそんな呟きを漏らすと、隣を歩くオリビエが呆れたため息を漏らす。


「大丈夫じゃないの?ただの筋肉痛だし」


 そう、エルの身体を襲った痛みの原因とは、ただの筋肉痛だったのだ。


「ライアンから話は聞いたけど・・・・・・本当にあのオズシュタンをぶっ飛ばしたの?アレを見ると全然信用できないんだけど?」


「いや、本当だって!フィオナも一緒に居たんだから。なあフィオナ?」


「は、はい。エルちゃん凄かったです」


 疑惑の目を向けるオリビエに、ライアンとフィオナは揃って首を縦に振る。


「じゃあ何でチビ助はあんな有様なのよ?」


「それは・・・・・俺も分からないよ」


 あれだけの戦いを見せたエルが、なぜ筋肉痛などと情けない事になっているのか、近くで見ていたライアンとフィオナも訳が分からず揃って首を捻る。


 そんな四人の会話など聞こえていない(それどころではない)エルは、一歩歩くたびに襲い掛かる激痛を我慢しながら四人を追いかけるのがやっとだった。


(くそ、情けないっ!)


 こうなった原因は、昨日の模擬戦にある。


 いくら身体強化をしていようと、別に体にかかる負担が全て消える訳ではない。当然肉体を動かせば負担がかかる。しかもエルはカードの力を使って英雄と同じ動きをしたのだ。


 そのリバウンド、と言うわけではないが、所詮肉体はただの非力な少女。これが普段から体を鍛えていたのなら話は別だが、ぐうたらな生活を送っているだけのエルは当然体を鍛える事などしていない。その結果がこれだ。


(何という漸弱さっ、子供の体がこんなに脆いなんてっ!)


 これが封印前の体なら何も問題はなかったはずだったが、今のエルは封印の影響で子供の肉体になっている。未発達のその体では、急な運動は命とりだった。


(たかがあの程度で筋肉痛などと、情けなくて涙が出るっ)


 目に浮かんだ涙は悔し涙ではなく、ただ痛みによるものなのだが、そこは気分の問題なのだろう。まるで悲劇のヒロインの様な心持で現状を嘆くエル。


(だが、負けんっ!この程度の事で歩みを止めてなるものかッ!!)


 ただの筋肉痛でどうしてそこまで必死にれるのか理解に苦しむが、エルのプライドの高さ故と諦めるしかない。


 そんなこんなで何とか学園まで辿り着いた一行は、玄関口で別れを告げ、各々自分の教室に向かった。


「はあ~・・・・・・もう、動きたくない」


「大丈夫なのエルちゃん?これから刻印魔術の授業だから、実験教室に移動だよ?」


「・・・・・・・そうだったぁ」


 いつも通りにエルとフィオナは隣同士で席に座り、エルは早速机に突っ伏して呻き声を上げる。と、そんなエルに声を掛けてくるクラスメイトがいた。


「君、何だその情けない姿は?」


「ああ?」


 顔だけを上げてみると、そこにはあきれ顔をしたアルフォードがいた。


「何だ、アル坊か」


「だから、アルフォードだっ!」


 いつものやり取りをすると、アルフォードは殊更にため息をついて見せた。


「君、あれだけの事をしておいて、その姿はなんだ?情けない」


 あれだけの事とは、昨日の模擬戦の事だろう。


「もしかして、不正でもしたのか?」


「馬鹿を言え、そんな真似などしていない」


 したと言えばしたのだが、それを言うほどエルは馬鹿ではない。


「そう言えば、試合を始める前に何かのカードを出していたな?まさか、アレに細工でもしていたんじゃないのか?」


 図星だ、とは流石に言えない。言えない代わりに別の言葉を紡ぐ。


「これはただのお守りの様なものだ」


 そう言ってスカートから取り出してひらひらと振ってみせる。


「お守り?そんなおもちゃのようなカードをお守りなんて、馬鹿なのかい?」


「・・・・・・・・ああ?」


 そのアルフォードの一言で、エルの纏う空気が変わった。


「な、何だよ・・・・・」


 静かにアルフォードの瞳を覗くエルの瞳に、確かな怒りが滲んでいるのを、アルフォードは本能的に悟った。


「エ、エルちゃん?」


 それはフィオナにも、いや、教室にいる全員がエルの放つ怒りの気配に飲まれていた。


「・・・・・・・・お前のようなお気楽貴族に、これをどうこう言われる筋合いはない」


 底冷えするほどの冷たい声に、傍で聞いていたフィオナは思わずビクリと震えた。それはフィオナだけではない、クラスの生徒全員が同じように無意識に震えていた。


 ―――――――ただ一人を除いて。


「・・・・・・・すまない」


「は?」


 アルフォードの言葉に、一瞬何を言っているのか分からず、エルは間の抜けた声を出してしまう。


「そのカードは、君にとってよほど大切なものなんだろ?それを知らなかったとはいえ、僕は馬鹿にしてしまった。だから、すまない」


 そう言ってアルフォードは頭を下げた。流石にこれは予想できなかったのか、エルは目を白黒させながら慌てた。


「わ、わざわざ頭を下げるなっ!分かったから頭を上げろっ!」


 言われた通り頭を上げたアルフォードの目には誠実な光が宿っていた。それ見て、エルはアルフォードが言った事は心からの謝罪なのだと理解する。


「その・・・・・・私も、少し言い過ぎた。すまん」


「いや、僕の方こそ、本当にすまない」


 そう言ってもう一度だけ頭を下げるアルフォードに、エルは困惑してしまう。


(何だこいつ?いきなり態度を変えよって。これでは私が悪いみたいじゃないか・・・・・・・)


 子供相手に言い過ぎたという事もあって、バツの悪い顔になるエル。


(・・・・・・まあ、そこらの貴族共より誠実なのは・・・・・まあ、見直してやるが)


 などと、アルフォードの評価を上げながら目を逸らす。


 そのおかげか、教室内が微妙な空気に包まれる。それを破ったのはいち早く硬直から立ち直ったフィオナだった。


「ほ、ほら二人共、もうそろそろ時間だよ?実験教室に移動しないとっ!」


 殊更明るい声を出しながら場を和ませようとする健気なフィオナの声に、教室の空気が正常化し始めた。フィオナの声に時間の事を思い出した他の生徒達は慌てる様に教科書などを持って教室を出て行く。


「ほら、エルちゃんも」


「ああ、そうだ・・・・っと」


 フィオナに促され立ち上がったところで、筋肉痛の痛みが襲い掛かったエルは、バランスを崩してしまう。


「危ないっ!!」


 咄嗟にアルフォードが動いてエルを支える、と言うより正面から抱き着くように受け止めた。


「おっと、すまん、助かった」


 少しだけエルより背の高いアルフォードの胸から顔を見上げる形でエルが礼を言う。


「べ、別に大したこと・・・・・・なっ!?」


「ん?どうした?」


 見上げるエルの顔の更に下、そこに目が行ってしまったアルフォードは硬直してしまう。


「お~いアル坊、どうした?」


 アルフォードの視線の先には、エルの第二ボタンまで外しただらしなく空いたシャツの胸元、そこからチラリと見える()()()()()


 そう、アルフォードの視界に、思春期の男の子には刺激的な黒い下着がチラリと映っていたのだ。


 少し心配そうに見上げるエルの顔に、無意識にアルフォードの体温が上昇していく。


 服装はだらしないとはいえ、エルの容姿は美少女と言っていいほど整っている。それをキスをするかの如く至近距離で見つめたのなら、アルフォードではなくともこのぐらいの歳の男子なら同じ反応をしてしまうだろう。


「お~い、大丈夫か?」


「・・・・・・・ハッ!?」


 再度の呼びかけでようやく状況が頭に追いついたアルフォードは、慌てる様にエルとの距離を取る。


「も、問題ないっ!僕は先に行くッ!!」


 そう言って教室から走り去るアルフォードの顔は真っ赤だった。幸い、と言うべきか、エルはそれに気づくことなく急に走り去ったアルフォードを見て首を傾げた。

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