29 もう一度
エル達中等部の生徒は教室まで戻り、そこで明日以降の予定を教師から告げられた後、解散となった。
フィオナは図書室に寄ってから帰ると言って教室前で別れ、エルも寮に帰るかと学園を出ようとしたところで―――――
「・・・・・・・なあ、怒っているのか、フィー?」
こうして学園長室に連行されたのだった。
「いいえ?そんなことないですよ?」
ニコニコと顔だけは笑っているが目が全く笑っていない。二人はテーブルを挟んで向かい合いながらソファーに腰を落ち着けている。目の前にはギムダスが入れてくれた紅茶が湯気を上げながら置かれ、その隣にはお茶請けとしてクッキーなどが置かれた皿が置いてあった。が、エルはそれに手を伸ばせない。
何故なら、魔王ばりの威圧感を放つフィーリアムを前に動くことが出来なかったからだ。
「二回」
「へ?」
フィーリアムが言う数字に、何のことかわからず間の抜けた声を出してしまう。
「エル様が起こした事件の回数です」
そう、フィーリアムが言った『二回』とは、エルが入学してからやらかした事件の回数だった。
「十日ですよ?まだエル様が入学して十日しか経っていないのですよ?それなのに二回もエル様はやらかしてくれたのですよ?」
「そ、そうだった・・・・・・かな?」
顎に人差し指を置いて小首を傾げると言うおちゃらけた行動をするが、バンッ!と勢いよく机をたたく音にビクリと肩を震わせて縮こまる。
「一度目は授業妨害」
まるで地の底から響いてくるような声で罪状を上げていくフィーリアム。
「二度目は・・・・・・先程やらかしたばかりだから、覚えていらっしゃいます、よね?」
「お、おう・・・・・・」
流石に分が悪いと思ったエルは首を縦に振る。
そう、エルは先ほどの模擬戦以外にも、入学そうそうやらかしたのだ。それは本格的に授業が始まった二日目にして起こった。
その日の授業は編入組が初めての授業と言う事もあって、授業内容は在校生とのすり合わせとして、簡単な授業の復習の様なものになっていた。
エル達が編入したクラスではよくある授業内容が行われていたのだが、その授業が進むにつれ、雲行きが怪しくなってきた。
切っ掛けは教師がエルに少し意地悪な質問をしたのが切っ掛けだった。教師はわざと現在進行している授業内容よりも進んだ魔術理論の内容の説明を求めた。
当然、エルには答えなど容易に分かっていた為、その問いに答えた・・・・・・・自分の考えるその魔術理論の欠点込みで。
その事に驚いた教師は、初めは感心していたが、これが二日、三日と同じように続き、更には四日目にしてとうとうエルから授業内容の指摘が上がった。
どこそこが間違っている、そこの式が破綻している、勉強不足ではないのか?等々。あけすけに物を言うエルは、教師の授業内容に指摘し続けた。結果、授業はまともに回る事など当然無く、それどころか数人の教師が教壇に立つのを拒むという異例の事態が発生した。
その事を聞いたフィーリアムはすぐさまエルを呼び出し説得(お説教)をして、何とか授業が回る様にエルには控えてもらうよう言ったのだった。
そして今回、それまで大人しく過ごしていた事で安堵していた矢先にこれである。フィーリアムの胃がマッハの勢いで穴が開きそうになるのも無理はない。
「訓練場の事は聞いてます。相手の子も悪意を持って挑発したのですから、こうなっても文句を言う資格はありません。ですが、これは明らかにやり過ぎです」
「い、いや~軽く灸を据えてやろうと思ってだな?」
脂汗を流しながら言い訳を口にするエルをキッと睨みつけて黙らせると、フィーリアムは深々とため息を吐いた。
「エル様?『軽く』という言葉の意味を正しく理解していらっしゃいますか?・・・・・・相手をボコボコにすることを軽くとは言いませんッ!!」
口から火が出る勢いでまくし立てるフィーリアムに、流石のエルも項垂れるしかない。
「悪かった、アレは私が悪かったから、ほ、ほら機嫌を直せ、な?ほら、クッキーだぞ~美味いぞ~ほれほれ~」
自分の皿からクッキーを一枚手に取ると、それを身を乗り出してフィーリアムの口元に持って行く。第三者が見たら犬に餌付けをしているような姿、しかも相手はこの学園の最高指導者なのだが、この場にそれを指摘する者はいない。
「はあ~・・・・・・・・はむ」
エルのこの行動に大きく溜息を吐いたフィーリアムは、差し出されたクッキーを咥えて口の中でもぐもぐと口を動かして怒りと共に飲み込む。
「もういいです、許します」
その一言にようやくエルもホッと安堵の息を吐いて少し温くなってしまった紅茶に口をつける。
「それで、訓練場の事なのですが・・・・・記憶融合、使ったんですね?」
「ああ、せっかくカードが手元にあるのだ、一度どこまで力を引き出せるか試そうと思っていたんだ。そうしたら丁度いい相手が見つかったものでな」
そう言いながらスカートのポケットからフィーリアムから受けっとカードを出してひらひらと振ってみせた。
「それで、結果は?」
「・・・・・・二、三割程度しか力を引き出せなかった」
「やはり、今のエル様では完全とはいかないのですね」
「仕方がない。無理に力を行使すればもう少しやれそうだが、残ったなけなしのマナを全て持って行かれるからな」
「そうですか・・・・・・それにしても、相変わらずその力は反則ですね」
「・・・・・そうか?」
特にそんな風に感じていないエルは小首を傾げるが、フィーリアムからしたら反則以外の何物でもない。
「そうですよ。使用していた者の記憶を読み取り、その力を自身の力として行使する・・・・・・あの人達と同じ力を向けられたら、相手にとって恐怖ですよ」
そう、エルの使った力はカードに残された、かつてこのカードを使用していた者の戦いの記憶を読み取り、その力を自らの力とする、それがエルのオリジナル魔術『記憶融合』
そして、このカードの前使用者は、かつて英雄と呼ばれた者達が手にしていたもの。すなわち、エルフィアナを含む救世の七英雄が使っていたものだ。
今回エルが模擬戦で使ったのは剣を掲げた騎士のカード。その前使用者は、かつて剣聖の二つ名で呼ばれた剣の極みに到達した英雄、ジルベルト・ラグベルの使っていたカードだった。
エルはそのカードに刻まれた剣聖の戦い方を読み取り、自身の肉体でそれを再現したのだ。
「たった一人で戦局を覆してしまうほどの力を持ったあの人達の力を再現できるなんて、どう考えても反則ですよ」
カードの力を使えば、武術がさほど得意でない者でも、いきなり一騎当千の力を振るうことが出来る。もはや反則と言える力だ。
「そう言われてしまうと私も困るのだが・・・・・まあ、少ししか力を引き出せないのだ、そこまで脅威ではないだろう?」
(その『少し』でこの学園の誰もエル様に勝てる未来が見えないのですから、意味はないと思うのですが・・・・・・)
ツッコみたいが、言ったところで意味はないと思い、心の中でだけに止める。
「・・・・・・・・まあその力を使っても、ベストラーテを葬ることは出来なかったがな」
皮肉交じりのエルの呟きに、フィーリアムは応えられなかった。代わりに別の言葉を紡ぐ。
「何度倒そうと、何度でも輪廻転生を繰り返して蘇る。故に、『不滅の魔王』」
「・・・・・・ああ、だからこそ私は『倒す』のではなく、『封印』を選んだ」
不滅の魔王。そう呼ばれるようになったのは五千年も前の事。最初はただ強いだけの魔族だった。それを人間の戦士が倒した。だが、その三十年後再びその魔族は蘇ってきた。
蘇った魔族を一人の聖職者が倒したが、やはり数年後、今度は前よりも力を増して舞い戻ってきた。そうして何度も魔族を倒し、力を増して復活し、また倒し、そうしていつしか、魔王と呼ばれる存在にまで力をつけてしまった。
蘇る度に以前よりも更に強くなって蘇る。人類は長い年月、そうやって鼬ごっこを繰り返してきた。それを、一時的にとは言え、エルが止めたのだ。
だが――――――
「封印術式は完璧ではなかった。その証拠に今私はこんな姿で現世に戻った。それに、今の私では封印術式を使えない。仮に力が戻って使えるようになったとしても、あの時とは状況が違う」
封印術式を起動したあの時、エルには頼れる仲間たちがいた。仲間たちの力があったからこそ、封印術式を起動するだけの時間を稼げた。しかし、その仲間も今はいない。
「それに、いくら同じように封印できたとしても、結局奴を滅ぼす方法が無い限り、意味がない」
どれだけ探しても、どれだけ研究しても、エルは遂にその方法を見つけられなかった。だから苦肉の策とし封印を選んだ。これ以上魔王に力を与えないために。
そして、残した仲間たちが、いつかエルが見つけられなかったものを、彼らが見つけてくれることを願って。
「結局、その方法も見つけじまいだ・・・・・これでは、無駄に時間を稼いだだけだな、はは」
自嘲気味に笑うエル姿に、フィーリアムは耐えられなかった。
「それは違いますっ!!」
「フィー?」
その瞳に涙を湛え、フィーリアムはエルを真っ直ぐに見つめる。
「エル様が命懸けでやった事は、決して無駄なんかじゃありませんッ!!エル様のおかげで救われた命があった、生まれてきた命があった・・・・・・それは、決して無駄なことなんかじゃありませんッ!!」
「フィー・・・・・・・」
フィーリアムのその真っ直ぐな言葉に、エルの胸の奥に何かが確かに灯った。
それが何かはエルにも分からないが、それでも――――
「・・・・・・ありがとう、フィー。まだ私には、やるべきことがあるのだな」
「エル様?」
エルが何を決意したのかは、フィーリアムには分からない。だが、エルはそれでいいと思った。
(その命を、もう一度守ろう。今度こそ、絶対に)
それが、最後に残った自分の役目だと信じて。