02 遭遇戦
「いい加減、どっか行ってよ!!」
三人の内一人、栗色髪の少女が手にした長杖をレッサーデーモンの一体に向ける。
「炎よ、燃え盛る槍にて、敵を撃ち穿て!ファイアランスっ!!」
呪文を唱えると、杖の先端に赤い魔術陣が展開し、そこから槍の様に鋭くとがった炎がレッサーデーモン目掛けて放たれ、レッサーデーモンの胸に着弾した。
「っ!」
しかし、命中したレッサーデーモンの胸には焦げ跡だけが残り、致命傷には程遠い。
「ギギィ!」
自分を攻撃してきた少女に怒りを覚えたのか、レッサーデーモンは漆黒の翼をはためかせ少女に向けて飛翔。その鋭い爪をもつ腕を少女に向けて襲い掛かる。
「きゃあああっ!!」
「オリビエっ!」
他の仲間二人が駆けつけようと走るが、とても間に合わない。
「くそっ、間に合わない!?」
もはやこれまでかと思われたその時―――――
「やれやれ、こんなことをしている暇はないのだが」
少女とレッサーデーモンの間に突如割り込んできた人間にその場の全員が驚く。
その人物はオリビエと呼ばれた少女よりも幼く、その可愛らしい唇に不敵な笑みをたたえて堂々と腕組みをしながらレッサーデーモンの行く手を阻む。
そう、エルフィアナである。
突然の乱入者に驚くも、レッサーデーモンは攻撃を止めず、邪魔をするエルフィアナに向けて腕を振り上げる。
「っ!ダメ、逃げて!!」
オリビエが突如目の前に現れた自分よりも幼いエルフィアナに逃げる様に叫ぶが、当の本人はどこ吹く風だ。
「プロテクション」
ポツリと可愛らしい唇から呪文が紡がれると、エルフィアナの眼前に魔術障壁が展開された。
「ギィ!?」
レッサーデーモンの攻撃はその障壁に当たるも、障壁はビクともしない。
「なッ!?」
「攻撃を、防いだッ!?」
「凄い・・・・・」
それを見た三人は驚愕に目を見開く。
「その程度で私に傷をつけられるとでも思ったか?」
不敵に笑うエルフィアナに何かを感じ取ったのか、レッサーデーモンは後ろに飛び上がり距離をとる。すると他のレッサーデーモン達が集まりエルフィアナを睨みつける。どうやらエルフィアナを油断ならない敵として認識したようだ。
「あまり時間を掛けるつもりもないし、直ぐに終わらせるとしよう」
そう言って左の掌をレッサーデーモン達に向けると、力ある言霊を紡ぐ。
「雷鳴よ、我が手に集え。ライトニングブラスト!」
エルフィアナが唱えたのは雷属性中級魔術、ライトニングブラスト。中級の中では速さに重点をおいた魔術で、押し寄せる雷の波が標的を焼き焦がす。
本来なら詠唱にもそれなりに時間が掛かるのだが、エルフィアナの膨大な知識と卓越した技術により詠唱を省略、まるで下級魔術を使うかの如く扱うことが出来る。
「ギギャアアァァァ!!」
押し寄せる雷の波にレッサーデーモン達は瞬く間にのまれ、耳を塞ぎたくなるような絶叫を上げながらその身を焼かれる。
レッサーデーモン達は全身を焼かれ地に落ち、ピクピクと身体を痙攣させたのち、動かなくなった。
「フン、相変わらず雑魚だな」
動かなくなったレッサーデーモンを見下ろしながら、一仕事終えたと言わんばかりに吐き捨てる。そのエルフィアナの後ろ姿を三人は呆然と見つめていたが、栗色髪の少女が何かを思い出したようにハッとする。
「な、何なのアンタ!?いきなりどこから出てきたの!?って言うか今のなにッ!?」
「お、落ち着いてオリビエ!まずは御礼を言わないと!?」
オリビエと呼ばれた栗色髪の少女が混乱したかの様にエルフィアナに詰め寄ろうとするのを、もう一人の青髪の少女が押しとどめる。
「そ、そうか、そうよね・・・・・・・ゴホンっ、えっと、助かったわ。ありがとう」
「別に礼を言われることも無い。ただの気まぐれだ」
「なっ!?」
エルフィアナの不遜な態度にオリビエの顔が引きつる。
「とにかく助かった。ありがとう」
三人の内一人、金髪の少年が改めて礼をする。
「いや参ったよ、まさかこんなところにレッサーデーモンが出てくるとは思わなかった。君がいなかったら今頃俺達はやられていたよ」
「本当にね。でも凄いね、あのレッサーデーモンを簡単に倒しちゃうなんて」
「別に大したことは無い。ただお前達よりも腕がたつと言うだけだ」
言葉とは裏腹に、青髪の少女に褒められて若干誇らしげに胸を張るエルフィアナ。
その言葉と態度にオリビエのこめかみがピクリと動くがエルフィアナは気付かない。
「それにしても、このような場所になぜお前達のような子供がいるのだ?」
「子供はアンタでしょうがッ!!」
エルフィアナのその言葉に我慢できなくなってオリビエが叫ぶが、青髪の少女が「まあまあ落ち着いて」と宥める。
「何なのよこのガキは!?年上に対する礼儀ってものを知らないの!?」
先ほどから上から目線のエルフィアナの物言いに我慢の限界を迎えたオリビエが詰め寄ろうとするが、青髪の少女がそれを押さえる。
「落ち着いてオリビエ!年上なら広い心で許そうよ、ね?」
「それにしたって限度ってものが――――」
と二人が騒いでいると、金髪の少年が代わりに応える。
「俺達は、調査の依頼でここに来たんだ」
「調査?」
「ああ、見ての通り俺達は魔導学園の者なんだけど、冒険者でもあるんだ。それで、冒険者ギルドの依頼でここの調査を引き受けたんだけど・・・・・・・まさかレッサーデーモンに出くわすなんて思ってもみなかったよ」
(ふむ・・・・・・・冒険者は分かるが、魔導学園?)
金髪の少年が言った魔導学園という単語に引っかかりを覚えるエルフィアナ。
(そんなもの、500年前には聞いたこともないぞ)
目覚めたばかりのエルフィアナには当然500年経過した間にあったことなど何一つ知らない。
故に、金髪の少年が自分が着ている服を指さしながら当たり前の様に言っても、エルフィアナには何のことだかさっぱり分からないのだ。
「どうかしたかい?」
「え?ああ~・・・・・・」
(ここで魔導学園とは何だと聞くと話がややこしくなりそうだ)
現在の自分自身がおかれた状況を考えて、下手な事を言うのはマズいと考えたエルフィアナは口ごもる。
(こんな姿では500年間眠っていたなどと言ったところで子供の戯言と笑われるのがオチだ。ならどうする・・・・・)
どうこの場を取り繕うか悩んでいると、オリビエを宥めていた青髪の少女が一つの提案を口にする。
「調査の方も大体終わったわけだし、とりあえずここから出ない?」
「・・・・・・・・そうだな。よし、ここを出て街に戻ろう」
その二人のやり取りにエルフィアナはホッと安堵の息を吐く。
(どうやら話を有耶無耶に出来そうだな。しかし、これからの事も踏まえて何か言い訳を考えておかないとな)
そんなことを考えていると、金髪の少年がエルフィアナに振り返る。
「それじゃあ、君も一緒に行くかい?」
「・・・・・・そうだな、そうさせてもらおう」
鷹揚に頷くエルフィアナを見てオリビエが「やっぱり生意気」と不満そうにつぶやくが、青髪の少女がそれを宥める。
「それじゃあ、行こうか」と金髪の少年の合図と共に一行は歩き出そうとしたその時、前方の暗がりから何かが近づいてくる足音の様なものが聞こえてくる。
「何だ・・・・・?」
音に警戒して身構えていると、薄闇から出てきたのは五匹の大きなネズミのような魔物だった。
「バッドラットか」
エルフィアナよりも小さいが、子供の体と同じぐらいの大きさのバッドラットが鋭い前歯を剥き出しに今にも襲い掛かりそうなほど威嚇してくる。
バッドラットは低級に位置する魔物で、強さは大したことは無い。先程の三人の実力を見るに、任せても問題ないとは思うが、疲弊している三人に任せると時間が掛かる恐れがある。
「小者か。面倒だ、纏めて焼き払ってやろう」
だからエルフィアナは三人の前に出て直ぐに倒してしまおうと考えた。
「炎の精よ」
左手をバッドラットに向けるとエルフィアナは詠唱を開始する。詠唱と共に突き出した手の平の前面に魔術陣が展開されていく。
「眼前の敵を――――――」
詠唱はそこまでだった。
「な、に・・・・・・・?」
突如、エルフィアナの視界がぐにゃりと歪む。
それだけではない。体もフラフラと揺れ、今にも倒れてしまいそうなほど足元がおぼつかなくなる。
「お、おい君っ!どうした!?」
構築していた魔術陣が消え、エルフィアナの小さな体が傾く。それを後ろにいた金髪の少年が慌てて後ろから支える。
「おい、君っ!しっかりしろっ!!」
少年の言葉に、意識が朦朧としているエルフィアナは答えられない。
(体に、力が入らない・・・・・?これは、まさか・・・・・)
魔力欠乏。その単語が浮かんだ瞬間、エルフィアナの意識は闇に沈んだ。