27 模擬戦
第一訓練場、その戦闘フィールドである一段高く作られた舞台でエルとオズシュタンが向かい合っていた。二人の手にはそれぞれ武器が握られており、オズシュタンが持っているのはオーソドックスな騎士剣。エルが持つ武器はエルの小柄な体型でも扱い易い片手剣を握っている。
どちらも訓練用の刃抜きだが、当たれば骨が折れるし、打ち所が悪ければ死んでしまう恐れもある。
が、そこは腐っても魔術師。身体強化の術を使う事で防御力は増す。お互い当然の様に術は使えるのでこの点は問題ない。
「怖気づいて泣きだすなよ?」
「そうだな、気を付けよう」
「・・・・・・・潰す」
皮肉を言ったつもりが、まったく意に介さないエルの態度に、オズシュタンは増々イラ立ちを募らせる。
「なあアレってさ、この間の編入試験の奴じゃねえか?」
「ん?ああ~あのマナが異常に少ない一般人か」
観客気分で二人の模擬戦を観ようと構えていた一部の生徒の中からそんな声が上がった。
「何だそれは?」
それを目ざとく耳にしたオズシュタンが声を上げた生徒(偶然にもオズシュタンの取り巻きの生徒)に聞き返すと、噂話をしていた生徒が馬鹿にしたように話始める。
「いやさ、そいつこの間の編入試験で入学してきた奴なんだけどさ、その時のマナ測定で一万二千って数字を出したんだよ」
「そうそう、一万二千とか一般人レベルのポンコツじゃん。一応魔術は使えてたけど・・・・・つか何で入学できてんの?もしかして裏口入学ってやつ?」
「もしくは体使ったとか?」
「いやいやいや、ロリコンかよッ!?それが本当ならうちの教師陣ヤバいだろ!?・・・・・・まあ、可愛いから全然ありだと思うけど」
「いや、お前の方がヤバいだろっ!?」
などと騒ぐ始末。一部かなりゲスな目をエルに向けている者もいるのが、また何とも言えない空気を作ってしまっている。
「フッ、何だそれは?お前、クズの様なマナ値で俺に喧嘩を売ったのか?心底馬鹿な奴だな」
「だから何だ?マナ値が低いから私が負けるのが当然だとでも?」
「底辺はこれだから困る。呆れてものも言えないな」
馬鹿にしたように鼻で笑うオズシュタンを無視して、エルは頭の中でこれから行う事を確認する。
(一々うるさい奴だな・・・・・まあいい、この馬鹿では力不足だが、これを試すには丁度いいだろう)
そう考えながらエルはスカートのポケットに手を突っ込んである物を取り出す。
それは、剣を掲げた騎士が描かれたカードだった。
エルはカードで口元を隠す様に持ち上げると、小さく呟いた。
「記憶融合」
「?」
一瞬カードに書かれた絵柄が光ったが、一瞬の事で誰も気が付かない。それに加えて口元にカードを持ってきていた為に、まるでカードに口づけをしているように見えた。
「何だそれは?まさか、ここに来てインチキでもしようとでもしているのか?」
「それこそ『まさか』だ。ただ、お前のような奴は嗜虐趣味の変態だと相場が決まっているからな。だから『神様、どうか変態から私をお守りくださぁ~い』と祈っていただけだ」
手に持ったカードをひらひらと振りながら馬鹿にした様な、と言うより、馬鹿にした発言をしてエルはおどけてみせる。
「このガキッ、どこまでも馬鹿にしてッ!?」
「すまんすまん。お前のような間抜けを見ていると、ついからかいたくなってな、許せ」
口ではそう言ってもエルの顔には微塵も悪びれた様子がない。その態度にオズシュタンの血管がいよいよ臨界点に達しようとした時、フィールド外に降りていたガーロンの声が上がった。
「ルールの確認だ。身体強化以外の術は禁止、どちらか先に降伏、もしくは戦闘の継続が出来ないと判断した時点で模擬戦は終了。フィールドから落ちた場合もこれに適用する。危険だと判断した場合、俺が強制的に試合を止める・・・・・・・二人共、準備はいいか?」
「・・・・・・・はい」
「いつでもいいぞ」
オズシュタンは怒りを抑え込むように、エルはカードをポケットに戻しながら気楽な調子で準備完了を告げる。
「では・・・・・・始めっ!!」
ライアンとフィオナが固唾を飲んで見守る中、模擬戦が始まった。
* * *
模擬戦が始まったが、二人は直ぐには動くことは無かった。と言うのも、オズシュタンは剣を構えてはいるのだが、エルはだらりと剣を持っているだけで、構えることすらしていないからだ。
「・・・・・・・ナメているのか?」
「別にそんなつもりは無いが?それより打ってこないのか?それとも・・・・・・ハッ、怖気づいたか?」
あからさまな挑発。だが―――――
「・・・・・・・潰す」
オズシュタンはあえて乗った。
それと言うのもオズシュタンはエルの動きをきちんと観察していたからだ。
(足運びや体の姿勢から、何か武術をやっていたと推測できる。が、筋肉のつき方から考えて、中途半端な技術を身に着けただけの可能性が大きい)
腐ってもそこは学年四位。オズシュタンはそこまで考慮したうえで、自分の実力なら中途半端な技術を身に着けている程度の相手に後れを取ることは無いと判断したからだ。
(どうせそこらの冒険者にでも少し戦い方を習った程度だろう。そんな程度の技術で、俺に勝てると思うなッ!!)
身体強化で得た脚力を生かし、一息にエルとの間合いを詰める。
(頭をかち割ってやるっ!!)
あろうことか、オズシュタンはエルを殺すつもりで上段からエルの小さな頭目掛けて剣を振り下ろした。
「エルッ!!」
それを見て叫ぶライアン。まさかいきなりこんな攻撃を仕掛けるとは思っていなかったガーロンは慌てて止めに入ろうとする。
が―――――
「なっ!?」
剣に何の手ごたえもなく、虚しく空を斬った。
狙ったはずのエルの頭は、ひらりと体ごと右にズレていた。
(馬鹿なッ、避けられた!?)
他の生徒に自慢していた通り、オズシュタンの実力は確かにある。実際オズシュタンの繰り出した攻撃を避けることが出来るのは、この場にいる生徒の中にもそうはいない。
そのはずなのだが、事実は全く別だった。
(ただの偶然だ!)
流石は学年四位と言ったところか、すぐさまオズシュタンは振り下ろした剣を真横に薙ぎ払うように切りつける。
「何だそれは?」
ひらりと、エルは軽くバックスッテプで回避してしまう。
「くっ!?」
更に追い打ちをかけようと三回、四回と連続で剣を振るうが、どれもエルはひらりと回避していく。
もはや必死にオズシュタンは剣を振るうが、エルには掠るどころか、一度たりとも剣を合わそうともしない。だらりと剣を握っているだけで、全て足運びと体捌きのみでオズシュタンの剣を回避してみせている。
まるでダンスを踊るかの如く回避していくエルの姿に、模擬戦を見守っている生徒たちは目を奪われていた。
(馬鹿なッ!?)
「終わりか?なら、今度はこちらから行くぞ」
連続で剣を振り続けることで息を切らした、その一呼吸分の隙を突いて、今度は逆にオズシュタンの懐に飛び込んむ。
今までだらりと剣をぶら下げていた右手が高速で横に動く。
「ぐあっ!」
薙ぎ払いの攻撃を間一髪で迫りくるエルの剣と自分の体の隙間に剣をねじ込むことで防いだが、オズシュタンの体は横に大きく態勢を崩すはめになった。
「そらそら、どうしたっ!」
追撃とばかりにエルはすぐさま体を反転させて斬撃を見舞う。
「ぐッ!?」
またもギリギリで受け止めることが出来たが、体勢を崩しているオズシュタンは先ほどの攻勢から一変、防御の姿勢に入りざるおえなくなった。
「どうした、先程の様に威勢よく吠えてみせろっ!」
それは最早一方的と言える状況だった。オズシュタンは何とか、いや、もはや意地でエルの攻撃を防いでいるとしか言えない状況だった。
上段、下段、右、左、あるとあらゆる角度から浴びせられる攻撃を無我夢中で防ぐ。
だが、攻撃を受ければ受けるほど、オズシュタンの体はボロボロになっていく。ついには受けきれなくなってきて、いくつか攻撃を貰ってしまう。
「があっ!」
遂にはエルの大きく振りかぶった切り上げの斬撃で吹き飛ばされしまう。
「はあ、はあっ!」
フィールドを削る様に吹き飛ばされたオズシュタンは、荒い呼吸を繰り返しながら、剣を杖の様にしてなんとか立ち上がる。
「ほお、意外としぶといな」
「はあ、はあ・・・・・き、貴様っ!」
とどめを刺そうとすれば、今のタイミングならいくらでも出来たはずなのに、エルはそれをしなかった。完全にオズシュタンの事をナメ切っている。
(ありえない・・・・・こんな事っ!!)
どこまでも意地の悪い笑みを浮かべてオズシュタンを見るエルに、オズシュタンの中でナニかが切れた。
「あってたまるかーーーーーー!!!!」
絶叫と共にオズシュタンの体から魔力が噴き出す。その量は模擬戦で引き出すにはあまりにも大きすぎる魔力だ。
「いかんっ!」
流石にこれは危険だと判断したガーロンがフィールドに上がろうとするが、オズシュタンの行動の方が一歩早かった。
「死ねーーーーー!!!!」
蹴り砕く勢いでフィールドの床面を蹴ったオズシュタンの体が一気に加速する。そして手にした剣には魔術によって形成された真空刃が出来上がっていた。
オズシュタンが使ったのは風属性魔術『エリアルブレード』。模擬戦で使うには殺傷能力が高すぎる魔術だ。いかに刃抜きの剣であっても、その刃に作られた真空刃によって肉体など紙切れ同然に切り裂けるほどの威力を纏っている。
「エルッ!!」
「エルちゃんッ!!」
ライアンとフィオナの悲痛な声が木霊する中、凝縮した風を刃に乗せた剣が、エル目掛けて振り下ろされる。
だが―――――――
「はあ・・・・・・・・くだらん」
「・・・・・・・え?」
気が付いたら、オズシュタンは空を飛んでいた。
いや、正確にはエルの手によって投げ飛ばされたのだ。
(一体・・・・何が・・・・・?)
切りつけられる寸前、エルは半歩体を横にずらしてオズシュタンの手首を掴み、そのまま切りつける力を利用して背負い投げの要領で投げ飛ばしたのだ。
こうして簡単に説明はしたが、実際はかなり滅茶苦茶な事だ。
なぜなら、迫りくるオズシュタンは最早電光石火と言えるほどのスピードだった。それを正確に捉え、あまつさえ投げ飛ばしたのだ。常人では普通出来ない事をエルは軽くやってしまったのだ。
(何で・・・俺は、宙に・・・浮いて――――――)
なぜこんな風に投げられたのか?それを理解する暇はオズシュタンになかった。
「!?」
自分よりも高い位置にそれがいたからだ。
「貴様には心底呆れたぞ」
天井ギリギリまで飛び上がったエルが、オズシュタンの頭上にいた。
「興覚めだ」
くるりと身体を回し、天井に両足を着けたエルは、天井を潰す勢いで踏み抜く。
ドンっ!と言う音と共にエルの小さな体がオズシュタン目掛けて加速。そのままの勢いでエルは小さな左手を握りしめ、振り上げる。
「寝ていろ」
オズシュタンの腹部に、振り上げた拳を思い切り叩きこむ。
「ごふッ!!」
勢いに乗ったエルの拳をまともに食らったオズシュタンは、エルの手によってフィールドの中央に叩き落される。
激しくフィールドに叩きつけられたオズシュタンは奇跡的ともいうべきか、意識を保っていた。
「ごほっ、ごほっ!」
地面に叩き落とされた影響で、もはや意識は朦朧とし、身体も自由に動かせない。
(何だ、何が起こっている?)
手放しそうな意識を必死につなぎ止めるオズシュタンの前に、軽やかにエルは着地した。
(何で、俺がこんな子供にッ!?)
何とか首だけを動かし、ゆっくりと近づいて来るエルを身動きの出来ない身体を起こそうとしながら見る。
オズシュタンの下まで近づいたエルは、その首に剣を突きつけた。
(ありえない・・・・こんな事、ありえないッ!?)
そして、冷めきった冷たい眼でオズシュタンを見下ろしながら、告げる。
「終わりだ、クソ雑魚が」