26 煽り散らしてみた
アイリ達の授業の見学を終えたエル達は、次の授業の間の小休憩を挟んだ後、次の授業の場所に移動する予定になった。それまでの間、エル達はアイリとオリビエの下で談笑を交わしていた。
「そっか、じゃあフィオナちゃんは魔導士タイプを選ぶつもりなんだね」
「はい。私は元々精霊術をちゃんと使える様になりたくて学園に入学したんで、それを目指すなら魔導士タイプの方が良いかと思って」
四人はアイリ達が座っていた席の空いている隣の席に腰を落ち着けて会話をしていた。
因みにこちらを遠巻きにチラチラと様子を窺っている生徒たちがいるのだが、アイリとオリビエの上位成績優秀者、しかも男性陣だけでなく女性陣からも美少女認定されている二人と和気藹々としているエル達に興味津々だ。
「アンタも魔導士タイプでしょ?まあ、アンタの戦い方からしたら当然そうなるだろうけど」
一回だけとはいえ、エルその戦い方を直に見たことがあるオリビエは納得したように頷いた。
「それで、この後は戦士科に顔を出すんだよね?」
「一応そう言う予定になってます」
「なら、ライアンのクラスかもね。確か今日は実習訓練があるって言っていたしね」
アイリとオリビエは魔導科で一緒のクラスだが、ライアンは戦士科で、別のクラスだ。三人とも別々のクラスなのに仲がいいのは三人が幼馴染だからだと以前三人からエルは聞いていた。
「それではそろそろ時間ですので移動します。皆さん、廊下に出てください」
中等部の教師から移動の指示の声がかかる。まだ授業開始の時間まで多少余裕があるのだが、ここのクラスの授業の邪魔にならない様に早めに教室を出るつもりのようだ。
「時間みたいだね。二人共、頑張ってね」
「戦士科の奴らは荒っぽいから、気をつけなさいよ?」
「ああ」
「見学出来て嬉しかったです。ありがとうございました。先輩たちも頑張ってくださいっ!」
アイリとオリビエに見送られながらエル達は教室を後にする。教室を出て廊下に集合したタイミングで次の授業が始める鐘の音が響いた。
「それでは、これから戦士科に移動します。戦士科は現在訓練棟ある第一訓練場で実習訓練をしているので、まずは訓練等まで移動します。皆さん、静かに付いて来て下さい」
どうやらアイリ達の予想が的中しそうだ。そうエルが考えた通り、移動した先の訓練場にはライアンの姿が見られた。
広々とした訓練場には訓練用の制服に身を包む集団が、各々得意とする武器を手に、模擬戦をやっていた。ライアンは丁度その模擬戦をやっている最中だった。
「はああああッ!!」
「ぐあっ!」
ライアンが横薙ぎに振りかぶった剣が相手の持つ槍を弾いて胴体に吸い込まれるように撃ち込まれる。攻撃をもろに受けた男子生徒は態勢を大きく崩してしまい、そこにすかさずライアンはとどめの追撃を仕掛ける。
ライアンの剣が男子生徒の喉元に突きつけられたことで模擬戦は終了、二人は一段高く作られたフィールドから降りる。
「わあ~ライアン先輩凄いっ!」
眼をキラキラさせながらフィオナは勝利したライアンを称える。
(洞窟でも思ったが、ライアンの動きは中々様になっているな)
他の生徒に比べ、ライアンの動きはとても素早く、力ずよい動きを見せていた。先程模擬戦で戦った男子生徒では足元にも及ばないほどには実力の差に開きがある様にエルは見えた。
「ようこそ中等部の諸君。歓迎するぞ」
エルがライアンの動きに感心していると、中等部の生徒が集まる前に一人の大柄な男性教師が話しかけてきた。
「お世話になります、ガーロン先生」
「ええ、こちらこそ」
ガーロンと呼ばれた男性教師は、外見に似合わず人懐っこい笑みを浮かべながら握手を交わす。
「知っての通り、戦士科は身体が資本だ。いくら身体強化を使っているとは言え、戦い方を知らなければ話にならない。したがって、こうして戦闘訓練をしているわけだ」
身体強化とは書いて字の如く、自身の肉体の身体能力を引き上げる術の事だ。これにより五感の強化もされ、驚異的なスピードの中でも戦うことが出来る。
「身体強化以外にも、手に持つ武器に属性を付与することで剣に炎を纏わせたり、補助として風の魔術で加速したりと戦い方に工夫を加え、自分に合った戦闘スタイルを作り上げていく。残念ながら今日は身体強化の術を使った模擬戦がメインとなっている。だから、そう言った術は今日は見せられないが、きっといい見本になる。しっかり見学していってくれ」
『はいっ!!』
ガーロンの説明に、中等部の生徒も大きな声で応える。
「では、丁度次の模擬戦が始まるから近くで見ると言い」
そう言ってガーロンは生徒達を舞台脇に案内した。
「それでは次だ。舞台に上がれ」
ガーロンの指示の下、あらかじめ決めていた順番で模擬戦が始まる。そんな中でエル達に声を掛けてくる生徒がいた。もちろんライアンである。
「やあ、二人共。戦士科はどうだい?」
自分の番が終わって人心地ついていたのか、次の番が巡ってくるまでの暇つぶしか、エル達を見つけて気さくに声を掛けてくる。
「先輩凄かったです!それに先輩、すっごく強かったです!」
先ほどのライアンの模擬戦によほど興奮したのか、フィオナは興奮しながらライアンの戦いぶりを称える。
「ははっ、そう言って貰えると嬉しいよ。けど、俺はまだまだだよ」
「何言ってんだよライアン」
謙遜するライアンに同じ訓練服を身に纏った男子生徒が近づいてそれを否定する。
「学年一位の成績を収めているお前が言っても嫌みにしかならないぞ?」
ライアンよりも少し背の高い赤髪の男子生徒はそう言って笑う。嫌みのように聞こえるが、笑っている顔からして、ライアンをからかっているだけなのが分かる。
「俺は別にそんなつもりは無い。本当にそう思ってるだけだよベルフェル」
「かあ~っ、これだから学年一位様は。おまけに容姿も良いとくれば女の子もすり寄ってくるとか、お前ズルくない?」
「いや、そんなこと言われてもなあ・・・・・」
ベルフェルと呼ばれた男子生徒はそう言いながらエル達に目を向ける。
「それで、こっちのお二人さんは?」
置いてけぼりになっていたエルとフィオナはそこで初めてベルフェルをまじまじと見つめた。
「ん?何だい、俺に惚れちゃったか?いや~俺も捨てたもんじゃないな~あっははは」
「いや、それは無い」
「・・・・・あれ?」
エルの即答にベルフェルの動きが固まる。
「そうではなく、その傷だ」
「ああ、これね」
エルが指さしたのはベルフェルの左頬に刻まれた大きな傷跡だった。
「実は俺の親父は冒険者でな。俺が駄々をこねて一緒に行ったクエストの最中に魔物に襲われて、この傷はその時にできた傷だ」
どこか誇らしげに自分の傷を見せるベルフェルに、エルは苦笑を漏らす。
「それで、君たちは?」
「ああ、そうだった。紹介するよ、こっちがエルで、この子がフィオナ。二人は、まあ何と言うか友達みたいな感じかな」
「エルだ」
「フィオナ、です」
エルは腕組みをしながら、フィオナは恐縮しながら名を名乗る。
「エルちゃんにフィオナちゃんね。俺はベルフェル・ロイスタ、よろしく」
二人と握手を交わす。握手を交わしながらエルはぼんやりと物思う。
(バルドスに似ているな・・・・・)
姿が、ではなく、どことなく雰囲気が似ていると、ベルフェルの向ける笑みに見出していた。
「何だ、年下をナンパか?これだから野蛮な冒険者の息子は」
そんなことを考えていたら、別の場所から近づいてきた男子生徒に声を掛けられた。しかもその内容はとても嫌悪感を感じさせるものだった。
「ちっ、何だよオズシュタン」
声を掛けてきたのは如何にもキザったらしい雰囲気の男子生徒だった。
「別に、本当の事を言っただけだろ?」
「嫌みを言いに来ただけなら他所へ行ったらどうだ?」
エル達に向けていた親しみがある顔とは違い、ベルフェルはオズシュタンと呼ばれる男子生徒に侮蔑の籠った目を向ける。
「おいおい、その口の利き方はなんだ?成績が低いと口の利き方もなっていないな、ははっ」
「・・・・・おい、ライアン。何だこいつは?」
先ほどから耳障りな言葉を吐くオズシュタンに嫌気がさしていたエルは、傍にいたライアンに尋ねる。
「彼はオズシュタン・ホルレアン。ホルレアン家の跡取り息子で、戦士科の学年四位だ」
「ふん、貴族のボンボンか」
ホルレアンと言う家の名に聞き覚えはないが、ライアンの言葉のニュアンスから、オズシュタンが貴族だと言う事が分かる。
「うん?何だ、そこの中等部。俺に何か言いたいことでもあるのか?」
先ほどのエルの呟きを聞いていたわけではないが、嫌悪感丸出しの顔でオズシュタンの顔を見ていたからか、今度はエルに絡んできた。
「・・・・・別に、学年四位と言う割には、大したことなさそうだと思ってな」
「なっ!?」
冷めた目を向けながらズバリと言ってのけたエルの言葉に、オズシュタンの額に青筋が浮かぶ。エルの隣りにいるライアンなどは流石に不味いと慌て気味だ。
「お、おいエルっ!」
「本当の事を言っただけだろう?私の目にはそいつよりもベルフェルの方がマシに見えるが?」
言われたベルフェル本人はキョトンとした顔で目を白黒させていた。だが、エルのその言葉はオズシュタンには気に食わなかったのだろう、顔を真っ赤にしながらエルを睨みつける。
「・・・・・・俺が、この底辺よりも劣ると?」
「そう言ったつもりだが、聞こえなかったのか?耳まで悪いとは、貴様大丈夫か?それとも頭が悪いのか?一度医者に行った方が良いぞ?」
意地の悪い笑みを浮かべながら言い放ったエルの言葉に、周りにいた何人かが小さく噴き出しそうになっていた。
それを目ざとく見つけたオズシュタンがそちらを睨んで黙らせると、直ぐに顔を背けられた。
「貴様っ!」
「何だ?何をそんなに怒っている?それでは戦う事など到底出来んぞ?私にすら勝てないのではないか?」
ニヤニヤと挑発に挑発を重ねるエル。その隣で事の成り行きを見ているフィオナは既に顔を青くしてオロオロしている始末だ。
「・・・・・・・言ってくれたな・・・・・・・いいだろう、ガーロン先生っ!」
「うん?何だオズシュタン」
今まで模擬戦の監督をしていて、エル達のやり取りに気付いていなかったガーロンを呼ぶ。
「この中等部が自分と模擬戦をやりたいと言い出しているのですが、許可を願います」
『!!』
オズシュタンの提案に周りの生徒達が驚きの声を上げる。
「おい、オズシュタンっ!!」
「黙れよ底辺。お前に口を挟む権利はない」
掴みかかる勢いで止めに入ったベルフェルを、オズシュタンは睨みつけて黙らせる。
「・・・・・・いきなり何を言い出すんだ?そんなもの、許可できるわけがないだろう」
ガーロンにいきさつは分からないが、中等部生徒と高等部生徒の、ましてや訓練を積んだ戦士科の生徒と戦わせるなど論外。その判断から即座に不許可を出す。
が――――――
「私は別に構わんぞ?どうせこいつ程度が私に勝てるなど、万に一つとしてあり得ないからな」
絶対の自信と共にエルは言い切る。
「君は・・・・・」
(確か、編入組にいた顔だったか・・・・・名前は確か、エル)
編入試験の時にはいなかったが、一応資料として目は通していたので覚えがある。
(MP値が一万二千とかなり低かったはずだが・・・・)
資料に記載されていた内容を思い出しながらエルを見る。
(・・・・・・何だこれは?)
目に映る不敵に笑う少女に、ガーロンは得体のしれないナニかを感じ取っていた。それは目に見えないプレッシャーのような、それとも、畏怖のようなものを感じ取っていた。
「・・・・・・・・そこまで言うのなら、許可しよう」
「先生っ!!」
流石にこのガーロンの言葉にライアンも声を荒げるが、エルが片手を上げてやんわりとライアンを押し止める。
「心配するな。この程度の相手に私は負けてやるつもりなどない」
「エル・・・・・・けど、相手は戦士科の、訓練を受けた魔導戦士なんだぞ?」
何故か自信満々なエルに、ライアンも不思議とエルならばと思いそうになるが、それでも心配なのか、そんなことを言う。が、それでもエルの自信を折ることは出来ない。
「だから、問題ないと言っているだろ?それに・・・・・・」
「それに?」
「いや、何でもない。さあ、さっさと始めるぞ」
そう言ってエルは突然の模擬戦に動揺する他の生徒達をしり目に、舞台に上がろうと歩き出す。
(丁度いい実験動物が見つかったな、フフッ)
実に悪い笑みを浮かべながら舞台へ歩くエルだった。