25 凄そうで凄くなくて、やっぱり凄かった?
(何だ、何が起こっている?)
場所は第一訓練場、または屋内訓練場と呼ぼれる場所でのことだ。
いや、今は場所の事よりも、もっと切実な問題が目の前に突きつけられている。
(何で、俺がこんな子供にッ!?)
訓練場の中心、そのフィールド内で、高等部一年の男子生徒が無様にも地面に横たわっていた。
(ありえない・・・・こんな事、ありえないッ!?)
目の前に突きつけられた剣と、冷たい眼で見下ろす赤い眼の少女に、男子生徒は恐怖した。
* * *
時間は少し遡って二時間ほど前の事。
エルはライアン達と食堂で分かれ、フィオナと一緒に次の授業の為に教室に戻っていた。
最早定位置となった最上段の列にフィオナと座り、授業開始を待っていた。始まりの鐘が鳴るほんの少し前に、今回の授業を担当する教師が入ってきた。
「え~それでは、これから授業を始めたいのですが、今回の授業はここではなく外で行います」
「外?」
教師の言葉にクラスの生徒達が首を傾げる。
「知っての通り、君たちは今、魔術師になる為の勉強をしているわけですが・・・・・ガルドルド君」
「はいっ」
突然名前を呼ばれて肩をビクリとさせながら返事をして立ち上がるアルフォード。
「魔術師には大まかに二つのタイプがある。それは何かね?」
「えっと・・・・・・・」
教師が何を言いたいのか分からないが、とにかく質問に答えようとアルフォードは自分の頭にある知識を引っ張り出す。
「魔術師には『魔導士』タイプと、『魔導戦士』の二つに分かれます。魔導士タイプは主に長距離から中距離の攻勢魔術、もしくは支援魔術などが主になり、魔導戦士は主に自身の肉体を用いた戦闘などがメインで、武器などを使う事が主流になっています」
「うん、結構」
ホッと息を吐いて椅子に座り直す。
「今ガルドルド君が言った通り、術士には魔導士タイプと魔導戦士タイプの二種類に分けられる。今君たちはどのタイプかと問われても、答えられないのではないかな?」
教室内が一瞬沈黙する。生徒たちが自分は果たしてどちらのタイプなのかと考えているのだろう。
「今の段階では、君たちはどちらかと言うと魔導士タイプだね。まあ、本格的な戦闘訓練はしていないから、自然とそうなってしまうわけだが・・・・・さて、前置きが長くなってしまったね」
ここからが本題だと言う様に、教師は咳ばらいを一つして口を開く。
「この学園では高等部に上がると、今述べた二つのタイプによって術士科、戦士科に分かれてもらう事になっている」
ミスガルド魔導学園では中等部では魔術の主な使い方、種類、知識を勉強していく。高等部ではタイプ別に中等部で学んだことを生かして、それぞれ自分に合ったタイプで勉強をしていくシステムになっている。
「そこでだ、中等部二年である君たちには、これから自分がどのタイプを主とするか、それを見極めてもらう。そこで今日は、高等部にお邪魔して、今行われている授業を見学し、それを参考にしてもらおうと思っている」
ざわざわとクラスの生徒達がどよめく。
普段高等部に用などない中等部の生徒からしたら、高等部は未知の領域だ。そこに今から乗り込もうと言うのだ。
「では、今から移動を開始する。皆、私の後に付いて来てください」
教師はそう言ってざわつく生徒を気にすることなく廊下へと出て行く。生徒たちも慌てて席を立って教師の後に続いて廊下へと出て行く。
「エルちゃんも行こうっ」
他の生徒に遅れまいと、フィオナも慌てて席を立ち、隣に座るエルの腕を取る。
「分かった、そんなに引っ張るなっ」
この学園は上から見るとコの字型に校舎が立てられおり、一方を中等部、反対側を高等部になっており、中央に教師が詰める職員室などがある。エル達はその職員室などが集まる場所、中央棟と呼ばれる場所を過ぎて、高等部のエリアに足を踏み入れていた。
「ここが高等部なんだぁ」
「ほら、余りキョロキョロしてると転ぶぞ」
ポカーンと口を開けながら、周りをキョロキョロ見渡しながら歩くフィオナをエルが手を引いて歩いていた。
校舎は三階建てになっており、エル達は現在二階の廊下を歩いている。
「皆さん、ここです」
先頭を行く教師が一つの扉の前で止まる。
「ここが今日見学させてもらう事になっている二年C組です。中は授業中ですので皆さんお静かに」
そう言って音を立てない様にゆっくりと扉を開けて中へ入って行く。生徒もそれに続くように、足音を立てない様に気負付けながら入って行く。
教室内はエル達と同じ作りになっており、エル達中等部は階段の一番上、一番後ろに横並びになって見学する。
「この術式にこの構文を入れる訳ですが、これをどこに当てはめることで術が成立するか――――――」
教科書を片手に黒板に魔術構文を書きながら授業の内容を説明されていく。その内容は流石は高等部の授業だけあって、中等部の生徒達は理解できず頭の上に「?」を浮かべていた。
ただ一人、エルを除いて、だが。
(ふむ、アイシクルランスの魔術構文だな)
アイシクルランスとは、水属性初級魔術の事だ。と言っても初級の中ではかなり難しく、殆ど中級魔術といっても良い程の魔術だ。
「この術式を起動する為には、ここの部分に何を書きこめばいいのか・・・・・・では、アイリさん」
「はい」
「あっ、アイリせッ―――――」
フィオナが思わず大きな声を出しそうになったところを寸でのところでエルがフィオナの口を押えて止める。
「こら、先程騒ぐなと言われたばかりだろ?」
どうやら偶然にもアイリのクラスだったようだ。隣にはオリビエの姿も窺える。
「ご、ごめんエルちゃん、ありがとう」
小声でやり取りをする二人を他所に、アイリが席から立ち上がって回答を口にする。
「水のルーンを起点に、硬質化の術式を組みます。そこに風のルーンを入れることで、術の構文に意味を持たせ、凍結に繋げるための文を刻みます。そうすることで水を氷りに変質させる役割を持たせ、この術式の基礎を作り出します」
「正解です。座っていいですよ」
「はい」
教師は満足そうに頷くと、アイリを座れせ黒板に向き直る。そのタイミングでオリビエが肩を叩き、エル達の方を指さす。どうやらオリビエはエル達に気が付いていたようだ。
アイリはエルとフィオナの二人を見つけると、驚いたような顔をし、そして小さく微笑みながら手を振ってくる。
フィオナも手を小さく振り、エルは適当に片手を上げる程度に返事を返す。
「アイリさんが先程答えてくれた通り、二つの属性を織り交ぜることでこの術式が起動できます。そして、この式においてもっと重要となるのがここ、『変化と結果』を示す部分です」
そう言いながら、黒板に書かれている術式の一部を赤で丸く囲む。
「本来なら二つの属性を織り交ぜるような構文を刻むことは出来ないはずでした。しかし、それを可能としたのがこの『変化と結果』の構文です。この構文を用いる、または編入することで二つ以上の属性を使った魔術、『デュアルマジック』が使える様になります」
この世界には基本属性と呼ばれるものがある。すなわち火、水、風、土、雷、これに相対属性として光、闇の全七種類の属性がある。
本来なら術式には別の属性を合わせることが出来なかった。無理に合わせようとすればそれがお互いの邪魔をして術式の起動が出来なかった。それを解決したのが『変化と結果』の魔術理論だ。
簡単に説明すると、〇と×を組み合わせることで、結果どういった変化をもたらすのか?と言った答えを術式に入れることで、術の正当化を図り、ルーンとルーンに魔力を通すための一本の道を作ってやることだ。
「このデュアルマジックのお陰で、数々の術が開発され、その術は人類に貢献した。そしてそんな術を世に広めたことにより、魔術界に大きな革命を起こしたのが、かの『救世の七英雄』が一人、エルフィアナ様です」
その瞬間、教室内が感嘆の空気に包まれた。皆、偉大な英雄による偉業に、同じ魔術師として尊敬し、畏怖を抱いたのだ。
のだが、当の偉大な英雄本人様はと言うと・・・・・
(フッ、当然だ。この私が、このわ・た・し・がッ!考え作り上げた技術だぞ?人類の為などと思って作り上げたわけではないが・・・・・・フッ、天才とは恐ろしいものだなぁ、ふははっ)
「ふふっ・・・・・ふはは・・・・・・」
「・・・・・エ、エルちゃん?」
一人悦に浸るエルの姿に、流石のフィオナも一歩エルから距離を取った。