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23 その光は変わらずに

 フィーリアムから渡された箱の中を見て、エルは固まった。


「・・・・・どう、して?」


 それはエルがよく知る物、同じ類の物をエルも所持していた。


 即ち、アルカナのカード。


「・・・・・どうして、これがここにある?」


 どうにかそれだけ言うと、エルはフィーリアムに(すが)るような目を向ける。


「お二人に頼まれたのです。これを、エル様に渡してほしいと」


「あの二人が?」


 かつての仲間、ジルベルト、バルドス。互いにその背を支え合いながら戦ってきた、かつての戦友。その面影がカードに宿っているかのように、エルは箱の中をジッと見つめる。


「それと、お二方から伝言です」


「・・・・・・・聞かせてくれ」


 箱の中に収められた二枚のカードを見つめたまま、エルはポツリと呟く。


「『すまない、お前にばかり負担をかけてしまう。それでも、俺はお前を信じている』と、ジルベルト様から託されました」


「・・・・・・・・・無責任な奴め」


「バルドス様からは、『魔王の奴をぶっ潰したらお前を抱く約束だったが、果たせそうにない。代わりに、こいつを俺様の代わりだと思って、受け取ってくれ』と」


「・・・・・・・・・馬鹿者が、気が向いたらと言っただろうが」


 遺言とも取れる伝言を告げられたエルは、しばし無言のままカードを見つめ、やがて二枚のカードを箱の中から取り出す。


「確かに、受け取ったぞ」


 その言葉は、フィーリアムに向けた言葉なのか、それとも、今は亡き二人に向けたものなのか、フィーリアムには分からない。


 分からないが、エルの瞳には先程のような縋るような眼をしていなかった。フィーリアムはそれで十分だと心の中で頷く。


「・・・・・・・あいつ等があの後どうなったか、聞かせてくれないか?」


「はい。私が知る限りの全てを――――――」



          *       *       *



「聞かせてくれてありがとう、フィー。それと、こいつもな」


 そう言ってエルはフィーリアムから受け取った二枚のカードを掲げる。


「いえ、お役に立てたのなら幸いです」


 夕暮れだった時間は既に過ぎ、学園長室を照らしていた太陽の光は消え、代わりに魔導灯の光が室内を満たしていた。


 二人はあれから色々な話をした。と言っても殆どフィーリアムが話していたのだが。


「アイリ達を待たせてしまっていることだし、私はもう行く。ではな、フィー」


「はい。入学は五日後ですので、その時にまた」


「ああ」


 そう言ってエルは学園長室を後にした。残されたフィーリアムは執務机に向かい椅子に腰かける。


 深い深いため息を一つ吐いて椅子に深く体を沈めると、それを見計らった様に扉がノックされる。


「どうぞ」


「失礼します」


 入ってきたのはギムダムだった。ギムダムは部屋に入ると、フィーリアムの下まで来ると一礼して、お茶の差し出す。


「ありがとう」


 差し出されたお茶を受け取り、一口口に含んでほっと息を吐く。


「随分お疲れのようですが」


「大丈夫です。少し、気疲れしてしまっただけですから」


「・・・・・・エルフィアナ様の様子は如何でしたか?」


 二人が話をしている最中、ギムダスは部屋の外で待機していた。だから部屋の中でどんな話が行われていたのかは分からない。が、何か大切な話をしていたのだろうと言う事は雰囲気で察していた。


「少し不安はありましたが、大丈夫です。エル様ですから」


 その言葉には、ギムダスには分からないエルに対する信頼が込められていた。


「五日後にはエル様も生徒として入学してきますし、これから忙しくなりますよ」


「では、今は英気を養わなければいけませんね」


「フフッ、ええ、そうね」


 そう言って窓の外に目を向け、そっと微笑む。


「あの方たちに恥じぬよう、しかっかりしなければ」


 ティーカップから上がる湯気がユラユラと揺らしながら、フィーリアムは先ほどのエルとの会話を思い出しながら改めて気持ちを引き締めた。



        *         *         *



 ベイガリー食堂まではさほど時間が掛からなかった。店にミラが入ると、目ざとくエルの姿を見つけたライアンが手を振ってテーブルに招く。


「遅かったじゃない、待ちくたびれたわよ」


「すまん・・・・・なんだ、始めていなかったのか?」


 エルがテーブルの上を見ると、そこには各自に飲み物がある以外何も置かれていなかった。もしかしてもう終わってしまったのか、とも思ったが、どうやら違うらしい。


「アイリが全員揃ってからの方が良いんじゃない?って言うから待ってたのよ」


 アイリを見ると、何処か照れたようにはにかんだ笑顔を浮かべる。


「だって、せっかくの合格祝いなんだし、みんなで一緒にお祝いした方が良いと思って」


「そうか・・・・・それは待たせてすまなかったな」


「とにかく座って。ディアンヌさ~ん」


 ライアンに勧められるまま椅子に座ると、ライアンはディアンヌを呼ぶ。店の奥からパタパタと駆け足で出てきたディアンヌが見計らっていたかのように、その手に暖かな湯気を揺らした料理を運んでくる。


「は~い、準備できてるわよ」


 次々とテーブルの上に料理が運ばれ、あっという間にテーブルは料理で一杯になった。


「はい、エルちゃん」


「ああ、すまない」


 ディアンヌからジュースが入ったコップを受け取り、それを見てライアンが立ち上がって同じくジュースの入ったコップを掲げる。


「それでは、二人の入学を祝して、乾杯っ!!」


『乾杯ッ!!』


 カチンとコップを打ち鳴らす音がベイガリー食堂に響いた。



          *         *         *



 大いに盛り上がった入学祝は、ベイガリー食堂の閉店時間ぎりぎりまで行われ、満腹になった五人は店の前でフィオナと別れる。フィオナは宿を取っているので、そちらに帰るそうだ。


 エルはまだアイリの部屋で寝泊まりしている。予定では明後日には寮の部屋が用意される手筈となっているので、それはではアイリの部屋に泊まる予定だ。


 アイリに部屋に帰った後は風呂に入り、エルとアイリは背中合わせで同じベッドに入って就寝した。


 ベッドに入ってどれくらい時間がっただろうか、ベッドから抜け出したエルは寝室を抜け出し、部屋に備え付けられている小さなベランダに出ていた。


 薄い寝間着の上に上着を肩に羽織り、ベランダの柵に片膝を突いて空に浮かぶ月と星を見上げる。


「・・・・・・・・月と星は、変わることがないのだな」


 遠い過去を思い出すかのように呟かれた言葉は、誰もいないベランダに溶けて消える。


 徐に手に持ったものを見つめ、そっと息を吐く。そこにはフィーリアムから受け取ったカードがあった。


「そうか・・・・・・・もう、アイツらはいないのだな」


 そう呟きながら、思い返すのは学園長室でフィーリアムと話をした時の事だ。その時に聞いた、かつての仲間の最後。




『ジルベルト様は職務を(まっと)うされ、バルドス様は街を襲った魔族との戦いで・・・・・・戦死しました』




「お前が魔族にヤラれたなどと、にわかには信じられんな。てっきり酒の飲み過ぎで逝ってしまうと思っていたのだが」


 血塗られた闘士のカードを見ながら呟かれた言葉は、どこか物悲しく彩られていた。


「最後まで職務を全うしたとは、お前らしいと言えばらしいな」


 やれやれと言った感じで呟かれたエルの視線の先には、剣を掲げた騎士のカードがあった。


「・・・・・・・・・489年、か」


 アイリが気付いたのはそんな時だった。


「んン~・・・・・・・エルちゃん?」


 自分の隣りにエルがいないことに気が付いたアイリは、どこに行ったのかと思い部屋を出ると、ベランダにエルの姿を見つけた。


「エルちゃ――――――」


 エルの名前を呼ぼうとして、止めた。エルが浮かべる横顔を見て、続く言葉を失ったからだ。


 アイリの目には、エルが泣いている様に見えた。別に本当にエルが泣いているわけではない。だが、アイリにはそう見えた。


(とても辛そうで、悲しそうで、悔しそうな・・・・)


 そんな、どう表現していいのか分からない感情が、エルの横顔から垣間見えた。


 それがアイリには我慢できなかった。エルがそんな顔をするのが放っておけなかった。だからアイリの体は自然と動いていた。


「エルちゃんっ!」


「ん、アイリ?おわっ!?」


 急に出てきたアイリがガバッとエルを抱きしめた。


「ど、どうした一体ッ!?」


 突然の事に目を白黒させながら混乱するエルの耳に、アイリの弱々しい声が耳に入る。


「分からない・・・・・分からないけど・・・・・・」


「アイリ?」


 背中に回されたアイリの手が僅かに震えていることにエルは気付く。


「・・・・・・エルちゃんが、どこか遠くに行ってしまうみたいで、怖かったの」


「・・・・・・そうか」


 アイリにそう言われて、混乱していたエルは落ち着きを取り戻す。


「心配するな、私は何処にもいかないし、その予定もないからな」


 そう言いながら、エルもアイリの背中に手を回し、優しくその背を撫でる。


「・・・・・・うん」


 まるで小さな子供をあやす様に、しばらく二人はそうして抱き合っていた。


 しばらくするとアイリも落ち着いたのか、身体を離してエルの目を真っ直ぐ見返す。


「もういいのか?」


 意地の悪い笑みを向けるエルに、自分よりも小さな女の子に抱き着いていたと言う事を思い出して顔を赤くする。


「その、ごめんね。急に抱き着いたりして」


「何、かまわない。何だったらもう少し抱きしめてやっても良かったのだぞ?」


「もう、エルちゃんっ!」


 ニヤニヤと笑いながら顔を赤くして抗議するアイリに、エルは心の中でそっと感謝する。


 あのまま一人で過ごしていたら、本当に涙を流していたかもしれない。そう思うほどに、エルにとっての仲間たちとは、それ程大切なものだったのだ。


「さあ、もう時間も遅いし、明日は部屋の準備もしなくちゃだから、ベッドに戻りましょう?」


「ああ、そうだな」


 照れているのを誤魔化す様に、アイリは先にベランダを出る。遅れる様にエルもベランダを出ようとして、足を止めた。


「・・・・・・・私に何が出来るか分からないが、そこで見ているといい」


 見上げた先に、かつてと変わらない月と星の光が、エルを優しく照らしていた。

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