21 選ばれた者
「これで、実技試験は終了です。お疲れ様でした。これより二時間後、講堂にて試験結果を発表します」
エルの番かトラブルらしいトラブルもなく、試験は終了した。これから二時間は受講生たちは試験結果が発表されるまでの時間、適当に待つだけになる。
「これからどうしようか?」
「そうだな、とりあえずアイリ達の所にでも行くか」
エルとフィオナがこれからの二時間をどうするか話していると、眼鏡をかけたあの少年が二人に近づいてきて声を掛けてきた。
「やあ君、魔術が使えたんだね?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらそんなことをエルに向けて言ってくる。フィオナは少しムッとしていたが、エルは特に気にした風もなく少年を見返した。
「そっちこそ、エアリアルエッジが使えのだな」
「何だ、あの魔術が何か知っていたのか?」
「まあな」
知っているどころか使えるのだが、プライドが高そうなこの少年にわざわざそんな事を言うと、火に油を注ぐことになるだろうと思い、エルはそれ以上のことは言わない。
そんなエルの様子を見て何か勘違いをしたのか、少年は鼻を鳴らして意地の悪い笑みを更に深めた。
「ふんっ、君程度では使えないだろうが、僕には簡単な事さ。君も精々頑張るといい。まあ、この学園に入学できればの話だけどね」
それでは失礼、と言い残し、少年は二人の前から立ち去る。
「わざわざ嫌みを言いに来たのか?暇な奴め」
「エルちゃん、言い返さなくてよかったの?」
エルが呆れたため息を吐きながら少年を見送ると、フィオナがそんなことを言ってきた。
「あの手の人間に言ったところで意味は無いだろう。それより、アイリ達に合流しよう」
特に気にした風もなく、エルはそれだけ言うとアイリ達が待つ場所にさっさと歩き出してしまう。
「あ、待ってっ!」
その後をフィオナも慌てて追いかけるのであった。
* * *
ところ変わって職員室では、受講生たちの試験結果を元に話し合いがされていた。もちろん内容は誰を合格させるかと言うものだ。
「16番の技量は申し分ない。在学生にも引けを取らない技量だった。この者は合格でいいのでは?」
「35番も申し分ないだろう。筆記試験の成績がやや低めだが、合格ラインだ。それに、彼女は貴重な精霊使いでもある。ぜひ入学させるべきだ」
などと、職員室内では合否の話し合いの声がひっきりなしに飛び交っている。その中にはフィーリアムもいるが、口を挟まず成り行きを見守っている。
「それでは次、56番は・・・・・・・・」
56番、エルの受験番号である。
「彼女か・・・・・」
「彼女は・・・・・なあ?」
エルの番号が上がった瞬間、先程まで他の受講生たちとの反応とは明らかに違う反応が職員室内を満たす。
理由はやはり、エルのマナ測定で見せたその数値だ。
「・・・・・・必要ないであろう」
「オルゲル先生?」
そんな空気の中、オルゲルが真っ先に採用するべきではないと声を上げた。
「あのような破天荒な魔術理論を考えるような輩に、この学園の門をくぐる資格などない。それにあのMPだ、どのみち入学させたとしても他の生徒の足を引っ張るだけだ」
一応、筆記試験の内容、それにマナ測定の結果。それを踏まえての結論のように聞こえるが、実際はエルの書いた魔術理論が気に食わないだけなのだ。
(あのような馬鹿げた理論を考えるなど、魔術に対する冒涜だっ!)
オルゲルも魔術に魅了された一人として、どうしてもエルが考えた魔術理論を受け入れる気にはなれなかった。
「確かに、オルゲル先生の言う事も一理ある。他の先生方はどうですか?」
司会進行役の教師が他の意見を求めて話を振ると、その場の何人かがオルゲルの弁に賛成するかのように首肯する。
「では、56番は不合――――――」
「少し待ってもらえますか?」
「学園長、何か?」
不合格の決定に待ったをかけたのは、それまで黙っていたフィーリアムであった。フィーリアムは一度、その場の教師陣の顔をぐるりと視線を向けた後、おもむろに口を開く。
「筆記、実技共に合格基準は満たしているはず。それなのに彼女は不合格にすると?」
「あ、いえ、それは・・・・・・」
フィーリアムの指摘にその場の教師たちが口を紡ぐ。フィーリアムの言った通り、エルの試験結果は合格基準をクリアしている。
「にもかかわらず、不合格と言っているのは、MPの低さが原因だと?」
「その通りです、学園長」
フィーリアムの言葉にオルゲルが声を上げる。
「先ほども言った通り、56番のMPは一般人レベルだ。これでは他の生徒と一緒に授業を受けさせても、他の生徒の成長の妨げにしかならない」
「私はそうは思いません」
オルゲルの指摘に、しかしフィーリアムは毅然とした態度でそれを否定する。
「・・・・・・・と、言うと?」
否定されたことで、オルゲルの顔が不機嫌そうになるのを堪えて先を促す。
「彼女の書いた魔術理論が突拍子もないものだとは私も理解しています。なら、それを正すのも教師の務めでは?それに、MPに関しても訓練を積めば、その最大値が増すことは既に実証済みのはず。にもかかわらず、貴方方は彼女を否定する・・・・・・いったい何が気に食わないというのですか?」
『・・・・・・・』
この言葉に全員黙るしかない。オルゲルもここまで言われては、ただ自分がエルを気に食わないからだとは流石に言えない。
全員が何も言えず押し黙るのを確認し、フィーリアムは静かに言葉を紡ぐ。
「それに、あのような魔術理論を考えつく頭があるのです。それを上手くこちらで導いてやれば、化けるかもしれませんよ?」
と、冗談の様に言いながら笑う。
「私は彼女を推します。否定される方がいるのなら言ってください」
最終確認の声がフィーリアムから告げられるが、もはやこれ以上否定の声は上がることは無い。
フィーリアムはその結果に満足そうに頷く。
「無いようですね?では、彼女は合格と言う事で・・・・・・続きをお願いします」
「は、はい。では次、57番ですが―――――」
こうしてフィーリアムの苦労の末、何とかエルの合格を約束させたのだった。
* * *
そして、その時がやってきた。
「それでは、試験の結果を発表します。呼ばれた方は前へ」
最初に集められた講堂に再び受講者含む関係者が勢ぞろいし、いよいよ試験官の口から合否の発表がされる。
「まず、受験番号9番っ!」
「は、はいっ!」
一人の男子が声をひっくり返しながら返事をして前に。
「次、受験番号11番っ!」
「やった!じゃなくって、はいっ!」
一人の女子が思わずガッツポーズをしそうになって慌てて返事をする。
「次、受験番号16番っ!」
「フッ、はい!」
眼鏡をかけたあの少年が当然と言いたげな顔で前に出る。
「次、受験番号35番っ!」
「っ!!やった・・・・・やったよエルちゃんっ!!」
「おっとと!」
エルの隣りで祈る様に発表を聞いていたフィオナが、自分の番号を呼ばれることで緊張の糸が切れたのか、涙を流しながらエルに抱き着く。
「やった・・・・・私、合格したよ・・・・・ぐすっ」
「ああ、おめでとうフィオナ」
泣きじゃくるフィオナの背中を優しく撫でながら、エルは祝福の言葉を贈る。
「フッ・・・・・・・35番、前へ」
試験官もその姿に笑みが零れる、が流石に次もあるのでこのままにしておくわけにもいかず、少しだけ間をおいてから再びフィオナに前に出てくるよう促す。
「は、はいっ!!」
試験官の声に慌ててエルから離れると合格した受講生たちが並ぶ列に小走りで駆けていく。
「それでは次、受験番号――――――」
次々と番号が呼ばれる中、アイリやオリビエ、ライアンもエルの番号が呼ばれるのを今か今かと祈る様に待っていた。
そんなアイリ達とは違い、エルはと言うと―――――
(ふあ~・・・・・・いかん、眠くなってきたぞ)
欠伸を噛み殺しながらボケっと発表を聞いていた。
そして―――――
「次、受験番号56番」
遂にエルの受験番号が呼ばれた。
「・・・・・・・うあ?」
もう意識が飛んでしまいそうなエルの耳に自分の番号が聞こえてきた。
「・・・・・・56番?56番、どうした?前にっ」
反応が無い事に首を傾げながら、試験官が再度ど声を上げると、やっとエルが自分が呼ばれていることを認識した。
「おっと、いかんいかんっ」
慌てて袖口で口元を拭きながら前に出る。その動きに『こいつ寝ていたな』と察した試験官は咳払い一つして気持ちを切り替える。他の者達もその行動に察したのか、くすくすと笑い声が上がっている。
「何やってんのよ、あのチビ助っ!」
『・・・・・・・・・』
オリビエは顔を赤くしながら体を震わし、アイリとライアンは恥ずかしさに下を向いて赤くなった顔を隠す。
その後も発表は続き、やがて試験官の横に合格者が勢ぞろいした。
「以上、合格者21名。これにて、編入試験の終了を宣言します。お疲れ様でした」
試験官の終了宣言に、講堂内に拍手の音が響き渡り、その陰で涙を流して泣く声が小さく混ざっていた。
こうして、編入試験は終わりを迎えた。