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20 空気くらい読めるぞ?

 フィオナ以降からも順調に試験は消化され、いよいよその時が来た。


「それでは56番、前へ」


「うむ」


 エルの番がいよいよ回ってきた。エルは試験官に呼ばれ、堂々と胸を張って前に歩み出る。


「おい、出たぞ。一般人が」


「くすくすっ、止めてやれよ一般人とか、可哀想だろ?ぷぷっ」


「おいおい大丈夫か?魔術使えるの?ははっ」


 エルの登場ににわかに人がざわつく。その声は決して大きいものではないが、どれもエルを嘲笑(あざわら)うような声ばかりだ。皆、先程のマナ測定の事を思い出して笑っているのだろう。


 幸いエルにその声は聞こえていないが、雰囲気で何となくは察していた。


「・・・・・・こいつら、いくら何でも言い過ぎじゃないの?」


「ああ、そうだな・・・・・・少し黙らせるか?」


 オリビエとライアンの二人は声を荒げることは無いが、二人共その表情には明白な怒りが滲んでいる。今にも後ろで野次を飛ばしている同じ学生連中に跳びかかりそうな気配だ。


「お、落ち着て二人共っ!ここで暴れたら他の人にも迷惑がかかるよ」


 そんな二人を見咎めて、アイリが止めに入る。


「分かってるけど・・・・・アイリは悔しくないの?アイツがどんな魔術を使うのか、私達はあの洞窟で知っているのよ?」


 普段はエルに対して当たりが強いオリビエだが、洞窟で見せたエルの力に対してはその実力を認めている。認めているからこそ、何も知らない人間にここまで言われるのが我慢ならない。


「オリビエとライアンが怒る気持ちも分かるよ。私も同じ気持ち」


「だったらっ」


「けど、私はエルちゃんを信じてるから」


「アイリ・・・・・」


 そう言って微笑むアイリの顔を見て、オリビエとライアンの中にあった怒りが不思議と消えていく。


「そうだな。エルなら大丈夫だ。なにせ、レッサーデーモンを一瞬で片付けたんだから」


「そうね。悔しいけど、アイツの力は私も認めるわ」


 そう言って三人は所定の位置に付いたエルの姿を、期待するような眼差しで見つめる。


 一方、アイリ達がそんな目を向けていることなど全く気付いていないエルは、さて、どうしたものかと考えていた。


(やり過ぎるなと言われたからなぁ・・・・・・加減するにしても、どの魔術を使うか・・・・・)


 ここに来る前にフィーリアムにやり過ぎるなと言われた手前、あまり派手な魔術は使うべきではないとは思うものの、他の受講生たちより優秀だと言う事を知らしめてやりたいと思ってしまう辺り、エルも先程のマナ測定の件に関して、思うところがあるのだ。


 チラリとこちらを見ている人間の中に紛れ込んでいるフィーリアムの姿を窺う。すると目が合ったフィーリアムは両手を合わせて「お願いします」と合図を送ってくる。


(はあ~・・・・・仕方がない、こいつらのレベルに合わせてやるか)


 エルの順番が回ってくるまでに見ていた受講生たちの実力から逆算して、今この場にいる受講生たちでも実行可能な魔術を選択する。


「『集え』」


 (おもむろ)に左手を前に突き出したエルは、詠唱を唱える。すると、エルの突き出した左手に魔力が集束し、光の玉を生み出す。


「あれって・・・・・」


「何だよ、ただの魔力弾かよ」


 そう、エルが行使した魔術は、この試験の一番最初の受講生も使っていた魔術の初歩中の初歩、魔力弾だった。


 が、最初の受講生とは違う点がある。それは―――――


「『集え、集え、集え、集え、集え―――――』」


 ポツポツと次から次へと同じ光の玉が、エルを囲む様に出現する。その数、全部で四十六。


「『――――――――穿て』」


 ポツリと呟かれた最後の一小節を合図に、エルの周りに漂う魔力弾が一斉に鎧人形に向かって発射される。


 ズガガッ!と、まるで高速でハンマーで鉄を打つような硬質な音が途切れることなく響き渡った。一発の威力にそこまでの力は乗せてはいない。が、一発当たる度に揺れる鎧人形は徐々に大きく揺れだし、やがて―――――


 ドカンッ!


 派手な音を響かせて後方に吹き飛んでしまう。地面に転がる鎧人形の胸部には大きな凹みが出来上がっていた。


「そこまで」


 鎧人形が吹き飛んだことで、試験官から終了の声がかかる。それに従ってエルは踵を返してその場を悠然と後にする。去って行くエルの後ろ姿を見ながら、先程までエルを嘲笑っていた人間たちが再び囁き合う。


「何だよ、結局数で押し切っただけかよ」


「まあでも、最初の奴に比べたら少しはマシって感じか?」


「それでもただのゴリ押しじゃん。あんなの俺でも出来るわっ」


 などと、勝手な事を口走っている。それを聞いていたアイリ達も複雑な表情を浮かべていた。


「魔力弾で吹っ飛ばしたのはいいけど・・・・・」


「ああ、もっと前みたいに派手に魔術をブチかましてやればいいのに・・・・・」


「派手にならない様に手加減した、のかな?」


 三人もエルの見せた魔力弾の連射に疑問の声を上げる。


 そんな他の者達の反応など気にすることも無く、フィオナが待つ場所にエルも合流する。


「凄かったよエルちゃんっ!」


「ふふっ、まあなっ!!」


 フィオナの手放しの絶賛に、エルも気を良くしてふんぞり返る。フィオナはただただ純粋に鎧人形が吹っ飛んだと言う結果に対してはしゃいでいたのだが、エルは気が付いていない。


「ふんっ、たかが魔力弾の連射じゃないか」


 エル達から離れた場所で二人のやり取りを見ていた眼鏡の少年が、(あざけ)る様に鼻を鳴らしていた。



        *        *         *



「ふぅ~・・・・良かった」


 会場が未だに先程のエルの見せた試験内容でああだこうだと騒いでる中、フィーリアムは安堵の息を吐いていた。


(エル様が魔力弾の連射()()で済ませてくれ良かった・・・・・)


 エルにはやり過ぎるなと注意はしたものの、エルをよく知るフィーリアムはそれでも不安が残っていた。


(あれに集束(しゅうそく)術式まで組み込んでいたら大変な事になっていたでしょうが・・・・・・最初にあの数の魔力弾を作った時は肝が冷えましたよ)


 フィーリアムが安堵した理由の一つとして、集束術式の使用が行われなかったことも理由の一つだ。


(あの数を収束させて放てば、あの程度の対魔付与(アンチマジック)では耐え切れず、軽く吹き飛んでいたでしょうが)


 一つ一つの力は弱くとも、それを一つに束ねれば当然威力は増す。集束術式とは言ってしまえばそう言う術式だ。


(エル様が余計な術式を組み込まなくて本当に良かった・・・・・)


 フィーリアムが安堵したもう一つの理由。それはエルの悪癖ともいうべきものだ。


 エルは術式の改変が得意なのだ。これがただの効率や威力向上のための改変なのであったのなら、まだ常識の範囲内なのだが、エルの改変した術式はどれも一般的な魔術師には理解できない内容に改変されてしまう。


 そのせいで昔からフィーリアムと兄弟子は苦労させられていた。


(本当にあの魔改造は勘弁してほしかった・・・・・うっ、今思い出すだけでも頭が・・・・・)


 忘れてしまいたい過去のトラウマが脳裏を過り、思わず頭を抱えてしまう。


(それにしても・・・・・・)


 頭を抱えながら、未だエルの試験内容に悪態をついている者達にチラリと目を向ける。


(気付いていないのですね、()()()()()()()()()()()()


 先ほどとある男子生徒が『あれくらいなら自分にもできる』と言っていたが、それは当たり前のことなのだ。


 ここの学園生たちの平均マナ値は二十万から三十万前後。しかし、エルは先ほど測定した結果、一万二千ぽっち。それなのに、なぜ自分たちが出来ることを自分よりもマナ値が低いエルが涼しい顔でやってのけたのか。


 本来なら一番最初に実技試験に挑んだあの少年と同じように疲労困憊(ひろうこんぱい)になっていてもおかしくないはずなのに、エルにその様子はない。それどころかまだまだ余裕があった。


(その理由を考えようともしない)


 エルがやった魔力弾の連射。魔力弾を大量に作り出して打ち込むだけの、実に単純なものなのだが、実際は違う。


 無秩序にただ魔力弾を撃ち込むのではなく、一点に集中させて打ち込んでいたのだ。一発当たることにより生じた鎧の揺れを、次の魔力弾で更に大きくするように、同じ場所に徹底して打ち込んだ。その結果、大きく揺さぶられた鎧人形は、派手に吹き飛んだ。


 鎧が僅かに揺れれば、当然当てた個所もそれに合わせて移動する。それでもエルは同じ個所を狙い打った。それだけでもエルの技量はとんでもないのだが、エルのやった事はそれだけではない。


 それは魔力弾につぎ込んだ魔力の量だ。


 魔力弾を使用するには、通常MPを100前後を消費する。(前後なのは威力の強弱で消費量が変動するためだ)が、エルはそれに対し、消費MPをたった10で使用したのだ。


 もし他の術者がエルと同じ威力で魔力弾を形成しても、エルの様にはならない。なぜなら、エルが構築した魔力弾は徹底して無駄を削ぎ落したことで出来たものだからだ。


 いわば『魔力弾・改』とも呼べる、魔力弾の完成型のようなものなのだ。


 その結果、試験を最初に受けた少年の様に疲労することなく、涼しい顔をしていたのだ。


(少なくとも、エル様と自分たちのマナ値の差を考えれば、疑問が出てくるのですが・・・・・)


 それも仕方がない事なのかもしれない。


 人間は自分が出来て当たり前のことを、自分よりも劣った人間が苦労してできても、その苦労を理解することは無い。


 自分よりも劣る人間が、どれだけの苦労、どれだけの工夫をして出来るようになったかなど、考えることもしない。


 近くで見ていた人間ならば、理解できることもあるだろう。同じように努力を重ねたのならば、理解もするだろう。


 しかし、最初から出来る人間にはそれが理解できない。


(自分がどれだけ恵まれた環境にいるのか、理解できていないのですね)


 エルは天才だとフィーリアムは思っている。実際近くで見てきてそれは事実だと確信している。


 しかし、決してエルも苦労していなかったわけではない。


 膨大な量の魔導書を読み込み、知恵を絞って研究をし、自身の肉体を使って実験までした。その過程で怪我をすることも一つや二つではない。それほどまでに自分を痛めつけながらも努力をし、腕を磨いてきたからこそ、今のエルがある。


(とはいえ、エル様と同じことをそう簡単に出来ないのも事実なのですが・・・・・・・)


 兄弟子と共にエルの教えを受けた身としては、同じことを生徒にさせるのはあまりにも酷な事だとは、流石のフィーリアムでも理解できる。


 フィーリアム自身、何度も心が折れそうになったのだ。それを生徒に強制させてしまえば、生徒がどうなるのかなど容易に想像がつく。


「・・・・・・・私、よく生き残れましたね」


 修業時代の時を思い出して、身体をブルっと震わすフィーリアムは、呑気にフィオナとお喋りをしているエルを恨めしい眼で見るのであった。

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