01 なんだこれ?
人の気配も、獣の気配もないその場所で、光の粒子が集まっていた。
その粒子は徐々に一か所に集まり、やがて人の形に集束していく。一際眩い輝きを放つと、そこから一人の人間が姿を現した。
(・・・・・・ここ、は?)
現れた人物はどこか夢見がちな頭で何が起きたのかを考える。
(私は・・・・・そうだ、私はエルフィアナ)
そして思い出す。自分が何者であるのかを。
(私は、魔王を封印して・・・・・・)
エルフィアナは周囲を見渡すと、そこは天然の水晶が輝く洞窟の中だと分かった。
天井の一部が崩れ、そこから太陽の光が水晶に反射してキラキラと輝く光景は幻想的だった。
500年前、確かに魔王の封印は成功した。そして、ここにエルフィアナがいると言う事は・・・・・・
(500年の時が過ぎたと言う事か?)
封印までは成功するとは確信出来ていたが、自分がこうして目覚めることが出来るかは、賭けのようなものだった。
(500年経ったと言う事は、魔王も復活してしまったのか?いや・・・・・・)
エルフィアナは目を閉じ、己の内側に意識を向ける。
(封印術式はまだ生きている。と言う事は、まだ魔王は目覚めていないと言う事か?)
ではなぜ自分は目覚めたのか?
考えてみるも、エルフィアナにその理由は思い浮かばない。
(術は成功していたはず、ならなぜ私が先に目覚めている?そもそも私がこうしてここにいること自体が理解できない)
エルフィアナが施した封印は500年間魔王を幽世に封印すると言うものだった。
しかし、巨大な力を持つ魔王を封印するにはエルフィアナの全て、生命までも注ぎ込むほどの力でなければならなかった。
エルフィアナが再び現世に戻る事の出来る確率は、ほぼ0と言っていい程だった。それなのに―――――――
(・・・・・・分からない事を考えても意味はない、か。それより、これからどうするべきか)
そこでふっと、自分の手が何かを持っていることに気が付く。見て見ればそれは輝く太陽と女神が描かれた一枚のカードだった。
(アルカナ・・・・・現世に戻ったことでこのカードも顕現したのか・・・・・・・ん?)
違和感を覚えたのはその時だった。カードを持つ自分の手が自身の記憶と違う事に。
「手が、縮んでる?」
否、手だけではない。
「声が?」
自分が知る声とは似ても似つかない、可愛らしい声に戦慄するエルフィアナ。
エルフィアナは慌てて近くにあった一際大きな水晶に近づき、自身の姿を映し出す。そこには――――――
「なんだこれはーーーーーーーーー!!!!」
水晶に映し出されたのは、一糸まとわぬ少女の姿。
「ど、どうなっている、私のあの妖艶な姿はどこにいった!!」
500年前のエルフィアナは確かに大人の女性の魅力が溢れるほどの美を誇っていた。
スラリとした手足、豊満な胸に夜の闇を固めたような、長く艶のある黒髪、キリリとして全てを見透かすような赤い眼は男女問わず見るものを引きこむ魔性の瞳とも呼ばれるほど(自称)だった。
しかし・・・・・・
「・・・・・・どこをどう見ても、子供の頃の私の姿、だと?」
スラリとした手足、などでは無く、子供らしい手足に、これまた豊満な胸、も無く、ペタリと控えめな胸。身長も縮んで本来の姿の半分もない。外見年齢的には11、12歳程度の姿がそこにあった。
500年前の姿と同じところを上げるとするなら、その長く艶のある黒髪と、赤い瞳。
ただし、瞳に関しては子供らしくクリクリとした眼になっているのだが、今のエルフィアナはそれどころではない。
「これは・・・・・一体・・・・・・」
何がどうなってこんな事態になったのか?
「術式に問題があった?いや、あれだけ精霊たちとも研究に研究を重ねたんだ、失敗するはずがない。なら、どうして・・・・・・・・」
封印術式には500年前、エルフィアナ達が各地を巡っていた時に出会った精霊たちの協力の下、研究、開発した新術式。
ゆえに、人間には理解できない精霊特有の術式も組まれた難解極まりない術式となっている。これを起動させるには莫大な魔力、そしてそれを構築できるだけの知識が要求される。
「術式に何者かが介入した?いや、あの術式はそこら辺にいるような者では介入する事など出来ないはず」
封印術式を起動させることが出来るのは、この世界で類まれなる魔力と知識を兼ね備えたエルフィアナただ一人だけなのだ。
その圧倒的な魔力と知識で構築された術式においそれと何者かの介入ができるようには思えない。
「ならばなぜ・・・・・・・」
この事態を招いた原因はどこにあるのかと頭を悩ませていると―――――――
ドンッ!
「な、何だ、何事だ!?」
突如洞窟内に何かが爆発したような轟音が鳴り響き、エルフィアナはビクリと肩を震わす。
「この魔力の反応は・・・・・・誰か戦っているのか?」
誰かが魔術を行使した反応を捉え、思わず身構える。
しかし、どうやらこことは距離が離れているのか、何者かが来るような気配はない。
「・・・・・・行ってみるか」
そう思い音のする方へ歩き出そうとしてピタリと足を止める。
「・・・・・・・さすがにこの姿のまま行くわけにはいかないか」
そう、今現在エルフィアナは裸なのだ。
さすがに裸のまま出て行けば、いくら少女の外見をしているとはいえ変質者認定確定である。
「何かないのか?」
辺りをキョロキョロと見渡すと、水晶の陰に布がちらりと見えた。近づいて手に取ると、どこからか風に流されてきたのか、ベッドシーツの様な布だった。
「多少汚れてボロボロだが、無いよりはマシか」
エルフィアナは布を真ん中から引き裂いて2枚にすると、片方を体に羽織り、もう片方の布ではだけぬように腰に巻いて固定する。
「良し、こんなものだろう」
最後にアルカナのカードを懐にしまい込んで水晶に映る姿をみて問題ないかを確認する。
そうこうしている間にも地響きのような振動や、先程よりかは小さいが、何かが戦っている音がエルフィアナの下まで届いてくる。
「行くとするか」
音がする方へと歩き出す。音の出所には数分程度歩いたところで発見することが出来た。
エルフィアナは岩の陰に隠れながら様子を窺う。
(あれは、冒険者か?)
チラリと窺った先には、同じ白を基調にした服を着た3人の男女が戦っていた。
「くっ、こんなところに魔族がいるなんて!」
「このままじゃ囲まれちゃう、逃げないと!?」
「けど、私達の足じゃ追いつかれちゃう!」
3人は重傷ではないが怪我をしており、疲労もたまっているのか息も荒い。
エルフィアナは次に3人の相手に目を向ける。
(ふむ、あれはレッサーデーモンか)
レッサーデーモン。魔族の中でも下位の魔族で、理性など無く、本能に従って生きている悪魔のような外見をした魔族だ。
本来なら上位の魔族の尖兵として行使されるような種族だが、稀に人を襲いに町などに現れる時がある。その力は下手な魔獣や魔物よりも手強いが、それでも倒せないわけではない。
(だが、相手は五体か。それに三人とも負傷して疲労も出ている。これではそう長くは持たないか)
今は何とか耐えているようだが、相手に有効な攻撃手段が無いのか、じりじりと押されている。
「はあ、仕方がないな」
自分に起きている状況も分かっていない中で、あまり目立つようなことをしたくないと、自分の中の冷静な部分が訴えている。
しかし、目の前で窮地に追いやられている人間を放置することも出来ないと思い、ため息をつきながらも加勢することを選ぶエルフィアナだった。
と、言うわけで始まりました。出来る限りテンポよく話を作っていきたいとは思っているので、良ければお付き合いください。