18 おのれ魔王っ!!
『MP・・・・・12000』
講堂内にいる人間がその数値を見て固まる。
「・・・・・・・・・・・・は?」
そして、エルの間の抜けた呟きで、その場の人間の時が再び動き出す。
失笑と言う結果で。
「クスクスっ」
「何あれ?」
「一万二千って」
囁く声はどれも侮蔑や嘲りの声。皆、エルの出したマナ測定の結果に対しての声だった。
現在のマナ測定によって世間に公表されている『マナ基準値』と言うものがある。
数名の生まれたての赤ん坊が持つ保有マナを測定、平均値を出した結果、その数値は約八百から千弱。
成人した大人の平均が約七千から一万に届くか届かないかと言った程度。
魔術を使えるようになった術者の保有マナが平均十万前後。この学園に入学する者でも最低七万前後の保有マナを持っている。
つまり、一万二千と言うエルの保有マナ値は―――――
「魔術を使えない一般人レベルって」
魔術を使えない人間に毛が生えた程度のマナ量と言う事になる。
「嘘・・・・・・」
「エルのマナ量が一万二千って・・・・・」
「・・・・・・冗談でしょ?」
アイリにライアン、オリビエの三人はその結果に驚愕を露にする。三人とも初めてエルと出会った時に見た光景を今でも覚えているからだ。
「レッサーデーモンを軽く倒したエルが、こんな低い数値なんて・・・・・・・」
ライアンの呟きに二人も同意の頷きをする。
「・・・・・・・・・るな」
「エルちゃん?」
先に測定を終えてエルの近くにいたフィオナが、エルの小さな声を耳にする。
「・・・・・るな・・・・ふ・・・・・ざけ・・・・・ふざけるなっ!!」
『っ!!』
エルの発した大声にその場の人間が一斉にエルに目を向ける。
「ふざけるなっ、何だこれはっ!?おい、貴様っ!!」
「は、はいっ!!」
計測器の前で事の成り行きを見守っていた係員が、エルのあまりにも大きすぎる怒気に思わず敬語で返してしまう。
「もう一度やり直せ!こんなもの、何かの間違いだ!!」
「は、はい!!」
係員はエルに急かされ、慌てて測定器をいじる。再びエルが台の上に手を置いて測定が開始される。
が――――――――
『MP・・・・・・12000』
結果が変わることは無い。
「何故だ・・・・・どういう事だ・・・・・」
この結果に流石のエルも動揺して頭がパニックを起こす一歩手前になってしまう。
測定台の前で茫然自失となるエルの耳に、再び講堂内からエルを嘲る声が上がる。
「おいおい、現実を受け止めろよ」
「何度やっても結果は一緒だと言うのに」
「これでは駄々を捏ねる子供だな。いや子供だったか、ははっ!」
一人の笑い声が感染していくように、他の者達からも笑い声が上がる。それは決して賞賛の声などではなく、エルを嘲笑う笑いだった。
「~~っ!!」
その声に、エルの頭が一瞬でカッと熱くなる。それは羞恥ではなく、怒りだった。
(この、ゴミ共っ!!)
「静まりなさいっ!!」
怒りで沸騰するエルは、その怒りのまま術を行使しようと手が動こうとしたが、まるでそれを止めるかの様に一つの声が講堂内に響く。
声を上げた方にその場の全員の目が向かう。そこにいたのは凛と背を伸ばして堂々と立つフィーリアムだった。
「フィーリアム学園長・・・・・」
「今は試験中です、お静かに。それと、測定値はあくまで目安、決して測定値が魔術師の価値なのではありません。その事、決して忘れない様に」
皆、フィーリアムの言う言葉に飲まれたのか、講堂内に静寂が満ちる。辺りにぐるりと視線を向け、誰も文句を言わない事を確認したフィーリアムはにこりと笑顔を浮かべる。
「さあ、試験はまだ終わっていません。測定の続きをお願いします」
「わ、分かりました!」
係員たちはフィーリアムの言葉に一斉に動く。止めていた手を動かし、声を出して試験の進行を進めるべく動き始める。
そんなフィーリアムとエルの目が一瞬合う。エルは気まずいのか、目を逸らしてしまう。そんなエルに今は声を掛けるべきではないと判断したフィーリアムは黙って後ろに下がる。
* * *
一悶着あったが、マナ測定は何とか終了まで漕ぎつけた。
「それではこれより、次の実技試験の会場まで移動します。皆さん、係員の指示に従って移動してください」
試験官の一言で講堂内の人間が、係員指示に従って講堂から出て行く。
「・・・・・大丈夫、エルちゃん?」
移動の為にエルとフィオナはアイリ達と合流し、開口一番アイリから気遣いの言葉を掛けられる。
「別に、問題ない」
先ほどまでとは打って変わって落ち着きを取り戻したエルは、何でもない様に応える。
(私としたことが、少々大人げなかったな)
あの時、フィーリアムの声に沸騰していた頭が冷えたおかげで大事にはならなかった。
(危うくこの場所を消し飛ばすところだった)
裏を返せば、あの時フィーリアムが声を上げなければ相当危険な状態だったわけだが、結果よければすべてよし。エルは先ほどの自分の失態など無かったこととして頭から忘れることにした。
「それじゃ、俺達も移動しよう。場所は第二訓練場だ」
ライアンに促されて、五人は移動を開始する。
「エルちゃん、少しいいかしら?」
「学園長?」
講堂を出ようとしたところで、後からフィーリアムに呼び止められる。
「ごめんなさい、貴方達は先に行っていてもらえる?少しだけエルちゃんと話をしておきたいの」
「それは・・・・・」
先ほどの件かとアイリが心配そうにエルに顔を向けるが、エルは大丈夫だと軽く頷いて見せる。
「それじゃあ、私達は先に行きますね」
「ええ、エルちゃんは私が会場まで連れて行くわ」
エルを残して四人は講堂を後にする。フィーリアムは辺りをチラリと見渡して、誰もいない事を確認すると改めてエルと向かい合う。
「エル様、先程のマナ測定の事なんですが・・・・」
「あれは、その・・・・すまなかったな。ついカッとなってしまった」
「いえ、気にしないでください。それよりも、エル様の保有マナの事なんですが」
「そうだ、その事を聞きたかった。自慢ではないが、私が内包するマナは、あいつ等と比べても私の方が勝っていた」
エルの言う『あいつ等』とは、かつて共に戦った六人の仲間、すなわち、世界を救った『救世の七英雄』と呼ばれる六人の事だ。
「ええ、それは私も十分承知しています」
「ではなぜ・・・・・」
「推測ですが、測定結果が今現在保有しているマナを数値化するからだと思われます」
「どう言う事だ?」
「簡単に申し上げると、あの装置はエル様が現在消費しているマナまでは測定していない、と言う事です」
「・・・・・・・なるほど、そう言う事か」
本来ならエルのマナ量は、他に類をみないほどのマナをその身に宿している。
なら何故一万二千などと言う数値が出るのか?それは現在エルが今もある術を行使しているの原因だった。
「封印術式・・・・・クソっ、おのれ魔王め!こんな所でも私の邪魔をするかっ!」
そう、魔王を封じる封印術式を維持する為に、エルはその莫大なマナの大半を封印術式に使用している。したがって、エルが使えるマナは極端に少ないのだ。
「はあ~・・・・・これでは超越魔術どころか、上級魔術も使えんぞ・・・・・」
「くすっ、それでもエル様なら問題ないのでは?」
落胆して肩を落とすエルに対し、フィーリアムは悪戯っ子のような笑みを浮かべながら言うと、対するエルも同じような笑みを浮かべる。
「フッ、当然だ。少なくとも、この学園にいる者どもよりも戦えるだろうよ・・・・・・なんなら試してみるか?」
挑発的なセリフを吐くエルに対し、フィーリアムは苦笑いを浮かべる。
「それは遠慮しておきます・・・・・だって、今の私が戦ったら、私が勝ってしまいますからね」
「・・・・・ほう、言う様になったな」
「ええ、おかげさまで」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
しばし無言で見つめあう二人、が、それはそんなに長く続かなかった。
「・・・・・ぷ」
「うふっ」
『あははははははっ!!』
二人は揃って噴き出し、腹を抱えて笑い出したからだ。
「負けず嫌いは相変わらずだな」
「エル様こそ、人が悪いですよ?」
「ははっ、すまんすまん、ついな」
悪びれた様子もなく笑うエルに、フィーリアムも釣られて笑う。
「さて、余りこうしていると皆を待たせることになりますし、移動しましょうか?っとその前に、エル様?」
「ん?」
ガシっ!
「な、なんだッ!?」
突然フィーリアムに両肩を掴まれて思わずビクンっとなる。
「いいですかエル様?これから実技試験が始まります」
「あ、ああ、そうだな。それが、どうかしたか?」
顔は笑っているのに目が全然笑っていないフィーリアムに、エルは思わずゴクリと喉を鳴らす。
「くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・もッ!やり過ぎには注意してくださいね?」
まるでフィーリアムの後ろに悪魔がいるかのような錯覚に陥ったエルは、コクコクと首を縦に振る。
「も、もちろん、分かっているともっ、当然じゃないか!?」
フィーリアムの迫力に若干涙目になりそうなエルは焦りながらも応える。
その言葉に満足したのか、エルを解放したフィーリアムはエルの手を取って歩き出す。
「それでは、行きましょう」
「・・・・・・なんなのだ?」
何故フィーリアムにこんなことを言われるのか、全く身に覚えのないエルは、手を引かれるまま講堂を後にした。