16 休息の裏側(嫌な予感しかしない・・・・・)
エルが食堂で少年に絡まれている丁度その頃、別の場所では一つの問題が発生していた。
それは筆記試験で受講生たちが書いた答案の回答をしていた職員室で起こった。
「えっと、ここは正解。ここも正解。こっちは・・・・間違いね」
臨時で呼び出された保険の担任であるルルイエは、受講生の答案に〇と×を書きながら試験の点数をつけていた。
「何で休日までこんな事しなきゃいけないのよ・・・・・今日は新作のコスメが発売される日だって言うのに・・・・・・・」
教職員としてあるまじき悪態をつきながら手を進めていく。他の教職員も数人おり、皆同じように自分のデスクで答案を処理している。
「ふぅ~・・・・・次は、と」
そうして進めて何とか半分以上の答案を処理していく。
「えっと・・・・・・・」
新たに別の受講生の答案を処理しようとした時、職員室のドアが開いた。入ってきたのは眉間に皺の寄った長髪の男。
「おや?オルゲル先生、学園にいらしていたんですか?」
「ああ、少し研究室に用があってな」
ドアの近くで作業をしていた男性教諭が入ってきたオルゲルを見つけて声を掛ける。
「職員室には何をしに?」
「何、忘れ物を取りに来ただけだ。ところでお前達は何をしている?」
どこか他を見下した様なその物言いに、男性教諭は内心イラっときていたが、オルゲルに逆らう事はしない。いや、出来ない。
その原因はオルゲルの地位だ。
オルゲルは国に仕えてこそいないが、高位魔術師としてその手の界隈では注目されている魔術師だ。
更にオルゲルは爵位持ち、つまり、貴族なのだ。それも侯爵、と上から数えた方が早い順位の爵位持ちだった。
平民出の男性教諭からしたら雲の上の存在で、到底逆らうことが出来ない。なので怒りは覚えど顔に出さない。
「いやだなぁ、お忘れですかオルゲル先生?今日は編入試験ですよ?」
「・・・・・ああ、そうか。そんな話があったな」
学園に教師として席を置いているが、オルゲルに教育などと言うものに興味は無い。あるのは自分の魔術に対する研究のみ。
が、そんなオルゲルでも一応教師としての仕事はしているので、それなりに生徒に対して興味はある。ただし自身が認めた有望な生徒のみなのだが。
実は今回の筆記試験では、このオルゲルの監修の下、問題の内容を作成している。
「今回はガルドルド家のご子息が参加しているんですよ」
「・・・・・・ふむ、ガルドルド家か」
ガルドルド家と言う響きにオルゲルは興味を示す。
「あの魔術の名門、ガルドルド家の子息となるとそれなりに見込みがありそうだな。どれ、そいつの答案を見せて見ろ」
「えっと・・・・・はい、これです」
「どれ」
渡された答案を一枚一枚目を通していく。
「ふむ・・・・・なるほど、名門と言われる家の息子なだけはあるな。どれも正解だ」
オルゲルの言う通り、その答案はほぼ〇で埋め尽くされていた。
「しかし、ここは答えられないか」
そう言ってオルゲルの目が留まったのは、魔術関連の問題、その最後の問題だった。
「これぐらいの術式など解いてもらわなければ困るのだがな」
「・・・・・・・何が困るよ。嫌がらせのくせに」
ルルイエの小さな呟きは誰にも聞かれることは無かった。
そう、ファイアランスの問題はオルゲルが考えた無茶振りの問題だったのだ。
(受講生たちも可哀想に・・・・・)
そうは思うも、結局何もできない自分を歯がゆく思う事しかできない。
ハアっと思いため息をつきつつ、自分の仕事をこなそうと止めていた手を動かす。
(うんうん。一般的な教育問題は大丈夫ね・・・・・って歴史問題全然ダメダメじゃないっ!)
一般的な問題に対しては全問正解の代わりに、なぜかその答案には歴史問題に書かれている×の量が異常に多い。
(ま、まあ歴史が苦手って子もいるし、他は大丈夫みたいだし・・・・・・って)
「はアぁあぁぁぁーーーーーー!?」
とある回答を見たルルイエは思わず絶叫してしまう。突然の奇声に驚き職員室中の視線がルルイエに一斉に向けられる。
「ど、どうしたんですかルルイエ先生」
「え、え~と・・・・・・いや、その・・・・・この回答が・・・・・・」
裏面にびっしりと回答が書かれた紙を持ってしどろもになるルルイエ。
歯切れの悪い返事にその場の人間が首を傾げる。それを見ていたオルゲルがハッキリと応えないルルイエに業を煮やしてズガズガとルルイエに近づき手にしていた答案を奪うように引っ手繰る。
「あっ」
「この答案が原因だろう。どうせくだらない回答でもしたのだろう。どれ・・・・・・」
* * *
丁度時を同じく、学園の廊下を歩いていたフィーリアムが職員室の前に来ていた。
理由は単純。エルの事が気になってきてしまったのだ。
(まあ、仕事のついでと言えば、皆も変に勘ぐったりはしないでしょう)
それに、フィーリアムにはもう一つここに来た理由があった。それは――――――
(エル様がまたとんでもない事してしまわない様に注意しておかないと)
エルが何かやらかさないか心配だったのである。
「皆さん、ご苦労――――――」
「なんだこれはーーーーーーーー!?」
職員室の扉を開けた瞬間、中から大絶叫が轟いた。
「ど、どうしたのですかっ!」
その声に慌てて中に入って確認すると、一枚の紙を凝視しながらプルプルと肩を震わすオルゲルの姿があった。
「あ、学園長・・・・・」
「ルルイエさん、これは一体何事ですか?」
「ああ~・・・・それが、筆記試験の回答内容が・・・・」
「筆記試験の?」
何か不備があったのかと首を傾げると、何やらオルゲルが声を震わせながら口を開いた。
「拡張術式?馬鹿な、ありえんっ!このような場所に拡張術式を組み込むなど、しかも何だこれは!?こんなルーンの配置では威力が高すぎて暴発してしまうではないか!?それにこの注意書きのように書かれている魔術理論はなんだッ!?こんな暴力的な理論、ありえんっ!!」
頭を抱えながら絶叫するオルゲル。そんな普段見せることのない姿に皆呆然としてしまう。
ふと、オルゲルが取り落とした回答用紙がひらりとフィーリアムの足元に滑る様に落ちた。それを徐に拾い上げて書かれた内容を目にする、と―――――
「ひっ!?」
「学園長?」
「あ、ああ、いえっ!な、何でも、何でもないのよ!お、おほほほほッ!」
「?」
思わず叫びそうになったのを寸でのところで抑えたフィーリアムは、誤魔化し笑いを浮かべながら再び回答用紙に目を走らせる。
(こ、これはっ!?)
フィーリアムは回答を見ることで今度こそ絶句する羽目になる。そこに書かれていたのはファイアランスの術式、ではなく、ファイアランスだった術式だった。
(発動速度の向上、魔力伝達の効率化、威力向上・・・・・)
見れば見るほどとんでもない内容に目が飛び出るかと思ったほどだった。
(しかも、この魔術理論ッ!?)
暴力的な魔術理論だと評したオルゲルなのだが、フィーリアムには理論整然とした素晴らしい理論に見えた。
それもそのはず、そこに書かれているのは、問題になっていた暴発をいかに効率よく威力向上にシフトさせるか、それによる暴発防止と、さらなる威力改善が見込める内容だったのだ。
ただし、これが出来るのは限られた高位の魔術師でなければ使用も理解も出来ないようなものだったのだ。
オルゲルが理解できない、いや、理解したくないのは、ある意味お察しである。
当然、フィーリアムは理解できる側の人間だった。
だがそれよりも、フィーリアムには別の問題があった。
(ま、まさか、まさかッ!?)
薄々は分かっていたが、現実を認めたくないフィーリアムは祈るような気持ちで回答用紙を表にひっくり返す。
回答用紙の一番上、氏名が書かれている場所に目を向ける。
「!!!!!!」
『受験番号56番 エル』
(いやぁあぁぁーーーーーーーーー!!)
フィーリアムが知りたくなかった現実がそこにあった。