14 筆記試験開始
「皆さん初めまして。私が今回の編入試験の試験官を務めさせてもらいます。これより、試験の内容を説明します」
眼鏡の試験官がエル達受講生の前に立ち、説明を始める。
「まずこの説明の後、別室にて筆記試験を受けてもらいます。時間は二時間、二時間以内にこちらが用意した問題に回答していってもらいます。その後休憩を挟み、午後からマナ測定、実技試験の流れになります・・・・・ここまでで何か質問はありますか?」
(マナ測定?)
試験官の説明に出てきたマナ測定と言う聞きなれない単語に内心首を捻るが、まあどうにでもなるだろうと適当に聞き流す。
「質問は無いようですね。それでは筆記試験の会場に移動します。皆さん、ついて来てください」
試験官を先頭に、ぞろぞろと受講生たちが後に続く。エルもそれに続こうとすると、アイリ達が話しかけてきた。
「エルちゃん、私達は別室で待機になるから、私達も行くね?頑張って、エルちゃん!」
「頑張れよ!」
「まあ、精々頑張りなさい」
三者三様の激励の言葉を受け、エルはニヤリと笑って答える。
「まあ任せておけ。この程度、遊びの様なものだ」
ではな、と言い残して他の受講生たちの後を追いかけて行く。その背を見送りながらアイリ達は何とも言えない気持ちでエルの後ろ姿を見送った。
「それでは、各自受験番号が机に張り付けてありますので、自分の番号と同じ席に着いてください」
試験官の後に続いて移動する事しばらく、連れてこられたのは普段学園生たちが授業で使う教室だった。
半円型を描いた四段に分かれた階段状の机と椅子が用意され、一番下、正面には教卓と、その背に上下スライド式の黒板。その更に上には時計が設置されている。
黒板には『筆記試験会場午後9時~11時まで』と書かれている。
エルは自分の番号をみつつ、机の番号と自分の番号を照らし合わせながら机と机の間の階段を上る。
「ここか」
エルの受験番号56番と同じ数字が書かれた紙が置かれた席を見つけてそこに座る。因みに先程知り合ったフィオナはエルから見て二段目の一番左端に座ってた。
試験官とその助手達が受講生たちの前に数枚の紙を裏面にして置き、筆記用具も渡される。
「全員行き渡りましたね?時間は二時間。午前九時から午前十一時までです・・・・・・・それでは、始めてください」
試験官の合図と共に、一斉に受講生たちは試験に取り掛かる。エルも渡されたペンを取り、置かれた数枚の紙を掴んで表にひっくり返す。
(ふむ、これは・・・・・一般的な学問の問題か)
エルが最初に手に取った紙には世間一般的な学問、数式の問題などが書かれていた紙だった。
(この程度、分からないわけないだろうに・・・・・)
見た目は子供だが、中身はれっきとした大人だ。流石に子供が学ぶ勉学で躓いている様では大人として立つ瀬がない。
エルは何の苦労もなくスラスラと答えを書き込んでいく。一枚目の紙はものの数分で終わらせてしまう。
(さて、次は・・・・・・)
早々に一枚目を片付けたエルは、楽勝だなと鼻歌を歌いそうな気持で二枚目の紙を手に取る。
(何々?『メルキデス公国第14代国王の名前は?』・・・・・こ、これはまさか、歴史関係かッ!?)
エルが適当に手に取った二枚目の紙には歴史関係の問題が書かれていた。
(まずい・・・・・封印されていた間の歴史なんぞ一つも知らんぞ!!)
一枚目の問題とは打って変わってエルの顔に焦りが浮かぶ。この二日間で勉学など一切してこなかったツケが、ここに来てエルを窮地に立たせたのだ。
幸い、エルが封印される前の歴史問題も数問あった為、何とかそこだけは解答欄を埋めていく。
(『ジスタル歴168年にガメルス王国で起きた内乱、その原因となった事件とは?』、知るかそんなものっ!!・・・・・・・いや、待てよ?)
覚えがありそうな問題だけを何とか埋めていく中、不意に見つけた問題に見覚えがあった。
(これは・・・・・確か、『貴族令嬢は迷探偵』で出ていたやつではないか?)
何と、幸か不幸かエルがアイリの部屋で読み漁った推理小説の題材になっている時代設定と見事に合致していたのだ。
(何と幸運なことかっ!)
同じような問題はないかと探していくと、いくつか同じように小説のネタとして出て来ていた問題があった。
(これなら・・・・・いけるっ!!)
解答欄を埋められず空白の部分はあるが、エルは出来る限り解答欄を埋めていき、二枚目を終了させた。
(ふう~・・・・・まさか、こんな卑劣な罠を仕掛けていようとは、これを作った奴は中々の切れ者だな)
ただの自業自得である。
(次は・・・・・・)
それからエルは二枚の紙を片付けて行った。どれもエルにとっては何の問題にもならないものばかりだった。そして、いよいよ最後の紙を手に取る。
(ふむ、やっとそれらしい問題が来たか)
最後にエルが手に取った紙には魔術関連の問題がびっしり書かれていた。それも二枚。
が―――――
(『マナとエーテル光の関連性を答えよ』か・・・・・ふん、幼稚な問題だな)
エル、いや、エルフィアナにとっては何ら問題にもなっていなかった。
(『炎を発生させるために必要な魔術式、その魔術式に含まれる燃焼を促すためのルーンは?』、答えられん奴など存在するのか?)
エルは手を止めることなく次々と解答欄を埋めていく。そして、一枚目を全て答え、二枚目の最後の問題まで難なく回答していく。
(さて、最後か)
最後の問題は――――――
『次の魔術式を読み取り、使用可能な術式に修正せよ』
その文の下に、大量の魔術式が書かれていた。
(これは・・・・・・中級魔術のファイアランスか)
その魔術は偶然にも洞窟でオリビエが使っていた中級魔術ファイアランスの術式だった。本来ならこれほどノイズ交じりの術式ではないが、問題用として本来の術式とは違ったものにしてある。
本来なら中級魔術はこの学園に入学しても直ぐに教わることはない。一年は授業を受け、魔術の知識を深めてからとなっている。つまり、この教室にいる受講生たちにはこの術式は未知の術式と認識してしまっている。
これに答えられる受講生がいるとすればそれは――――
(これを正式な術式に書き換えろと?・・・・・・・馬鹿にしているのか?それとも本当に馬鹿なのか、ここの教師は?)
エルだけであった。
エルは迷いなくペンを走らせる。あっという間に半分の術式を訂正してしまう。
(ここをこうして、こうして・・・・ここからここまで丸々要らんな・・・・・ああ、面倒だ。一から書き直した方が早いな)
エルは今まで書いていた答えを上からぐちゃぐちゃに線を走らせて塗りつぶすと、紙をひっくり返して白紙の裏面に回答を書いていく。
(まずは火のルーンから始まり、そこから魔術回路に接続する為の構築術式を組み込んで・・・・・・いや、これでは少し物足りないか?魔術回廊をマナが通る際のマナ量を更に最適化させることで余計な情報量も厳選させられるな。ならば、接続の前に入り口を狭めて出口を広げる様にしてやれば無駄がない分威力も―――――)
そしてエルは何か火が着いたように次々と術式を書き連ねていく。
(そうだ、ここをもう少し弄ってやれば発動までのタイムラグもなくなるな。後はここも弄ってやれば威力向上にもっ)
などと、書いていくうちにエルは試験と言う事も忘れてどんどん術式を改良、いや、魔改造していく。
やがて――――
「そこまで!ペンを置いてください」
丁度エルが最後の一文を書き終わったタイミングで筆記試験終了の声が上がった。
「ふう~・・・・まあ、こんなものだな」
どこか満足げに出来上がった改造術式を眺める。そこにはエルが書いた術式が回答用紙の裏面にびっしり書かれていた。
「少し余計な魔術理論も書いてしまったが、まあ問題ないだろう」
試験官によって回収されていく紙を見送りながら、エルは一仕事終えた後の様に清々しい笑みを浮かべるのであった。