11 気が進まない
エルの小さな胸で泣いていたフィーリアムが落ち着くのを見計らい、そっとエルが身体を離すとフィーリアムは恥ずかしそうに目元を拭った。
「すみません、エルフィアナ様」
「構わない・・・・・落ち着いたか?」
「はい」
未だに瞳を潤ませているが、その顔には再会を喜ぶ笑みが浮かべられていた。
とにかく座れとエルに促されて元いた場所に戻る。と、そのタイミングで部屋にノックの音が響く。扉をノックしたのはギムダスだった。フィーリアムは「どうぞ」と言って入室を許可する。
「失礼します。お茶のおかわりを・・・・・フィーリアム様、どうかなさいましたか?!」
「え?」
どこか慌てたようにギムダスがフィーリアムに小走りで駈け寄る。するとギムダスは上着の内ポケットからハンカチを取り出してフィーリアムに手渡そうとする。
どうやら先程まで泣いてしまっていたおかげで目が赤くなってしまっていたようだ。それに気づいたギムダスが気を利かせたのだろう。
「大丈夫です。少し、いえ、とても嬉しい事があったの」
「嬉しい事、でございますか?」
主の滅多に視る事の出来ない姿を見て気が動転していたギムダスは、しかしフィーリアムの言葉に思わず首を傾げる。
「丁度いいわ。貴方に紹介するわね?こちらは、エルフィアナ様。私が憧れた偉大な魔女よ」
「・・・・・・エルフィアナとは、まさか『黒月の魔女』のッ!?」
フィーリアムの紹介に、ギムダスは目をむいて驚いた。
「ええ、『黒月の魔女』『殲滅姫』『鮮血の瞳』、いくつもの畏怖と尊敬を集めた、あのエルフィアナ様よ」
「なんと・・・・・」
フィーリアムの言葉にギムダスは震える。それは畏怖か、それとも歓喜か、それは本人にも分からない。
「おい、フィー」
第三者に話していいのかと言う意味で呼びかけると、フィーリアムは微笑を浮かべる。
「ふふっ、大丈夫ですよエルフィアナ様。彼は信頼のおける者です。私が保証します」
「・・・・・・まあ、フィーがそう言うのなら構わないが」
「相変わらず疑り深いのですね」
「うるさいっ、お前こそまだ直っていないのだな、『泣き虫フィー』?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるエルに対し、フィーリアムの顔は真っ赤になる。
「エル様っ!そ、それは昔の事ですっ!」
いつの間にか、二人は昔の様に『フィー』、『エル様』と呼ぶようになっていたが、二人は気付かない。
二人のそんなじゃれ合いを見て、ギムダスは確信した。目の前にいるこの少女は本物だと。
(ああ・・・・このように笑うフィーリアム様を見ることができようとは)
今まで主人に仕え、共に苦労を分かち合って来た。その中でどれだけフィーリアムが苦しんできたのかをギムダスはよく知っている。
だからか、思わずギムダスの目に熱いものが込み上げてくるが、グッと堪える。
「ギムダス?」
「いえ、何でもございません。少し目にゴミが入ってしまっただけですので」
ギムダスはそっと目元を拭い、居住まいを正す。
「そう?それでエル様、どうしてそのようなお姿に?それに、封印が解かれるまでまだ時間があるはず」
「ああ、その事なんだが・・・・・・」
エルは洞窟で目覚めた事、目が覚めた時にはこの姿になっていた事、アイリ達のおかげでこの街に来たことを説明した。
「ライアン達から聞いた話だと、後11年は魔王は復活しないと聞く」
「はい、それは間違いなく。ですが、それならなぜエル様が先にこちらに戻ってこれたのですか?」
「それが分からないのだ。術式に問題はなかった、それは確かだ。その証拠に封印術式は今も生きている」
「では、なぜ・・・・・・」
「ふむ・・・・・・次元に干渉するには色々と方法が限られている。取れる手段はあまりない」
「と言う事は、幽世の入り口を作るために魔力の波長を合わせて―――――」
「いや、それでは不完全だ。そもそも肉体と霊体が――――」
しばらく二人は可能性を探るために色々と推測を口に出していくが、どれも決定的なものは出ない。
余談だが、二人が話している内容が余りにも高度な魔術理論だったため、魔術師としてそれなりに腕の立つギムダスでもその全容を完全に理解することは出来なかった。
後にギムダスは語る。『次元の違いに人生観が変わってしまいそうになった』と語るが、それはまた別の話。
「答えが出んな・・・・・」
「ええ・・・・・」
ギムダスが二人のお茶のお替りをすること二回、結局話は進展することなく二人は白旗を上げた。
丁度その時、部屋にある柱時計が音を鳴らした。見れば二人が話し始めて随分と時間が経ってしまっていた。
「ああ、もうこんな時間か」
「いけない、あの子たちの事忘れていたわ!」
時間を確認したフィーリアムが慌てた様子で立ち上がる。
「そう言えば、エル様」
「ん、何だ?」
「今お住まいはどちらに?」
「ああ~・・・・・住んでいる、と言うか、これからアイリ達の世話になる予定だ」
「と言う事は、学生寮に」
「そう言う事になる。それがどうかしたか?」
エルの返事に何やらフィーリアムは考え込む。その姿に首を傾げるが、まあ、問題ないだろうと残されたカップの中身を飲み干す。しばらくするとフィーリアムは考えが纏まったのか、改めてエルに向かい合う。
「エル様の事情は他の者には伏せておいた方がよろしいですよね?」
「そうだな、余計なトラブルは避けたい。それに、こんな姿ではエルフィアナ本人だと言っても説得力がないからな」
肩を落とすエルにフィーリアムは思わず笑みがこぼれる。
「可愛らしいと思いますよ?」
「うるさいわっ!」
結構気にしているエルには余計な一言だった。
「それで、そんなことを聞いてどうする?」
「はい、それなのですが・・・・・学園に席を置くのはどうでしょうか?」
「・・・・・どういう事だ?」
「今から二日後に、学園の編入試験があるのです。それに合格して学園生なれば、衣食住は確保できます。本当は私が生活基盤を提供できればいいのですが、私の今の立場でエル様の世話をすると色々と問題が出てきてしまうので」
フィーリアムは学園長を務める傍ら、国お抱えの魔術師としての立場もあり、あまり目立つような行動がとれない、とギムダスが説明してくれる。
「ですので、エル様に肩入れしていると、他の者からいろいろ言われる可能性が高いのです」
「なるほど、それで編入試験か」
「そう言う事です」
そこまで聞いてエルは顔をしかめた。
「しかし、私が学生か・・・・・・どうにもやる気が出んなぁ」
そう言ってソファーに深く身を沈めて脱力する。その姿を見たフィーリアムは密かに・・・・・
(ふふっ、今のお姿なら似合いますよ?と言ったら流石に怒られてしまいますね)
などと考えてしまうが決して口には出さない。これでも結構プライドが高いエルなのだ。余計な事を言って反感を買うのはよろしくない。なので―――――
「メリットならありますよ」
「メリット?」
その一言に興味が出たのか、脱力した体を少しだけ戻す。
「はい。エル様、街をご覧になりましたか?」
「ああ」
「どう感じました?」
質問の意図が分からず首を傾げるが、とりあえず思った事を口にする。
「かなり文明が発達したように見えるな。それこそ昔とはえらい違いだ」
「そうです。エル様が封印されてていた間に、文明は進化しました。それは、魔術も同じです。つまり――――」
「学園に入学することで、その知識を得ることが出来る、と?」
「はい。それにエル様がいない間の歴史なども調べるのには、学園は理にかなった場所ですよ?」
「なるほどな・・・・・・」
しばらくエルは目を瞑って考えを巡らせる。
(確かに興味はある。私がいない間にどこまで進歩を遂げているのか。それに今まであった事を調べておきたいし・・・・・しかし、この年で学生の真似事はなぁ)
などと考えることしばらく、遂にエルは決断する。
「・・・・・分かった。その提案、受けよう」
「良かった。では、早速手配しましょう。ギムダス?」
「はっ、承知しました」
「エル様、準備が出来るまでの間、アイリさん達の所で生活してもらう事になりますが・・・・・・」
「問題ない」
「分かりました。詳しい事は追って連絡します」
こうして今から二日後、エルは魔導学園入学の為の編入試験を受けることになった。