10 今は遠い過去
「・・・・・どうして、貴方がそれを持っているの?」
エルが手に持つ一枚のカードを見て、驚愕に目を見開くフィーリアム。そのフィーリアムの驚きっぷりに傍から見ていた他の三人は首を傾げるしかなかった。
「あの、学園長。そのカードがどうかしたんですか?」
「え?あ、いえ・・・・・・」
オリビエの問いにバツが悪そうな顔をして視線を逸らすフィーリアムに、オリビエは怪訝な顔になる。
「・・・・・・あなた達はこれからギルドに行くのよね?」
「え?あ、はい。そうですけど・・・・・」
突然の質問にオリビエ達は目を白黒させる。
「時間が掛かるのなら、その間私がこの子の面倒を見ましょうか?」
「え?えっと・・・・・・」
フィーリアムの提案にどう答えたらいいのかわからず、助けを求める様にアイリとライアンに視線を送る。
しかし、二人もどうしていいか分からず困惑しているようだ。
「この時間ならギルドも人が多いはずですから、時間は掛かると思いますが・・・・・・」
「そう。ならどうかしら?私と二人で、お茶でもしながら用事が終わるのを待つと言うのは?」
ライアンが何とかそれだけ言うと、フィーリアムは笑顔を浮かべてエルに提案した。
「・・・・・・ふむ、いいだろう。私も聞きたいことがあるからな」
「なら決まりね♪」
先ほどとは打って変わって、今にもスキップしてしまいそうなその変わりように、オリビエ達は呆然としてしまう。
そんな三人を他所に、フィーリアムは傍に控える老執事の名を呼ぶ。
「ギムダス」
「はい。何でしょうかフィーリアム様」
「ここからならお気に入りの店が近いわ。先に行って席を用意してもらえる?私とエルちゃんは歩いて行くわ」
「かしこまりました」
ぺこりと一礼したギムダスは、魔導車に乗り込むと五人を残して走り去っていった。魔導車を見送ったフィーリアムは四人に振り返り告げる。
「そう言う事だから、エルちゃんを少し借りるわね?適当な時間になったら、ギルドまでエルちゃんを送るわ」
「え、えっと・・・・・・」
話について行けずに呆然としているオリビエ達に、エルが大丈夫だと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「心配ない。少し話をするだけだ」
「・・・・・本当に大丈夫なの?」
「ああ、問題ない」
アイリが心配そうに尋ねても、エルは微塵も揺るがない。その姿を見て、アイリは多少まだ心配を残しつつもフィーリアムに顔を向ける。
「それじゃあエルちゃんの事、お願いします」
「アイリ、いいの?」
小声でアイリに耳打ちするオリビエに、アイリはコクリと頷く。
「学園長がエルちゃんに何かするようには思えないし、エルちゃんも大丈夫だって言ってるから」
「まあ、確かに。学園長が悪い人じゃないのは俺達が一番知ってるからな」
「・・・・・わかったわ」
アイリとライアンの二人が賛同したことで、オリビエも渋々と言った様子で承諾した。なんだかんだと言いながら、実は面倒見のいいオリビエなのである。
「いいチビッ子?学園長に迷惑かけるんじゃないわよ?」
「誰がチビだっ!言われんでも迷惑などかけん!」
「その物言いが不安なんだけど・・・・・・じゃあ学園長、こいつの事お願いします」
「ええ、お願いされました」
フィーリアムにエルを託し、三人はギルドに向けてこの場を去って行く。三人の後ろ姿見えなくなると、フィーリアムはエルに振り返った。
「それじゃあ、私達も行きましょうか?」
「・・・・・・ああ」
笑顔で歩き出したフィーリアムに続き、エルも歩き出す。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
歩き出したはいいが、二人に会話はない。ひたすら無言で歩いて行くフィーリアムをエルが付いて行くだけだった。
無言のまま歩みを進めること数分、エルの前に一際立派な建物の前に来ていた。
「ここが私のお気に入りの店よ」
ここに来て初めて口を開いたフィーリアムは、そのままエルを連れて建物の入り口の扉を開ける。
中に入るとそこは高級レストランのようで、身なりの良い客たちが思い思いに食事を楽しんでいる風景が見られた。
入ってきた二人に気が付いたのか、壁際に控えていた一人の店員がフィーリアム達の前に歩み寄り深々と一礼する。
「これはこれは、フィーリアム様。よくぞお越しくださいました」
「ごきげんよう支配人。ギムダスから話は聞いていると思いますが?」
「はい、窺っております。どうぞこちらへ」
どうやら二人の前に立つのはこの店の支配人らしく、フィーリアムに対し丁寧な対応をしつつ二人を先導するように歩き出す。
二人は支配人に案内されるがまま店の奥へ。辿り着いた先は豪華な装飾が施された扉の前だった。
「こちらでございます」
支配人が扉を開くと、まるで王宮の様な豪華な部屋が二人を迎えた。
「ありがとう」
フィーリアムが礼を言うと、支配人は深々と礼をした後、二人を残して静かに扉を閉めた。フィーリアムは部屋の中央に位置するソファーに座ると、まだ扉の前にいるエルに対面のソファーを薦める。
弾力性に富んだソファーにエルの小さな尻を沈めると、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように扉をノックする音が部屋に響く。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けて入ってきたのはギムダスだった。ギムダスはカートを引いており、その上にはカップやポットなどお茶の為の道具が一式乗せられていた。
ギムダスは二人の間にあるテーブルまで来るとお茶の準備を始めた。しばらくすると二人の前に淹れたてのお茶を置く。
「ギムダス。申し訳ないのだけれど、二人だけで話をしたいの。少しの間席を外してもらえる?」
「かしこまりました」
それだけ言うと、ギムダスは一礼して部屋から出て行った。後に残された二人は出されたお茶に口をつける。しばし無言を貫いていたが、先に動いたのはフィーリアムだった。
フィーリアムはカップをテーブルに置くと、居住まいをただし、エルを真っ直ぐ見た。
「さて、貴方に聞きたいことがあるの。答えてもらえるかしら?」
「・・・・・・・・」
「なぜ、貴方があのカードを持っていたの?」
「・・・・・・・・」
「あのカードが何なのか、貴方は知っているの?」
「・・・・・・・・」
「貴方は、何者なの?」
「・・・・・・・・」
フィーリアムの口から出てくる質問に、しかしエルは答えない。
その代わり、エルはフィーリアムの視線を真っ直ぐに受け止めている。その瞳には、フィーリアムを慈しむような光があり、フィーリアムはそれに困惑してしまう。
「貴方は―――――――」
「あの時」
「え?」
フィーリアム問いに応えることのなかったエルが、ゆっくりと語り出した。
「あの時、共に着いて行くと言ったお前を残していったしまった事・・・・・・すまないと思っている」
「ッ!!」
告げられたエルの言葉に、フィーリアムは目を見開く。それと同時に一つの記憶が蘇る。
それは、まだフィーリアムが少女と呼ばれるような年のころ、大切な人達が自分の下を去って行く姿。
「許してくれとは言わない。あの時、私達が取れる選択はそれしかなかった・・・・・・・未来ある子供のお前を犠牲にする様な真似など、私達には出来なかった。たとえ、お前に恨まれることになったとしても」
エルが語る内容は、幼かったフィーリアムと、フィーリアムが慕う七人の人間だけだった。
「あ・・・・ああ・・・・・・」
気が付けばフィーリアムはソファーから立ち上がり、まるで、無くしたものを探す子供の様に、フラフラとその場所に歩んだ。
「だが、どうやら私達の取った選択は、正しかったようだ」
エルの傍に力が尽きたようにストンと膝をついたフィーリアムと、エルの視線が重なった。
「エ・・・・エル・・・・・・・っ」
ドクン、ドクンとフィーリアムの胸が激しい鼓動を奏でる。
「あのような優しい子供達を育てるまでになったのだからな」
フィーリアムの視界がじんわりと歪む。
「エル、フィア―――――」
エルはそっと、小さな子供にする様に笑いかける。
「立派になったな、フィー」
「あ、ああ・・・・・ああっ・・・・・うああぁぁぁぁっ!!」
ドンッ!とエルの胸に大粒の涙を流すフィーリアムが抱き着く。
まるで、迷子になった子供が、ようやく母に会えたように、フィーリアはエルの胸で涙を流す。
そんなフィーリアムを、エルは抱きしめた。
大事な宝物の様に、優しく抱きしめた。