09 学園長、来る
四人がベイガリー食堂を出て冒険者ギルドに向けて移動中、エルは街並みを見渡しては目を輝かしていた。エルの目に映るもの全てが新鮮で、目についたものを片っ端から三人に質問していた。
丁度商店街に差し掛かったところで、色々な店舗が増えると同時にその歩みは更に遅くなる。原因はもちろんエルだ。
「おお~!回復薬がこんなに安くッ!?」
「こんなの普通でしょ」
「この服、何と煌びやかな!それもこんなに大量に!?」
「いやそれ、貴婦人向けの服だし。しかもバーゲンセール品・・・・・」
などと一々足を止めてはこの調子なので遅々として歩みは進まない。
「そんなに珍しい?」
微笑ましいものを見るような温かい目を向けながらアイリが尋ねると、エルは首を縦に振る。
「ああ、これほどまでに文明が発達していようとは想像もしていなかったぞ」
「いやだからアンタどんな生活、ってこのツッコミもいい加減疲れたわ」
自分達とエルとの間にある認識の差に思わずため息が漏れるオリビエ。
「ははっ、まあしょうがないんじゃないか?俺達だって初めてこの街に来た時はこんな感じだったわけだし」
「まあ、そうだけど・・・・・それでもここまでじゃなかったでしょ」
過去の自分達を振り返ってみてもここまでじゃなかったと思うのだが。と思い返しているとオリビエの袖がクイクイと引かれる。
「なあ、これは――――」
言わずもがな、エルである。
「ああ、もうっ!アンタも少しは落ち着きなさいよ!これじゃギルドに着くまでに夜になっちゃうわよっ!!」
「まあまあオリビエ」
「そうだぞ。子供なんだし、色々な事に興味だって出てくるさ」
「それにだって限度ってものがあるでしょうがっ!」
四人がこうして賑やかにしていると、一台の魔導車が四人のすぐ傍で緩やかに停車した。
「ん?」
魔導車が自分たちのすぐ傍で止まったことで、四人は怪訝な顔をしていると、運転席から人が降りてきた。
その人物はロマンスグレーの髪を後ろに撫でつけた老執事風の男性で、その男性は魔導車から降りると、魔導車の後部座席のドアを開いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
そうして後部座席から出てきたのは淡い金髪をなびかせるた一人の美しい妙齢の女性だった。
「学園長?」
アイリの呟く声に誰だ?と首を傾げるエルを他所に、女性は四人の前に歩み寄る。
「ごきげんよう皆さん。こんなところでどうしたの?」
「ごきげんよう学園長。私達は今から冒険者ギルドに行く途中で・・・・・・学園長はどうしてここに?」
「私は講演会の帰りよ」
「講演会・・・・確か、王都でしたよね?」
「ええ、そうよ」
「どんな感じでした?王都の講演会と言えば、名だたる魔術師の研究成果の発表の場で有名ですよね!?」
「そうね、今回の講演会は前回に比べると、少し質が落ちてしまっている感じがしたわ」
「そうなんですか・・・・・けど、私達学生にとっては憧れの舞台ですし、いつか私もその舞台に立ちたいです!」
「ふふっ、オリビエさんならきっと舞台に立てますよ」
「本当ですか!?」
などと和気藹々と話す四人を他所に、エルは学園長と呼ばれる女性を凝視していた。
(こいつ・・・・・何処かで・・・・・・・)
見覚えがある様な、そうでないような、何とも引っかかるものがあるその女性をエルは観察する。
淡い金髪に柔和な笑みを浮かべる顔。その顔には若干のシワがあり、年齢を感じさせる。そして一番エルが目を引いたのは耳だ。
(エルフ、か)
通常の人間よりも尖った耳。エルフ族の特徴がその耳から窺えた。
と、エルがそのエルフの女性を凝視していると、エルフの女性と目が合った。
「あら?こちらの可愛らしい女の子は誰かしら?」
「ぬ?」
一瞬誰の事か分からなかったが、直ぐに自分の事だと気づく。
(『女の子』か・・・・・慣れんなぁ。本来なら世の男共を魅了する魔性の魔女と呼ばれていたのに・・・・)
そんな事実はない。
「この子はエルちゃんって言って、えっと、私達のお友達です」
一瞬言葉に詰まるが、ディアンヌに紹介したように友達だと説明するアイリ。若干焦っているようだが、何を焦っているのかはエルには分からない。
「そう・・・・・・お友達、ね」
「はい、お友達です・・・・はは」
「?」
何か含みのある言い方だが、やはりエルにはよくわからない。そう思っていると意外にも直ぐにその答えは分かった。
「貴方達がまた厄介事に首を突っ込んでいないのならそれでいいですが」
「そ、それは・・・・・」
「そ、そんなことないですよ。嫌だなぁ学園長は~・・・・はは」
エルフの女性の言に、オリビエとライアンは乾いた笑いを漏らす。どうやら今まで色々と面倒ごとに巻き込まれて目をつけられているようだ。
「はあ~・・・・まあいいわ。初めましてエルちゃん。私はこの子達が通うミズガルズ魔導学園の学園長を務めている、フィーリアム・オルフェルド。よろしくね」
エルの目線に合わせる様に屈んだエルフの女性、フィーリアムは、そう言って微笑んだ。
「フィーリアム・・・・・・・オルフェルド、だと?」
「ええ、そうよ」
エルは柔和な笑みを浮かべるフィーリアムをまじまじと見つめる。
(フィーリアム・・・・・・オルフェルド?まさか、いや、しかし・・・・・)
「どうかしたの?」
自分を見つめたまま固まってしまったエルに首を傾げてる。首を傾げた際に流れた髪を指で掻き上げて耳に止める。
そんなフィーリアムを見てエルの中で更に思考がグルグルと回る。
(首を傾げた時のこの癖、こいつ、本当に?・・・・・・・・確かめてみるか)
エルは自分の考えに確証を得るため、一つの行動に出ることにした。
「・・・・・・いや、何でもない。時にフィーリアムよ」
「ちょっと、学園長に向かってその言い草は――――」
エルの不躾な物言いにオリビエが慌てて止めに入ろうとするが、それよりも早くエルが動いた。
「これに、見覚えはないか?」
ワンピースのポケットにしまい込んでいたある物を取り出しフィーリアムに見せる。
「っ!そ、それはッ!!」
フィーリアムはそれを見て驚愕を露にする。
エルがフィーリアムに見せたもの、それはエルが唯一自分の所持品として持っているもの、輝く太陽と女神が描かれた一枚のカードであった。