プロローグ
アスフェル歴163年
その日、世界の命運をかけた戦いに決着がつこうとしていた。
荒れ果てた荒野に禍々しい瘴気が渦巻く中、七人の英雄が一つの巨大な悪と対峙していた。
「くっ、ここまでやっても魔王を倒せないなんて・・・・・」
輝く聖剣を手にした英雄が、傷だらけの身体で仲間を守るように立っていた。
聖剣の英雄の後ろには、同じく人々から英雄と呼ばれる仲間たちが、同じく傷だらけの姿で倒れていた。
死んではいない。だが、もはや気力は尽き、立つことさえままならない。それでも聖剣の英雄は倒れる訳にはいかない。
しかし、現実は残酷だ。
仲間は倒れ、もはや打つ手はない。最後の希望である七人の英雄も、この巨大な悪の前になす術はない。
「魔王、ベストラーテ・・・・・・・ここまでの強さを持っているなんて・・・・・・このままじゃ、世界がっ」
魔王。
この世界に破滅をもたらす絶対の悪。
その悪に、世界は敗北を運命づけられた。
「ここまで、なのか・・・・・・・・」
聖剣の英雄はついに己の、いや、人類の敗北を悟った。
巨大な瘴気の塊と言える魔王が動き出す。決定的な破壊の光が聖剣の英雄に向けられようとした、まさにその時―――――
「なッ!?」
何処からともなく現れた無数の鎖が魔王の身体を拘束する。そのおかげで破壊の光が霧散した。
「こ、これは・・・・・・・」
「もって三分、といったところか」
いつの間にか聖剣の英雄の隣りに黒い髪をなびかせた妖艶な魔女が立っていた。
魔女も聖剣の英雄と同じく傷ついた身体で立っていた。しかし、その口には笑みを浮かべている。
「私が何とかしよう」
「・・・・・・・・一体、何をするつもりだ?」
「魔王を、封印する」
「封印?そんなこと、本当に出来るのか?」
「ああ。私の全ての力を使えば、な」
「全て?・・・・・・・まさか!?」
魔女の言葉に聖剣の英雄は目を見開く。
「死ぬつもりか!?そんな事――――――」
「早まるな、別に死ぬつもりはない」
「なら・・・・・・」
「この封印はあくまで時間稼ぎ。いずれ封印は破られるだろう・・・・・・もって500年、といったところだ」
「500年・・・・」
「その間に、お前達で魔王を倒す術を見つけよ」
その魔女の言葉に聖剣の英雄は違和感を覚える。
「・・・・・『お前達』って、どういう意味だ?」
その問いに、魔女はどこか寂し気に微笑む。
「言っただろ?私の全ての力を使うと・・・・・・私自身が、奴の封印術式になる」
「馬鹿な・・・・・そんなこと、ぐっ!」
突如、聖剣の英雄の身体に魔王の動きを封じているものと同じ鎖が巻き付きその動きを封じる。
「くっ、これは!?」
「すまないな。お前達に貸していた力、返してもらうぞ」
そう言って魔女は懐から輝く太陽と女神が描かれたカードを一枚取り出す。
魔女が何かの呪文を口にすると、手にしたカードが輝く。すると、仲間たちの身体から光が溢れ、その光が魔女の持つカードへと吸い込まれていく。
「お前達ならこの力がなくとも、いずれ答えに辿り着けるだろう・・・・・・・・ではな」
「待て、下さい・・・・・師匠・・・・・」
魔女の弟子の賢者が。
「行くな・・・・・・」
歴戦の傭兵が。
「行っては、ダメ・・・・・」
誇り高き槍の女騎士が。
「ダメ、だよぉ・・・・・」
精霊使いの少女が。
仲間から行くなと言う声に、しかし、魔女は無言で踵を返す。
「待て!行くなっ!!」
拘束を逃れようと暴れる聖剣の英雄を無視して、魔女はゆっくりと魔王に向かう。
「ま、待って・・・・・・・」
その声に、魔女の足が止まる。
倒れて動くことが出来ない心優しき聖女が、縋る様にその手を伸ばす。
「いか、ないで・・・・・・」
その瞳から涙を流しながら必死に魔女に手を伸ばすが、届くことはない。
「・・・・・・・・すまない」
聖女の必死な呼びかけに、魔女は振り向くことなく魔王へと再び歩みを進める。
魔王の下に辿り着いた魔女は、その手を頭上に掲げる。すると、魔女が掲げた手から強烈な光が放たれた。
その光を受け、魔王は悶える様に苦しみだす。が、魔女が放った拘束の鎖が邪魔をして逃れることが出来ない。
「一緒に眠ってもらうぞ、魔王よ」
光が強くなるにつれ、魔女と魔王の体が同じ光に包まれていく。
魔女は光に包まれる中、最後に一度だけ仲間に顔を向けた。
「500年後、もし、生きていたら――――――」
また、会おう――――――
「エルフィアナッ!!!」
聖女の悲痛な声が木霊し、魔女と魔王は光に包まれる。
そして――――――――
・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
ジスタル歴436年、とある洞窟の最奥にて。
「なんだこれはーーーーーーーーー!!!!」
永い眠りから目覚めた、一人の少女の絶叫が響き渡った。