角ある人
その男の印象はと言えば、そう、一流エリートサラリーマンである。そう、ただ、ある1点を除いて。
「あ、やっぱり、気になりますよね?」
「え? 何が?」
「いや、僕、角が生えてますから」
「あ~、それって、やっぱり、角な感じですか?」
私は、若干、頬をひくつかせながら、聞いた。
「『角な感じ』って、やっぱり、疑ってらっしゃいますか?」
「え? 何が?」
「いや、この角が、偽物じゃないか? って」
「あ~、本物、使ってるんですね~。何の角ですか?」
「いや、だから……」
そういうと、彼は手慣れた手つきで、名刺入れから、1枚の名刺を取り出した。
「わたくし、こういう者です」
手渡された名刺には、ただ1文字、大きく「鬼」と記されていた。
「え? これ、口で言えば良くないですか?」
見ると、彼は、声は出さずに、腹を抱えて笑っている。
「いやいや、『鬼ジョーク』です」
「え? それって、ものすごくジョークって意味ですか? 鬼のジョークって意味ですか?」
「いやですねぇ。かけてるんですよ! ダブルミーニングです!」
「あの……、面白くないです」
それを聞いた彼は、あっけに取られていた。
「え? そうですか?」
「はい」
彼は、小声で、「へー、そーなんだー」とか、つぶやいていた。
「でも、なし崩し的にですが、私が、鬼ってことは、認めて頂けたという……」
「そこも、どうなのかなぁ? って」
「へ?」
「いや、どうなのかなぁ? って」
「角……、本物ですよ。生えてますよ」
「まぁ、百歩譲って、そこは、認めます」
「はい」
「でも、角の生えた人間って、可能性もありますよね?」
「え?」
彼は、一瞬、私の言ったことの意味が分からないようだった。
「い、いやいやいやいやいやいやいやいや、いないでしょ? そんな人?」
「いや、今は、多様性の時代ですから」
「いや……、それは、そうですけど」
彼は、脳内で作戦会議をしているようだった。
「あ、こんな、例えは、いかがでしょう?」
「はい?」
「犬の血も、人間の血も、見た目は赤くて見分けが付きません」
「はぁ」
「ですが、遺伝子的に調べると、まったく違うので、すぐに見分けが付きます」
「なるほど」
「そして、鬼と人間も、遺伝子的にまったく違うのです!」
「今、遺伝子を、調べる道具がありますか?」
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
彼は、激しく落ち込んでいた。
「そんなに、間髪入れずに言わなくったって、いいじゃないかーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「だぁってぇ」
彼は、シクシクと泣いていた。
「一生懸命、考えたのに……」
「あの、こうは、考えられませんか?」
「なんですか?」
「鬼でなくても、自分は、自分だと」
彼は、めちゃくちゃヒイたようだった。
「うーわぁ! うーわぁ! きれいごととか、言わないでもらえますか?」
「きれいごと? って」
「いいですか? 鬼って、そこらへんにいますか?」
「……いませんね」
「いないでしょう?」
「そもそもいるのかって……?」
「でーすーかーらーっ! ですから! 鬼であることは、それだけで、特別だということなんです!」
「まぁ、そうですね」
「ですから! 私は! 私が! 鬼であると、認めて頂きたい!」
「はぁ」
なんか、彼は、陶酔しているようだった。
「まぁ、じゃあ、そうだとして……、どうやって、鬼だと証明するんですか?」
すると、彼は、自信に満ちた、不敵な笑みを浮かべた。
「これを、ご覧ください」
彼は、何かの証明証のようなものを、渡してきた。
「なにこれ?」
「鬼の国の健康保険証です」
「……こういうのって、どんなによく出来ていても、所詮、子供銀行のお札と一緒じゃあ……?」
「おまっ……、おまっ……、おまっ……、それ……、それだけは、言ったら、ダメだろうがっ!」