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6時間目 どうか、下僕にしてください!

 それはとある昼休みのこと。

「………」

 ナギやトモを始め、数人の友人に連れられて学食を訪れていたユキは、時おり居心地が悪そうに周囲に目をやっていた。

「どうしたん?」

 一人が意を決して訊ねてみる。

「いや…」

 ユキは首筋に手をやった。

「なんか、最近やたらと誰かに見られてる気がするんだよなぁ…」

「んー?」

 ユキと同じテーブルを囲んでいた彼らは周囲の様子を見回す。

「まあ、見られてはいるよな。」

「ユキが学食来るなんて珍しいもんね。」

「それにナギも一緒ってなれば、他学年だったら僕も見るもん。」

 友人一同はうんうんと頷く。

 天才と名高いナギと、理事長ですら味方につけるユキ。

能力のみならず名声までもが逸脱したこの二人への注目度は高い。同じ学年である二年生は話す機会もあるからか最近落ち着いてきたものの、他学年となると状況はまた違う。こんな大勢が集まる場所に有名人二人が揃えば、そりゃ見るに決まっている。

「違うわ。今さらその程度の視線を気にするかよ。」

 ユキがうんざりと息を吐く。

「なんて言えばいいんだろ……もっとこう、ねちっこいっつーか…寒気がするっつーか…。」

 ぶっちゃけ、ストーカーにでも張りつかれている気分。

「………」

 言葉には出さなかったユキの気持ちが伝わってきてしまい、その場にいた皆は揃って口をつぐんだ。

「ま、まあ気のせいかもしれないしな! 色々あったせいでちょっと自意識過剰になってるのかも!」

 ユキは慌てて言い繕ったが、周囲の表情はすっかり青ざめている。

 そんな目をするのはやめてくれないだろうか。

 あー、とうとうそこまで…?

 皆の総意が聞こえてきそうだ。

 気のせいだと笑い飛ばしてくれた方が、こちらとしては何倍も気楽なのに。

(オレ、そんなに物好きに好かれるような性格してる…?)

 悩ましいポイントはそこだ。

 以前トモにその心底蔑んだ目がたまらないと言われたが、ありえないものをありえないと蔑んで何が悪い。そんなの、皆もやっていることではないか。

(まあ、見られてるだけなら仕方ないか…?)

 別にナギのように構ってくれと突撃してくるわけでもないし、ニックたちのように露骨な嫌がらせをしてくるわけでもない。

 視線くらい、今向けられている不特定多数のもののように無視できるようになるだろう。

 この時はそう思うことにした。

 しかし。

「………」

「ねえ、ユキ…」

「………」

「なんか、俺が研究室に行く前より不機嫌になってない?」

 久々に学校へ来たナギが訊ねるも、ユキは据わった目をして鬼のようなスピードでペンを走らせるだけ。

 視線だけなら無視もできる。

 確かにそうだった。

 だがここ数日、妙に誰かの気配を近くで感じるのである。

 それも最初は自分の気のせいだと言い聞かせることにしていたのだが…

『お前さん……誰かにつけられておらんか?』

 ウォルトにそう言われたのがとどめだった。

 それからはもうこの気配が気になって仕方ない。

「あー…もう……」

 低く呟いたユキの手の中で、シャーペンの芯がパキリと折れる。

 授業中や寮ではあまり気配を感じないので、おそらくは同学年ではないのだろう。少なくとも同じクラスの連中が犯人というわけではなさそうだ。

「オレに用があるなら直接来いよ。まどろっこしい。」

 呪詛のようにぶつぶつと呟きながら課題を進めるユキに、クラス中の誰もが完全に萎縮している。

「ユキ、みんな怖がってるよ?」

 こんな時はナギの空気の読まなさも大きな武器。躊躇うことなくユキにそう指摘したナギを、クラスの皆が半ば本気で拝んだ。

「分かってるよ。」

 ぶっきらぼうに答え、ユキはシャーペンをペンケースに戻した。

 確かにこのままはよくない。

「しゃあない。取っ捕まえに行くか。」

 本当はこういう明らかにめんどくさいことには首を突っ込みたくない。だがこのまま放置というのも、周囲に迷惑をかけるだけ。何より自分の気が収まらない。

「あ、ユキ! 待ってよ!」

 思い立ったように一人で教室を出ていったユキに、慌ててナギがついていく。

「ねえ、捕まえるって簡単にできるの?」

「ああ。」

 ユキは即答。

「オレが何もしないからって、最近調子に乗ってるからな。びっくりするくらい簡単に釣れる自信がある。それに、多分向こうもお待ちかねなんだろうからな。」

「え…?」

「だから、できることなら無視していたかったんだよ。」

 溜め息をつくユキ。

 おそらく相手も、こちらが自分の気配に気づいていることは分かっているのだ。その上で未だにまとわりついてくるのは、早く捕まえに来てほしいという何よりの意思表示。

 だからその魂胆に乗ってやるのが嫌で、どうにかこうにか我慢して、向こうが飽きてしまうのを待とうと思っていた。

 まあ、結局そんなこと無理だったわけだが。

「で、どこに行くの?」

「とりあえず、人の少ない所。」

 ユキはすたすたと迷いなく歩みを進めた。

(やっぱ、こいつはついてくるよな。)

 後ろにくっついてくるナギの気配を感じつつ、ユキはふむ、と考え込む。

 いつもならついてくるなと追い払うところだが、今回あえて好きにさせたのには理由がある。

 餌にちょうどよかったからだ。

 こちらとて、ただ馬鹿みたいに一週間以上我慢していたわけじゃない。

 相手をおびき寄せる傾向と対策はきちんと練らせてもらっている。

 問題はどうやってそういう状況に持っていくかだが…

「ねえ、ユキー。まだ歩くのー?」

 ちょうどよくナギが不満そうな声をあげた。

「うるさいな。文句があるならついてくるな。」

 いつもどおりの言葉を返すユキ。

「えー、ここまで来て帰るのー?」

「知らねぇよ。お前が勝手についてきただけだろうが。」

「だって気になるんだもん。」

「じゃあ黙ってろ。」

「ユキだって、行き先の見当くらいつけてくれたっていいじゃん。」

「ああもう! うるせぇ‼」

 ユキは堪忍袋が切れたかのように怒鳴り、ナギのネクタイを引いてその体を近くの木に叩きつけた。

「お前って、頭いいわりに馬鹿だよな。思いどおりに動いてくれてありがとよ。」

 顔を近づけ、ユキはそっとその耳元に囁く。

「へ…?」

 ナギがきょとんと目を見開く。

 その瞬間。


 ――――――カシャッ


 それは、ともすれば木々のさざめきの中に消えてしまいそうなほど微かな音。

「そこかぁ‼」

 ユキはナギから離れ、とある一点に猛ダッシュする。

「‼」

 シャッター音を聞きとがめられたことに気づいたらしく、木陰から誰かが慌てて逃げていく。

 しかし、人影を捉えたユキがそれをみすみすと逃がすはずもなく。

「見つけてほしかったくせに、逃げてんじゃねえぇぇっ」

「うわわわわっ」

 ユキが逃げる人物の腕を捕まえ、素早い身のこなしで足払いをかけた。

「その校章の色、一年だな。」

 尻餅をついてうつむく相手に、ユキは冷ややかな視線をくれてやる。

 中肉中背にさっぱりとしたブロンドの髪。どこにでもいそうな背格好だ。これはこちらにバレないように周囲の生徒の中に溶け込むのも容易だったろう。どうりで日に日に見られている距離が近くなっていると思いつつも、犯人までは特定できなかったわけだ。

「さて。お望みどおり捕まえてやったからには、洗いざらい吐いてもらおうか? オレにつきまとってた訳。」

 ちゃっかりと相手が取り落としたカメラを踏んで確保しつつ、ユキは低く詰問した。

「……す…」

 薄く開く彼の唇。

「ああ?」

 問いただすユキ。



「―――完璧っすー!!」



 鼓膜を突き破ったのはそんな一言。

「⁉」

 突然叫んで立ち上がった彼に、ユキとナギは大きく身をすくませた。

「ああああ! ユキ先輩! めちゃくちゃ最高っす! なんて素晴らしい顔を見せてくれるんすか⁉ あなたが神ですか⁉」

「⁉ ⁉ ⁉」

 両手をがっしりと握って詰め寄ってくる緑色の瞳。あまりにきらめいたその目と突飛抜けた発言に、ユキは何も言えず目を白黒させる。

「もう我慢できない! ユキ先輩! 一生のお願いです‼」

 彼は興奮してこう告げた。



「先輩、どうか自分を先輩の下僕にしてください‼」



 空気が凍りつく。

 それはまさにこういう場面のことを言うのだろう。

「………」

 今こいつは何と言ったのだろう。

 ユキは何を言われたのか理解できず、その場に立ち尽くした。

 頭の中で宇宙がぐるぐると巡る。

 下僕って何?

 下僕?

 自分は一体何を求められているのだ。

 パッと浮かんだのは、これまでポストに入っていた手紙に綴られていた内容。

 つまりはああいうことをしてくれ、と?

 思い至った瞬間。

「―――……」

 ユキは心底軽蔑した目を彼に向けた。

 だが。

「ユキ先輩…っ」

 彼はきゅん、と胸を押さえて頬を染める。

「そんな目で見られたら…自分、もう天国にでも行っちゃいそうです!」

「ひっ…」

 マジでそんな気色悪い反応しないでくれる⁉

 ユキは大慌てで彼の手を振りほどき、思わずナギを盾にして彼から逃げた。

「ところで、君だあれ?」

 もはや何も言えなくなっているユキに代わり、ナギが彼に訊ねる。

「そうっすね! まずは自己紹介といきましょうか!」

 パッと態度を切り替え、彼はきちんと居住まいを正してユキとナギに向かい合った。

「自分、一年のエヴィンといいます! お二人の噂はかねがね聞いておりますよ。」

 どうやら彼は、ナギには変態的態度は取らないようだ。

「おい、ナギ。オレがしゃべるとおかしくなりそうだから、お前が話を進めてくれ!」

 ユキはナギに耳打ちをする。

「ええ?」

 ナギが困ったように眉を下げた。

「話を進めるって、何訊けばいいの?」

「とりあえず、なんでオレにつきまとってたか訊いてくれりゃいいから!」

 ユキはぐいっとナギの背中を押す。

 今回はナギをそのまま連れてきて正解だった。一人でエヴィンと対峙していたら、今頃自分の精神力は底を尽きていただろう。さっきから鳥肌が立って寒くてたまらない。

「えっと…なんでユキにこんなことを…?」

 ナギがぎこちなく訊ねる。

 すると。

「あれは、入学してから間もない頃のことでした。」

 何故かエヴィンは遠くを見て語り出すのだった。

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