完成!遠心調理器
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
もしも、もっと日本の有人宇宙飛行計画、宇宙で地産地消が注目されていたら……、
もしも、日本でなくアメリカやESAという仏伊からは馴染み深い国主導だったら……、
もしも、宇宙料理人がキャリアの上で重要なウェイトを占めるものだったら……、
三ツ星シェフ級が大挙して押し寄せ、日本でも高級ホテルのシェフや料亭の板長級が応募し、数十人の一流料理人の審査となったかもしれない。
そうなると、如何にバラエティ豊かな料理を作る石田さんとはいえ、中にはもっと上も居たかもしれないし、天才が来たかもしれない。
石田さんは、まともな厨房で制限無しの料理対決に駆り出されたら、仏伊のシェフどころか、話題作りに来たタレントシェフにも負けたかもしれない。
場合によってはトースターとか、家庭用コンロや電気ポットを使うような料理をして来たからこそ、ああいう場面には強かったのだろう。
一回宇宙船の厨房や器具を経験し、どんな料理が求められているかや、審査のポイントが分かれば、今回は落選したシェフたちも実力を発揮出来ただろう。
だが、宇宙料理人といっても、選抜された宇宙飛行士には変わりない。
JAXA、NASA他各国宇宙機関の人間は、発想力や臨機応変さを見ていたのだ。
宇宙での事故は、予行演習した想定通りのものとは限らないのだから。
それでも落選者も、NASAやバイコヌール、ギアナの宇宙センターから誘いが掛かるようだ。
長期宇宙飛行もしくは宇宙滞在に、船内での地産地消は有意義だし、いずれは自分とこでもやってみたいのだ。
さて、宇宙料理人候補たちを苦しめた調理器具の貧弱さだが、徐々に新しい器具が開発され、色々作れるようになってきた。
一つが遠心調理器である。
1メートルラックのものが開発され、皆にお披露目となった。
宇宙ステーションの研究ラックは、横幅1メートルの規格化されたものである。
実験用の遠心分離機もそのサイズに納めている。
それを改造し、大皿は無理でも、食事用タッパーくらいまでは振り回せるようにした。
余り大きくは無いが、豆腐を作ったり、湯葉を作ったり、コーヒーを淹れたり、沈殿させたり上澄みを取ったり出来るようになった。
「サイフォン式コーヒーが飲める。
ドリップ式もベトナム式もいける!」
アメリカとしては朗報のようだ。
さらに遠心分離機の回転皿を加熱させる事で、重力を掛けながら料理も出来る。
オムレツや炒飯が作れるようになった。
耐熱皿に入れて煮物料理も作れる。
その熱で火災を起こさないよう、配線、排熱、換気も改良されている。
ゆえに、対流や蒸気を使って調理するタジン鍋での料理が出来るようになった。
タジン鍋は少ない水で煮込みが作れる良い鍋である。
「クスクスやケフタとか、モロッコ料理やチュニジア料理は、フレンチの中に入ってるからね!」
とフランス人料理人が嬉しそうである。
イタリア人にとっての朗報もある。
ジェラート製造機も導入される。
アイスクリームも作れるからアメリカ人にも嬉しい。
ジェラート製造機導入に伴い、アルコール厳禁だがワインOKとなった。
ノンアルコール化し、ソースを作ったり、ジェラート作ったりするのだが。
冷蔵するワインセラーも設置される。
こういった機械を宇宙で使う為、厨房はやたら電気を使う事になる。
電化製品は日本の他、各国から導入するが、モジュール自体はフランスが製作する。
太陽電池を大量に展開し、また燃料電池、大容量バッテリーを搭載する。
この厨房モジュールのモックアップがフランスから船便で到着する。
コアモジュールの大型化、やはり大型かつ大電力の厨房モジュール、それに輸送ユニットを倉庫として設置する為、後期訓練ユニットは前期のものとは比較にならない程快適になった。
「しかし、我々も随分些事に拘るようになったなあ」
ドリップコーヒーを飲み、アイスクリームを食べながらNASA派遣職員が呟く。
「些事?
食事は極めて重大な要素だよ」
エスプレッソを飲み、ジェラートを食べながらイタリア宇宙局の派遣職員が返答する。
「我々はどうも日本に毒されたようですね。
NASA主導の時は宇宙食の範囲内で美味い物を作る、だったのですがね。
いつの間にか、無重力空間にレストランを開業しようとなったのだから」
カフェオレを飲みながら、ソルベを突きつつ、CNES局員が笑う。
「全くだ。
だが、アメリカもアルコール抜きとは言え、ワインを公式に認めるとは、随分寛大になったじゃないか。
どうせならアルコール入りウォトカも認めてくれないか?」
ウォトカ入りロシアンティーを啜り、ジャムをスプーンで掬って食べつつ、アメリカに要求する。
秋山は思う。
(日本のせいにしてるけど、本音は皆が美味い飲み物と、クソ甘ったるい物が好きだから、ノリノリで厨房モジュールの仕様決めしてただろ)
他国とは味の系統が違う、緑茶と煎餅を齧りながらそう思ってしまう。
あと少し準備を整え、シェフ込みで75日を過ごす後期訓練が始まる。