料理人来日
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
感染症のゴタゴタで辞退者が多数出たが、フランスとイタリアから宇宙料理人候補が来日して来た。
候補、なのでまだ大々的には報道されない。
宇宙に行くリスク、流行病の中アジアに行くリスク(あくまでも主観)、それが一流レストランやホテルからはキャリアとして認められないかもしれないリスク、それらを鼻で笑ってやって来た連中で、中々曲者そうだ。
入国の話は飛ばし、すぐにつくばの訓練センターにやって来た。
フランスから3人、イタリアから3人。
3回ある飛行計画の全てを独占する気満々である。
一方秋山は、こちらも何とか3人の料理人を揃えた。
学食のおばちゃんこと石田さん。
温泉旅館で修行した男性(板前一歩手前)。
テレビに出て来るイタリアンシェフ。
「星付きレストランやホテルの副料理長や焼き方担当を連れて来た我々に、随分劣りますね」
「一人はイタリアンシェフですか?
だったら本場の勝ちですよ!」
フランスとイタリアの職員の鼻息が荒い。
その癖、
「オー! コケティッシュな婦人、いやお嬢さんですね!」
「お嬢さん、僕の食事をご馳走しますよ!」
口説くのは欠かさない仏伊野郎ども……。
石田さんは四十歳過ぎてんだぞ!!
石田さんも石田さんで、頬赤くしてんじゃない!
話題作りに来たテレビタレント料理人と、ちょっと前に倒産した温泉旅館からの失業見習い料理人と違い、石田さんはJAXAの秘密兵器である。
驚くが良い……と秋山らは内心ワクワクしていた。
訓練を辞退するメンバーと、代わって訓練機に乗り込む宇宙飛行士の送別・歓迎会で、来日した料理人が腕慣らしをした。
あちらでも店を閉めてる都合から、慣らし運転としてやらせて欲しいとの申し出があったのだ。
料理は、極上!
秋山たちも
(下手したら全部の枠持って行かれる!)
と美味いものを食べながら、冷や汗をかいていた。
だが、あの狭い厨房、火力の足りない加熱器、豊富でない水でどれだけ出来るか。
女性陣はキャーキャー言いながら写真を撮っている。
たまには研究者の顔じゃなくなるようだ。
男性陣は……味分かってんのか?
こいつら、質より量の傾向がある。
この点、フランス料理よりパスタという量を食わせるレシピがあるイタリア料理が有利か?
とにかく、料理人の審査が行われる。
3日後、総理と文部科学相が密かにやって来て、審査が始まる。
他にNASAからの派遣職員に、ロシアからの派遣職員、栄養学の教授も審査員に加わる。
そして如何わしい人が一人。
(あの人は?)
(星を判定する覆面審査員だって)
(なるほど。
でも何だってプロレスの覆面してるんだ?)
(覆面審査員だからなあ)
(正体を知られたくないとは言え、あれはちょっと……)
「絶対に素性を知られてはならない、とフランスの本社からの指示デース!」
「ミュラさん、聞こえていたんですか?」
「ウィ!
素性が分かると、彼に合わせた味付けにしてしまうかもしれません。
だから、彼は正体不明のミスターXです」
(ますまでプロレスっぽくなったな)
審査員が揃ったところで、料理勝負が始まる。
条件は
・料理時間は1時間、品数は3皿
・食材は訓練機で育てた野菜
・調理は訓練機内で行い、調理器具も訓練機のを使う
・その他、訓練機にある調味料は自由に使用して良い
・持ち込み食材は1品のみ
である。
日本人イタリアンシェフが、熱湯パックに持ち込み1品のパスタを入れて茹でる筈が、入らずに悪戦苦闘している。
「フハハ!
かつて第二次世界大戦中、サハラ砂漠でもパスタを茹でた我がイタリーに、その程度で勝てると思うな!」
見ると、パスタを折って短くし、水もそれに合わせて少なくして茹で始めた。
トマトが無いのが残念そうだが、ミニトマトとショートにしたパスタを合わせ、湯掻いた小松菜と合わせて一皿作った。
フランス料理人は、持ち込み1品にオリーブオイルを選んだ。
バターは訓練機内にトースト用のが有り、生クリームもコーヒー用が有る。
彼等はとにかく味付け、フランス料理にとっての生命線のソースを作っていた。
狭さ、熱の足りなさ、使い慣れない器具に悪戦苦闘しながらも、彼等は一時間で全員何とか3皿作り上げた。
NASAの職員がロシアの職員と話している。
「いや、驚いたね。
あんな不便な場所で、よく作れたね」
「でも、そのせいで作り方が似通ってしまった。
フランス料理はフランス料理内で、
イタリア料理はイタリア料理内で競うね」
ジャガイモをマッシュポテトにするか、皮付きで茹でて出すか、ノンオイルフライヤーでフレンチフライにするかの違いは出るが、フランス料理は3人ともスープ、サラダ、煮野菜のメインと同じ構成になってしまった。
イタリア料理は、パスタ、焼き野菜または煮込み料理、トマトを使ったデザートまたはジュースと多少は違いが出る。
日本人は……
それぞれの専門に拘った2人はともかく、石田さん(持ち込み1品は挽肉)の料理は
・小松菜を代用したロールキャベツスープ
・挽肉とジャガイモを使った青椒肉絲もどき
・ナスの肉味噌田楽風(宇宙食用味噌汁を流用)
とバラエティ豊かだった。
(他はともかく、あの御婦人は侮り難い)
フランス人もイタリア人も見る目が変わった。
審査!
覆面審査員は容赦無かった。
フレンチもイタリアンも、似てしまっただけに発想力に文句を言われ、ソースの微細な味の違いを比較された。
栄養学の教授やNASAやロシアの職員の意見から、宇宙で塩分を摂る、カリウムの摂取(トマトから摂れる)等の審査もされた。
話題作りと見習いはパスし、石田さんの審査。
「贋物料理は私の専門じゃないが、アイディアは良いね。
オリジナルは東欧料理、中華料理と、和食かな」
覆面審査員がアイディアを褒め、
「味は、一流レストランのそれでは無いが、ビストロでは十分通じる味」
と一定の評価をする。
「ロールキャベツはスープも有るし、ナス田楽は肉味噌も美味しく、食べ応えがあるね」
「スープの酸味、ミニトマトか」
「肉があるとボリュームが出るね」
概ね高評価である。
……誰も似た料理を作っていないし、意表を突かれた審査員が喜んでいるのもポイントとしてプラスだろう。
最後審査委員長たる総理が
「日本人、フランス人、イタリア人から1人ずつだね」
と、実に用意されていたような発言をし、それで決まった。
石田さんは、宇宙料理人に選抜された。
去り際、総理が秋山に呟く。
「いやあ、よく見つけて来たねえ。
あの合格のバランスはずっと前から決めていたんだけど、誰が見ても日本人だけ劣るとか、贔屓な審査にならなくて済んだよ。
フランス人、イタリア人同士はどんぐりの背比べだったし、フレンチとイタリアンでどちらかを多くしても揉めそうだしねえ。
いやあ、丸く収まって良かった良かった」
結果オーライ。
秋山は石田さんを教えてくれた女性訓練生たちに感謝した。