動き出す諸々
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ロケット部門から朗報が入る。
H-3ロケットが間に合うというのだ。
新型LE-9エンジンをクラスタ化して一段目とするこのロケットは、H2Bロケットすら上回る打ち上げ能力を持つ。
ただ、大出力なだけでは需要が無い。
最適な推力でないと、バラストを積んで荷物を重くしないとならない。
頭が軽いと、振動が凄い事になる。
そこで
一段目ロケットのLE-9本数:三桁目
補助ロケットの本数:二桁目
フェアリングのサイズ:一桁目
でバリエーションを作る。
例えば、H-3-30Sは、3基のクラスタエンジン、補助ロケット無し、衛星フェアリングは小となる。
計画されている中で最強は、H-3-24L、即ち2基のクラスタエンジン、4基の固形補助ロケット、衛星フェアリングは大型、である。
ロケット担当者が溜息混じりに言う。
「この番外が作られる」
ロケット部門に総理からしつこい電話があり、技術実証機、限界性能を引き出す実験機という事で
「失敗しても責任取らん」
機体が作られるとの事だった。
「いい迷惑だ」
(私は進捗を聞かれた時に、ロケットのサイズの問題から特別改造が必要だ、それで少し遅れるかも、とは話したが、それは運用終了予定のH2Bの方で、H-3をどうにかして欲しいとは喋っちゃいない)
秋山はそう思ったが、別部門からH-3の話は総理に入るだろう。
それで思いついたんだろうな、と思う。
(そうなったら、意固地になって相手を説得にかかるからなあ)
秋山は自身の体験から、ロケット部門責任者の苦労を思いやった。
それはさておき、特別機の型番、H-3-X34LL。
「五桁表記になってますな」
「頭にXついただろ?
実験機って意味だ。
ラージより上を考えてなかったから、LLになった」
「では最終的に5Lとか出来るんですか?」
「巨漢の洋服じゃないんだ。
そんなバランス悪い、パンツァーファウスト100Mみたいなもん作れるか!」
低軌道に大型モジュールを送るから、燃焼時間(高度)よりも推力(打ち上げ重量)の特化になったとか。
その為、
「最少の燃焼時間、最短コースで軌道投入するだけだから、その後の軌道修正はお宅んとこで何とかしてな。
それ以上は面倒見切れん」
との事だった。
2機、新打ち上げ基地の確認も兼ねて相次いで打ち上げて貰えるが、保険無し、失敗したら1機だけで何とかしろ、との事。
成功すれば、2機連結で巨大容積のコアモジュールが出来上がる。
そのコアモジュールの設計だが、円筒内を二分する仕様となった。
「両手を伸ばしても、上下左右前後のどこの壁にも手が届かないと、遭難する」
のが理由である。
対策として、投げて反作用で移動するボールや、伸縮するマジックハンドも有るが、
「それでも足りませんよ。
それくらい4メートル四方の内部空間ってのは厄介です」
という事だった。
ストレス緩和の為に、広さを実感させたい。
そこで仕切りは金網とし、履く靴には磁力を発生させる機能を持たせる。
スイッチを入れたら、地に足をつけて作業が出来る。
中央で上下移動の出入り口を持つ。
「デュアルモジュール、クアッドスレッドですね」
と誰かがCPUみたいな言い方をしたら、職員たちは何か気に入ったようだ。
「シングルモジュール、デュアルスレッドにならない事を祈ろう」
同型2機連結は、生命維持装置が片方故障した時のバックアップも出来るし、男女部屋分けもしやすくなる。
先日訓練を終了した女性陣から、女性用設備を製作する外注メーカーが聞き取りをしている。
JAXAも女性職員が立ち会っている。
男である秋山らは蚊帳の外である。
仕様として、男女共用のものを打ち上げ、無事打ち上げて2機連結が成功したら、簡単な作業で男女別にする。
風呂トイレも二ヶ所ずつあれば効率が良いし、連結部の1.1メートルハッチで移動出来る以外は隔壁で隠され、プライバシーも守りやすい。
このコアモジュールだが、設計未完成だが、もう作り始めている。
内装はともかく、外部はモックアップも実機も変わりない。
事情から仕方なかったとはいえ、前回の納品遅れからメーカーも気合を入れて作ってくれている。
「訓練生が前回の疲れを癒している内に、諸々出来そうだね」
秋山はかなり安心している。
前回より遥かに広い空間で訓練出来る為、ミッション・スペシャリスト候補には随分と楽になるだろう。
……そう思えば、離脱者には済まないようにも思う。
また、初期の2.1メートル四方の円筒だけで、生活、実験というのは無茶だったと思う。
詰め込み過ぎだ。
宇宙飛行士という、元自衛官主体の訓練と簡単な実験だけで精一杯で、後から後から詰め込んだのは失敗だった。
そう考えれば、職員が擬似的に同じ境遇、自宅待機で外出不可になって、辛さを理解したのは怪我の功名かもしれない。
かなり居住空間に敏感になった。
訓練機の狭さ、不便さはともかくとして、一般人に近いミッション・スペシャリストが長期生活するのに、戦前の軍艦みたいな「目的の為なら狭くても我慢」を押し付けてはダメなのだ。
(人間、同じ立場を経験しないと相手を思いやれんな)
そう思う秋山であった。
H-3ロケットの特殊型番は、架空です。
そんなの計画すらされてません。
似て非なる世界の話なのでご容赦下さい。