男の料理は自分が食べる分には良いが
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
閉鎖環境訓練も大詰め。
本来ならピーマンやミニトマトは収穫を迎える。
しかし外注していた農業モジュールの納品遅れから、収穫期は10日程遅れた。
そこで訓練生に三択で質問する。
1、60日で予定通り訓練終了
2、60日で終了するが、引き続き収穫までは船外から栽培を続ける
3、訓練期間を延長する
1の場合は、対生物汚染室からプラントを持ち出す。
収穫までは持っていくが、実験としては打ち切りとなる。
2は、訓練生は狭いモジュールで生活する訓練は終えるが、引き続き収穫まで対生物汚染室を使う訓練は続行となる。
3は引き続きモジュール滞在訓練も行う為、場合によっては水や酸素を補給する訓練もする。
1、3号機からは訓練終了の返答があった。
そうだろう、この奇数号機は水耕栽培なので、既に小松菜や豆苗や二十日大根が収穫されていて、作物によっては3サイクル目に入っている。
実験としても訓練としても、これ以上は蛇足になる。
1号機は特に工学関係が3人だから、スケジュールを消費した以上、終了が妥当だ。
よって、これにて8人は訓練を終えて、60日ぶりに狭い円筒から下りて来た。
そして、3人が結果を待たずに辞退を申し出る。
狭い閉鎖環境での生活に、耐えられるのと、希望するのでは天と地の差がある。
「出来ましたけど、もう一回やれと言われたらちょっと……」
という返事である。
更に
「久々にまともな飯食べたいので、食堂行きます」
と来た。
係はそれを止めて、身体検査を先にして貰う。
とりあえず
「宇宙食は飽きた」
「栽培した野菜は良いが、ちゃんと料理出来なかったから、失敗した日は辛かった」
と嘆いていた。
1号機から唯一の辞退者は
「たまにカップラ食わないと、調子出ないっす」
というジャンキーだから、宇宙でも食べられる事は食べられるけど、長期生活には向いてないだろう。
彼は検診後、他の訓練生がカレーライスだ、ラーメンだ、生姜焼き定食だと食べている中、一人で売店のカップ麺を食べていた。
偶数号機は、訓練続行を申し出た。
「食事面、辛くないか?」
と聞くと、女性だけの4号機は問題無いという回答。
まあ、「自宅待機で、ベランダ菜園で食べつないでま〜す♪」的なブログや写真投稿サイトに、浅漬けだの焼き茄子だのピーマンの詰め物だの、所謂「映え」も意識したレシピがアップされている。
本番でもやって貰いたいくらいだ。
一方の2号機。
「聞かないで下さい。
今すぐ訓練止めて帰りたくなります」
との回答。
小松菜をクタクタになるまで煮た青汁一歩手前なおひたし、青臭さの残りピーマンの肉無し青椒肉絲風、日によって歯触りの違うモヤシの塩汁、これのローテーション。
「ミニトマトそのままとか、宇宙食だけの日が良い。
でも、料理出来る奴が限られてるから、何も言えない」
ラストのジャガイモ収穫までは粘るそうだが、失敗してる方の「男の料理」三昧は余りに哀れで、4号機がアップしてるレシピを、サイト閲覧ではなく、事細かに書いて貰って2号機に送った。
サイト閲覧は
「もうやってる!
見ててこれなんだよ……」
という具合なので、煮加減とか「小匙一つはどれくらいの量か」という部分までレクチャーさせた。
「助かりました」
というメールが届く。
作ってる本人は濃い味が好きで、ソースや香辛料で炒める料理なら自信は有るが、茹で中心だと分からないそうだ。
下味つけてから料理するのでなく、仕上がる時にその場で味付けするだけに、飛び散らないよう閉じて焼くとかレンジにかけるとかは「感覚的に分からない」そうで。
兎にも角にも、ジャガイモの収穫期が来た。
「やっと食えるぞ!!」
「芋煮にするか?」
「余計な事するな!
アルミホイルで包んで、レンジで焼くぞ!」
「トースト用のバター残ってるな?」
「ジャガバターだ! 絶対に旨い!」
「イカの塩辛も有ればなあ……」
「却下! そのまま食えや」
「塩は?」
「塩はOKです!」
「うおー、ホクホクだよ!」
「うめー!うめー!涙出て来た……」
大騒ぎの2号機。
一方の4号機では
ローテーションで船の管制席にいる一人を除き、
協力してジャガイモと小麦粉を練り合わせて、ニョッキを作っていた。
ニョッキは冷凍して保存するものと、熱湯パックに入れて茹でて食べるものに分けていた。
また、ジャガイモを裏ごしし、冷たいスープのヴィシソワーズも作っている。
小麦粉をバターに溶かし、コーヒー用のミルクを流用したベシャメルソースを作り、ジャガイモとマカロニを入れてレベルでグラタンを焼く。
小麦粉を練って生地にし、ジャガイモのスライス、茄子の横に長細く切ったもの、ミニトマトを切って乗せたピザをも焼いていた。
ピザというか、チーズをトロけさせたり、ピザソースを熱々のままには出来ず、挟み焼きでパリパリに焼いているから、似て非なる料理だが。
簡単な料理でも、最適な厚さにジャガイモを切り、醤油とコーヒー用砂糖を溶かしたものと両面に塗って挟み焼く磯部焼きであった。
それも別な日にもすぐ食べられるように、切ったものをラップに包んで冷凍庫に蔵っておく。
聞いてみたら、まだまだジャガイモ料理はあるそうだ。
管制室では、根本的なレベルの差というものを思い知らされた気分であった。