そろそろ限界
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「秋山さん、限界です」
閉塞生活に音を上げたのは、実物より狭い宇宙ステーション訓練機に乗り込んだ大学院生ではなく、テレワークの職員の方だった。
「何言ってんの?
2.1メートルの幅と高さの円柱4本で構成された訓練機に乗ってる子たちは、ちゃんと頑張ってるんだよ」
「そういう精神論は要りません。
自分も家から出られない生活を1ヶ月やってみて、彼らの辛さが理解出来ました」
「彼らは文句言ってませんよ」
「だから、そういうの要りませんって。
我々の役割は、宇宙飛行士の為にもっと快適な環境を用意してやる事です」
「それは分かるんだけどね……」
日本の打ち上げロケットH2Aは通常編成で直径4.2メートル、拡張編成のH2A及びH2Bは直径5.0メートルであり、フェアリングに覆われている以上、それを大幅に上回るサイズの荷物は積めない。
よって、フェアリングを外した直径4.2メートルの円柱内に、どう内装を施すかが腕の見せどころだった。
だが、自宅押込に辟易した宇宙ステーション設計担当は
「こうしましょう!」
と新提案をして来たのだ。
「…………イスラムゲリラのロケット砲みたいだね」
それは余りに頭でっかちなデザインであった。
H2Aの一段目のLE-5Bエンジンを2基クラスター化したH2Bロケットだが、二段目のLE-7B-2エンジンは変わらず1基である為、括れて見える。
つまり、直径4.2メートルの第二段ロケットの上に接続するフェアリングは直径5.0メートルまでしか対応していない。
それを、第二段ロケットも直径5.0メートルにサイズアップし、その上に搭載する機体も限界までサイズアップするというアイデアだ。
「トップヘビーを防ぐ為に、長さの方を抑えたか」
秋山は急ぎコンピューターで計算させる。
既存の「こうのとり改」の与圧室は、直径4.2メートル、内部は幅2.1メートル、高さ2.1メートル、奥行き3メートルだから、内部容積13.23立方メートル。
次のコアモジュール案は、直径5.2メートル、内部は幅3.1メートル、高さ2.1メートル、奥行き7メートルで、容積67.27立方メートルとなる。
この新提案は、直径6.4メートル、内部は幅4.3メートル、高さ4.3メートル、奥行き5メートルで、容積92.45立方メートルと更に広くなる。
問題は
「バランスだ。
トップヘビーだと傾斜角が、頭の重さのせいで浅くなり、所定の高度に到達出来ない可能性が高くなる」
「そこは計算で何とかしましょう」
「あと、本来4.2メートルの二段目を5メートルにすると、隙間が出来る。
適正な重量でないと、サイズに比して軽量だと振動が起こる可能性がある」
「燃料タンクを大きくし、重量を増加させるとともに、LE-7エンジンの燃焼時間を増加させましょう」
「簡単に言うなよ……」
と文句をつけてみたものの、秋山にとっても魅力的な案に見えて来た。
元々LE-7エンジンの燃焼時間延長は計画があるのだから。
「ロケット部門に掛け合ってみるか……」
「頼みます」
ちなみに、1970年代の宇宙ステーション「スカイラブ」は、最大直径6.6メートル、長さ14.7メートル、重量28.3トンである。
21世紀の日本のロケットは、そんな重量を打ち上げられない。
……いや、言い方が悪い。
サターンVロケットがそれだけ化け物なだけだ。
化け物には敵わなくとも、長さを短くした為重量は10トン級だから、バランスさえ何とかすれば打ち上げ可能だ。
ロケット部門もデスマーチに巻き込もう、秋山はそう考えた。
数日後、ロケット部門からも出席して貰い、コアモジュールの改訂案と、それに伴うH2Bロケット魔改造を提出した。
「お前らなぁ……」
ロケット部門は、予想通り文句を言う。
しかし、意外な所から助け舟が出る。
そう、意外な所、意外な場所である。
「種子島の噴射試験場なら、予定が空いてますから、やれるだけやってみましょうか」
ロケットの燃焼時間延長は、言う程簡単な事ではない。
高熱になっている時間、及び振動する時間が増すだけに、各種部品の耐久性はどうか試験は欠かせない。
必要な推力が得られるかも重要である。
だが
「色々中止になったり、延期になって、予定が空きましたんで」
そう言って来た。
頭を抱えるロケット部門。
「5メートルの短いコアモジュールなら、2回打ち上げてみませんか?
ドッキングさせれば、倍の生活空間。
まあ、部屋は2つだし、その間のドアはアメリカの仕様により、1.1メートル四方と決まってますが」
有人宇宙飛行部門は
「そりゃ名案だ!」
と言うが、ロケット部門は
「お前らなぁ!
打ち上げスケジュールはみっちり後まで決まってるんだよ!
簡単に2回やりゃいいんじゃないですか、
なんて言ってんじゃねえ!」
と不満爆発であった。
結局議論の末に、押し切られてしまったロケット部門は交換条件を出した。
「漁業組合だろ、漁師の〇〇さん、△△さん、その他諸々……。
お前らが一升瓶持って挨拶行って来いよ!
言っとくが、相手は鹿児島の飲ん兵衛だからな。
簡単に帰して貰えるとか思うなよ!」
こうして、多少は快適な宇宙での生活空間は、外出拒否に耐えられなかった職員から生まれ、薩摩の呑み助の協力を得る事で生まれようとしていた。