テレワークでも
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
テレワーク職員も仕事は休みではない。
今後の計画をしっかり立てないとならない。
現在のところ、打ち上げ計画に延期は無い。
ケツは決まっている状態だ。
それに、日本以外は日本の20倍以上の死者を出しながらも、経済をこれ以上犠牲にしたくないと、産業を再開している。
自粛しながら日本はそれらの国に遅れないようにしないとならない。
ロケットの用意、搭載物資の準備、燃料の調達。
逆算し、何時迄に出来なければ打ち上げ延期という線がある。
段階段階で、外部調達か内部開発か今回は搭載中止か、アメリカやフランスに頼るかどうか、そういう判断が必要になる。
その状況が、日々では無いにせよ、週単位で変わる為、関係各部署に報告する。
全体はオンスケジュールだが、細部はリスケジュールの連発となっている。
この為、60日間の現訓練終了後の、第二次訓練の予定が二転三転しているのだ。
最初は、外出禁止が収まっていて、第二陣の訓練生を招集しようと、リストアップに入っていた。
しかし、どうも外出禁止が長引きそうである。
外出禁止が明けてすぐに、とはいかない。
その前、少なくとも一月前には相手の予定を確認して、準備期間を与える必要がある。
第二陣と行かないなら、現在訓練を受けている第一陣を更なる追加訓練しよう、そうなりかけた。
しかし、訓練用モジュールの製作の進捗が思わしくない。
これでは同じ訓練を二度受ける事になり、無意味になってしまう。
そこで、「第一陣の中で成績良好だった訓練生を6人選抜し、ミッション・スペシャリストでない本職の宇宙飛行士2人を入れた8人による、2機での長期滞在訓練」に変更された。
このメンバーは、即宇宙ステーションに滞在可能な組み合わせであり、実践を見越してのものになる。
すると、本来その訓練に充てる期間の訓練計画が空いてしまう。
「その期間、折角だから休養に充てましょうや」
という意見が出て、秋山もそれを是とした。
しかし、総理からダメ出しされる。
「こういう御時世だからこそ、科学に光を見出したい、夢を与えたい、そうは思わんか?」
「お言葉ですが、夢の国のスタッフは疲労困憊で、他人に夢を与える前に倒れそうです」
「今、休養してる職員がいるじゃないか。
彼等主導でやれば良い」
「彼等は自宅で仕事が出来るからテレワークをしているのです。
現場に来ないと仕事にならん職員は、明らかにオーバーワークです」
「だが、採用したミッション・スペシャリストの候補はまだまだ多いのだろう?
彼等の選抜は続けないと、計画が後になる程厳しくなるだろ?」
「総理、アメリカでもスペースシャトルが事故を起こした時は計画を立案し直しました。
全てをオンスケで進めるのも重要ですが、一回立ち止まる事も必要かと思います」
色々議論したが、今回は秋山が押し切った。
総理も、先が見えない疫病対策の中、有人宇宙飛行の管理に割いてる時間は少なく、実際に職員が疲弊しているという事実は受け止めた。
そして、一月半の休養と臨時ボーナスを、計画の再提出を条件に認めた。
これにより、疲労していた現場の士気が向上する。
辛いのは、計画再立案する秋山ら書類組であった。
休みは貰えるが、何となく休んだ気にはならないだろう。
次の宇宙滞在計画は、ロシアとの共同飛行を挟んで、約半年のものとなる。
第一陣は、飛行士だけで編成され、相次いで打ち上げられるモジュールを組み立てて宇宙ステーション「こうのとり改2」を完成させる。
第二陣はミッション・スペシャリストが乗り組み、技術実験と、水耕、土壌での食糧生産を行う。
第二陣は今回の訓練生から選抜され、訓練同様60日の滞在を行う。
第三陣は、フランスやイタリアが「シェフを送り込む」と気合入れている飛行で、農業要員を減らし、代わりに専用料理人が乗り組み、宇宙での食糧生産の後期工程、要は収穫と食材への加工、そして出来る限りその食材を使った生活をするものだ。
これも60日の滞在を計画している。
この第三陣の選抜に遅れが出る事になる。
秋山は苦肉の策で、新たに召集して選抜するのを止めて、現在訓練中のメンバーから選ぶ事にした。
現在は腹案であり、これから計画推進メンバーに諮り、承認を得る事になる。
理念は「出来るだけ幅広く、応募したミッション・スペシャリスト候補を訓練、審査する」なのだが、難しい情勢にある。
やむを得ないで通るとは思うが、まだオンラインでの打ち合わせはしなくてはならない。
第三陣で、総理に加えて職員、飛行士・訓練生全てから求められている人事もある。
「結果として宇宙に行けなくても良い。
だが、候補者も出せずに宇宙シェフの役目をフランスやイタリアに明け渡してはならない!
日本からも、意地にかけて、宇宙シェフの候補者を出すのだ!!」
平穏な時期なら、手配人を探して店舗に所属していない「伝説の料理人」とかを呼んだり、北大路何とか言う美食家の弟子とかに頼むのもアリだろう。
相手がフランス料理とイタリア料理のトップ級を出すと意気込んでいるので、手軽に調理学校の生徒に応募をかけるとか、料理が得意なミッション・スペシャリストを選ぶとかは許されなくなった。
……自称「自分料理得意ですよ」と言ってた訓練生が、数々の珍料理を他の訓練生に「お見舞い」しているし、やはりプロが好ましい。
しかし、ゆっくり食べ歩いて、スカウトして、訓練受けさせるとか出来ないので、玉石混交を覚悟の上で(あと、飛行計画を正式承認前に漏らしてしまうのも承知で)、業界の求人誌で募集をかける事にした。
玉石混交で応募があるだろう。
むしろ腕の良い料理人は、危険を伴う宇宙シェフ等でなく、名店での修行を望むだろう。
そんな中から、仏伊に対抗出来る料理人を選抜する。
秋山は総理に、その審査員になる事を求めた。
「自分みたいな貧乏舌では、仏伊の選抜された料理人に勝てる者を見つけられません。
ここはどうか、総理のご意見も」
「そんな美味しい話、受けない訳無いだろう!
よく私にその役を持って来た!
出張らせて貰うよ!」
喜ぶ総理に対し秋山は内心
(責任の一端を押し付ける事成功)
とほくそ笑んでいたのだった。