アメリカの宇宙船作るメーカーが手を下ろして1社しか残らなかった
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「秋山さん、大変です。
R社が宇宙船のコンペ辞退するって言って来ました!」
秋山の補佐を務める小野田研究員が慌てて言って来た。
総理大臣が貿易赤字減らす為に考えた有人宇宙飛行計画。
その中核である有人宇宙船だが、大本命と見られたメーカーが辞退を申し出たと言うのだ。
「あとG社も辞退で、実質B社だけになりました」
「なんで? 情報仕入れようか?」
秋山と小野田アメリカに派遣しているメンバーからの報告を纏めた。
「どういう事?」
上長たちも戸惑いを隠せない。
「なんかうちら、変な事した?」
「いえ、日本側に問題は有りません。
強いて言うなら、安いって事ですかね」
「秋山君、無いとは思うけど、値切ってないよね?」
「ちゃんとつけられた予算通り使いますよ。
余らすのは次年度の予算減らされる要因ですし、赤字出すのは能力不足ですからね」
「じゃあ、何が有ったの?」
「アメリカ国内の宇宙企業が、そのコンセプトに目をつけて、もっと金を出すから自社を優先に、となったんです」
元々アメリカの宇宙企業は、大量輸送と大人数を運ぶ事を考えていた。
しかし、ここに来て「一般的なサイズのロケットで2~3人を宇宙に運び、小型宇宙ステーションにしばらく滞在させる」というコンセプトが日本から提唱され、それに食いついた。
アメリカは漁業権の関係等で打ち上げ回数規制等は無い。
有人宇宙船と荷物運搬のロケットをそれぞれ打ち上げる方式とする為、有人宇宙船の設計はシンプルになる。
その上で、同じアメリカのロケットのみを想定している為、フェアリングの型もそう多くないし、資料も取り寄せやすい。
数社が連合して共通の宇宙船を使う為、資金も日本より潤沢である。
企業として、楽して儲けが出る方を選ぶのは当然である。
R社とG社は、途中までの設計を活かす形で乗り換えた。
「ではB社は?」
「あそこは流石に外交問題になるのを嫌ったアメリカ政府が引き留めたようです。
日本だけでなく欧州にも売れるかもしれないし、なんとかこっちのプロジェクトを優先してくれるそうです。
が……」
「が、どうかしましたか?」
「ほぼB社の仕様を丸呑みしないとなりません。
競合がいない以上、B社に下りられたら困りますから」
「まあ、それは仕方ないね」
「B社に派遣した小野からの報告ですが、ジェミニ宇宙船の焼き直しでいくそうです」
「ジェミニ?? あのアポロ宇宙船の前の?」
「そうです」
「2人乗りの?」
「そうです」
「3人乗りにならないの?」
「だから、B社の出す仕様は断れないんです!」
第二次世界大戦までに多数あった航空機メーカーは、吸収合併を繰り返してまとまっていった。
そのB社と合併したMD社だが、これもM社とD社が合併して出来た企業である。
B社の中に旧M社の資産があり、それを可能な限り再利用する事で開発工数やテストを減らすという。
1から作るよりは、の話だが、それでも大分短縮になると言う。
「仕方ないねー」
「仕方ないですか」
「仕方ないんでしょ?」
「仕方ないんですけどね」
「なに? 文句あるなら言ってみなさい」
「この予算取る時に出した計画書覚えてます?」
「ああー、木星行くとか、冥王星に基地作るとか書いてたやつね」
「あれからしたら、随分と旧式でショボくなったなあ、と」
「秋山君」
「はい」
「予算取る時に出した計画書なんて、覚えている人がどれだけいると思ってんの?」
「まあ、審議の時だけ読みますが、翌年になったら誰も覚えてませんね」
「まさかアレが実現出来るなんて誰も思ってないし、あんなのに引きずられないように」
「……じゃあ、あの徹夜してまとめた計画書は何だったんですか?
出来っこないってボヤきながら書いたやつは」
「努力目標」
「は??」
「ほら、ヨーロッパの国なんかさ、CO2を50%削減しまーすとか、アドバルーン上げるじゃない。
でも実際には出来てない、酷い時なんて数字改ざんしてたりするでしょ」
「なんか、そういうのありましたね」
「あれと同じ。
日本ってさ、現実的な事ばかり言って、結果『こんな低い目標出すとは、やる気あるの?』って叩かれるんだよねえ。
だったらさ、大風呂敷広げて、凄い計画見せてやった方がいいじゃないですか」
「……実務担当者に皺寄せが来なければそれで良いかもしれませんね。
実務担当者に!!」
「ま、頑張ってよ。
また酒飲みに行こうよ、奢るから」
秋山はその後、ゴードン氏に「ジェミニってどうなの?」と聞いてみた。
「おおー、ジェミニか、中々良い案だね」
「良いんですか?」
「この機体は何に使うんだ?」
「訓練です。
宇宙飛行そのものと、宇宙に行っての独自ミッションと。
いずれにしても、ISSを運用している今は国際計画として組み込めない基礎的なもの。
やりたいなら自分の国でやれ、って言われるようなものです」
「ならば、最初からキャデラックに乗る必要は無い。
自動車免許取る前に、まず自転車やスケボーを乗りこなそう。
最初から何でもついてる機体に乗り慣れてしまうと、トラブルシュートが苦手になるぞ」
このアメリカ人、結構精神論的なとこがあるぞ……。
「しかし、古過ぎませんかね」
「流石に素材も電子機器も内装も、当時そのままじゃなく、現在の最新のを使うだろう。
ドッキングポート回りは新規に設計するだろう。
でも、姿勢制御ロケットの位置とか、基本的な設計、縦横高さのアスペクト比なんかは実績のあるものを使える。
新しくて古い、そしてボーイを成長させられる、いやあ、実に良い機体じゃないか」
B社に派遣された小野君は、資料室に眠っていたジェミニ計画の仕様書を、全部翻訳している。
無論手書きやタイピングという古臭い事はせず、スキャンして文字解読し、自動翻訳版と英語版をファイルに作り、そこからチェックするという昔より随分効率的な作業なのだが
「ファイルの量が半端無く多くて、中々終わりません……」
という泣き言が日本にメールで来ていた。
中間管理職の秋山は
『そいつは確かに次の計画に直接は役に立たない。
だが、ノウハウを手に入れるには貴重な資料だ。
泣き言は聞かん、うちの仕事の為だ、しっかりやってくれ!』
と、すっかりブラック化した事を呟いていた。
秋山は秋山で、ジェミニ後継機になると分かった時点で、計画変更で書類の作り直し、色々見直し作業が入っている。
アメリカ人飛行士と組んでの3回は、機体を操る飛行士を乗せる。
だが「こうのとり」改小型宇宙ステーションとドッキングする4回は、ミッション・スペシャリストという研究員を乗せる事になる。
バックアップクルーとしてもう1セット人員を用意する為、現在11人選抜しているが、これを14人にして飛行計画7回×2の飛行士とする。
そしてミッション・スペシャリストは4回×2で8人採用する。
文句はあるが、やっと先が見えて来た。