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料理をお見舞いされる

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

現状における「こうのとり改」訓練機の調理器具は

・温水加熱機:パックを湯煎する

・電子レンジ

・ノンオイルフライヤー:揚げ物を作る

・伝熱式鉄板:挟み込みトーストや卵焼きを作る

の4種であった。

これと、怪我をしないよう鋭くなり過ぎないセラミック製ナイフやフライ返し等の調理用具がある。

基本は出来合いのものを加熱して食べる程度の簡易キッチンなのだが、日本人らしい感覚で、宇宙で育てた作物を料理出来ないか?という実験が行われた。

そしてその実験を満足に行うには、キッチンは余りに貧弱であった。


女性だけの4号機は問題無かった。

男性だけの実験機の内、1号機は食べない、料理しない、それ故に持たせた生卵や生鮮食料品を腐らせるという問題が発生した。

この機体に乗る変人たちは、ブロックタイプのバランス栄養食やチューブのゼリーだけで欲求が足りるようだ。

自分のやりたい事に没頭すると、食事は二の次になる。

自分がそうだから、料理当番にも多くを望まない。

農学部の訓練生が当番になった時に作られた、焼かないパンにバターを塗ってレタスとチーズとハムを挟んだサンドイッチが、どうやら評価が高いようだ。

作業の合間にパッパと食べられる、そういう意味で、であった。


2号機と3号機は、モヤシ収穫前からちょっとした兆候が出て来ていた。

彼等も食に拘らない。

ただ、1号機のメンバーよりは計画に従順というか、しっかり「本物の飛行でも、ビタミンを不足させないように、補給機や交代要員が到着してしばらくは生野菜や果物を食べる」というのに合わせ、持ち込み物資を消費しようとした。

そして、料理したい人としたくない人の差が現れる。

料理をしたい人は、決して料理が上手い人とイコールでは無い。

もしかしたら、自宅では料理上手なのかもしれないが、既に書いたように訓練機内の設備は貧弱なのだ。

下拵えや段取りの下手さが露わになる。


「飯、まだ?

 もう30分押してるんだけど」

「まだ!」

「いつ出来るんだ?」

「あと30分」

「チューブ食でいいから、先に食わせろ」

「ダメだ!

 そういうのは後半用に取っておくのだ。

 待ってろ!」

「2品作るとか言ったけど、今出来てる方持って来いよ」

「だからあと30分って言ってるだろ」

「…………。

 待て、もしかして1品1時間掛かるのか?」

「そうだな」

「2品で2時間か?」

「だな」

「お前、ふざけんな!

 1品でいいわい!

 足りない分はチューブか錠剤」

「だから後の為に取っておけよ」

「おめえの責任だろうが!!」


という微笑ましいやり取りがあった。

そして、モヤシが収穫され、料理に使われた時、それは熱いやり取りに発展する。


「モヤシ炒めです」

「おおー! 速いじゃないですか!」

「まあ、モヤシ炒めですから」

「だよな。

 いつぞやのピーマンの肉詰めだったかみたいに、余計な手間掛かってないからな」

「炒めりゃいいだけだからな」


…………


………


……


「おい、これ何だよ……」

「しょっぱい! 塩どれだけ使ったんだよ」

「歯触り悪い……。

 炭化してねえか?」

「俺のは生だ。

 ……まあ、炭よりはマシだがな」

「仕方ないだろうが!!!!

 あれ本来はトースト用なんだよ!

 ちゃんとしたフライパンが有れば、ちゃんとしたモヤシ炒め作ってやるよ。

 でもなあ、挟み込む鉄板でどうやれってんだよ!」

「モヤシ炒め作ったのがミスだったな……」

「お前らが『おひたしに醤油だけじゃ飽きたな』って言って来たんだろうがよ!」

「それは俺が悪かった。

 すまん、もう変な期待しないから」

「それはそれで腹立つなあ!

 俺が役に立たないって言ってんのか?」

「だって、不味いんだもん」

「じゃあお前が作れよ」

「いや、俺苦手だから。

 すまん!

 不味くても文句言わないから」


不穏になった中、誰かが提案した。

「これ、他の訓練機と通信出来るよな?」

「ああ。

 管制センターの許可は必要だが、孤立感解消の為の通信は認められていた」

「4号機に連絡して、モヤシ炒めの作り方聞いてみない?」


そして管制センターに「不要不急に非ず、共同生活の危機を解消する為、緊急のもの」として申請が有り、3号機から4号機に回線が繋げられた。


「4号機の女子から返答があった」

「何だって?」

「一回湯通しして火が通ったモヤシに、塩胡椒を塗して、それを鉄板で挟み焼き、適度なタイミングで混ぜてもう一回挟み焼いて、水分が飛んだらお終い、だそうです」

「湯通し!!」

「そうだよ!

 一回茹でて火を通してから炒めりゃ良かったんだよ」

「教えられてから偉そうに言わんでくれ!」

「まあまあ。

 4号機も厳密にはモヤシ炒めじゃないって言ってたし、所謂中華料理のモヤシ炒めは無理なんじゃないかな」

「なるほどね。

 で、4号機のお嬢さん方は他にどんな料理作ってんだ?」

「基本、パックの中に入れて、調味料と合わせて揉めば、時間が経つ程味が染みるようなものですね」

「具体的には?」

「ナムルとか、胡麻和えとか、本来は壺漬けにする唐辛子和えとか、そんなのだそうです。

 あとはスープに入れる、レンジで作れるものだそうです」

「そういう料理だよ。

 分かったか?」

「分かったよ。

 やってみるよ」


彼の料理当番日、悲劇は再びチームを襲う。

「油が……。

 何これ、油漬け食わせてんのかよ」

「初めて作ったんだよ!」

「歯応えが無さ過ぎる……。

 湯通しったって、限度があるよぉ……」

「文句言わないんじゃなかったのかよ!」

「ゴメンゴメン。

 でも、今後もずっとこうなの?」

「練習するからさ、繰り返せば上手くなるから、それまで待て」

「俺たち、それまでの実験台かよ……」

「文句言ったって、お湯入れるしか出来ないアンタたちは、他に選択肢無いんだからね!

 泣いたって、外に出られないんだから!!」




2号機も、程度の差こそあれ、似たような光景となっていた。

モニター越しに、料理をお見舞いされている面々を見ながら、職員たちは納得した。


フランスが宇宙ステーションで働く料理人シェフ・キュイジーヌを訓練しているのは間違いじゃ無かった。

飯が美味くないのは我慢出来る。

だが、飯が不味いと人の心が荒む。

料理するならプロが必要かもしれないな。

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