研究棟到着
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
生物汚染は、何かあった時に封じ込めをする。
その密閉する扉は、宇宙船のエアロックに似ているが、管轄する官庁が違うせいか、認可の通った企業に発注する。
酸素を供給するシステムも、宇宙ステーション本体からは独立したものを使う。
また、宇宙服とは違う防染服を着て、その着脱時には消毒を行う。
無重力で消毒液の排出や、その廃液の貯蔵をする為、農業ユニットのサイズは既存の「こうのとり改」よりも大きくならざるを得なかった。
バイオハザード設備用の物を調達したら、それをいつも「こうのとり改」を製作してくれる神奈川県のメーカーに持っていき、宇宙用ユニットとして完成させる。
東京から神奈川に持ち込み、出来たら茨城県つくば市に運ぶ。
物量の移動に制限が掛かっている現状では、官庁都庁県庁への連絡が欠かせず、時に書類提出を要求され、思った以上に時間が掛かった。
だがここが日本の美点かブラックを許す欠点か、出勤を制限されている中、残った人員が納期遅れを防いだ。
ブラック企業よりマシなのは、担当の秋山に対し各部門、各社が堂々と
「無理したんだから、報酬で示すように」
と言って来ている事と、総理案件だけに資金面で、潤沢とは言えないまでも、無理は効く事だ。
流行病感染爆発下、宇宙予算が出して貰えるかの心配は有ったが、どうも五輪関係の予算、マスク供給の予算、疫病による収入減への補償の方に目が向いていて、宇宙関連は見向きもされなかった。
「税金から出ていないのも有るしね」
総理案件な為、連絡の総理秘書が言う。
そんなこんなで、いよいよ完成した実験棟が4機運び込まれて来た。
まず、設計担当した職員が最初に乗り込んだ。
要求通りに出来ているかの確認である。
メーカーからも担当が、本来は来て一緒に検品する筈だが、神奈川県から来ると2週間隔離される為、つくばに居るスタッフだけで調べる事になった。
本番と同じように防染服を着用して、一日中調べる。
防染服を着るのは、人間による汚染をしたら元も子も無いからだ。
確認を済ますと、中にバーミキュライトや無機肥料、無菌にした発芽直前の種子やプランター等を持ち込む。
そして密閉し、一度内部を真空状態にして台車に乗せた。
隔離訓練していた訓練生たちは、日々普通の生活だけをしていたのではない。
本来の仕事である農業、植物の発生について研究が日延べされていただけで、ロボットアームを使う訓練をシミュレーターで、狭い船内での早着替え、エアロックや防染扉の閉鎖の手順、非常時の封鎖等を訓練していた。
管制官から全機に、研究棟到着と、明日はロボットアームを使い、台車ごと研究棟を動かしてドッキングをすると伝える。
馴れて来ていた彼等彼女等に緊張と、安堵が見られた。
やっと本業が出来るのだ!
秋山は、訓練生たちに敢えて一つ、情報を隠した。
それは、シミュレーションで使った数値よりも、実際の研究棟が重い事だ。
「出来るだけ隠しておいて、問題解決能力を見よう。
ぶつけそうなら、緊急停止をかけて、実際は重いという事を伝えてやり直し。
意地悪だが、これも訓練の一環だ」
物理的に、シミュレーションをやり直してる時間も無い。
それどころか、設計チームは研究棟の大きさ、重さから宇宙ステーションがバランスを崩さないよう、反対側に結合させるモジュールの仕様を作り直す必要があり、シミュレーションの設定変更とかは、出来ればやりたく無かった。
ISSの乗員なら何でもやる訳だし、この程度の問題はこなして貰わねば。
かくしてドッキング訓練が始まった。
真っ先に重さの違いに気付いたのは4号機の女性チームだった。
腕力において男性に劣る彼女達は、少し力を入れねばシミュレーション通りの位置まで動かせないと、すぐに気づいた。
確認が管制センターに入る。
気づかれたなら嘘をつく必要は無い。
重くなっていると教える。
彼女達は、慎重に慎重にアームを動かし、窓からは他の訓練生が距離感を確認しながら、操作員に声を掛ける。
先に連結に成功したのは、2号機であった。
だが彼等は、最後までモジュールの重さに気付かず、勘で連結させたのだ。
他の号機は、手応え(1号機は水中実験なので、抵抗の違いを感じた模様)から重さの違いを感じ、管制センターに照合の後に接続させた。
その日一日はリモートで空気を入れさせ、作業は翌日からとなった。
ついに実験が始まる。