問題解決能力
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
隔離生活から10日、緊張感が無くなり、生活にも慣れて来ると、適応力の悪い面が出て来る。
良くも悪くも、普段の生活態度が露わになるのだ。
モニタリングされているのは承知しているから、パンツ一丁で彷徨くとか、大声で怒鳴り合いの喧嘩は起きない。
軽い諍いが起きたのは、3号訓練機であった。
原因はある訓練生のトイレが長い事。
1人が糾弾し、言われた方は直すと言ったが、どうも直らず、もう1人も
「言ったからにはちゃんとしろ」
と責めるようになった。
残り1人は、まあまあと宥めつつ、責められた訓練生に理由を聞いた。
どうもトイレに居る時間、ボーッとなって、時間を覚えていない、そう言う回答だった。
その話を他の2人にもし、本人に確認を取った上で、トイレに居る時の健康数値を管制官に確認して貰う。
すると、普段は問題ないが、トイレでふと力を抜いた時に血圧が下がる事が分かった。
減点要因であるが、致命的かどうかはこれから判断する。
無重力では一般的には高血圧になり、重力下の「頭から血が引く」かは分からない。
まあ、飛行士ならアウトである。
重力の変動がある打ち上げ時や大気圏再突入事に、ブラックアウトを起こして貰っては困るからだ。
ミッション・スペシャリストなので、昇圧剤等で対応出来ないか、検討となる。
ただ、今すぐはどうにかなるものではない。
そこで、トイレにアラームを付けて、ボーッとなっている時に気をつけさせようという事を、仲介役の訓練生が提案し、他3人も承諾した。
これで3号機は収束した。
次に2号機で諍いが起きる。
ある訓練生が飲料水の減りが計算より速いと言い出した。
原因は分かっている。
別の訓練生が2回程、他の3人に断ってはいるが、一本多く飲料水のボトルを持っていったからだ。
その訓練生は、申し訳ないと謝る。
だが、言い出しっぺの訓練生は
「僕は謝れとは言ってない。
体質的に水を欲するのは止められないからね。
じゃあ、このままで良いのか?って言ってるんだ。
他の3人で5日に一本減らそうか」
それに対し反論が出る。
「計算よりは速いけど、残量とペースで計算したら、次の補給までもつよ。
て言うか、余るくらい。
減らす必要は無いんじゃないか?」
「そう言う問題じゃない。
もしも補給機が来なかったり、事故が有ったりしたら?」
「言い直すよ。
60日後の訓練終了まで無補給でも間に合う。
何でも計画通りにって言うのではなく、臨機応変にいこうよ」
「君も同じ考えかい?」
残り1人にも意見を聞くと、彼も減らす必要無しという意見であり、ただ飲む訓練生に「慣れて来たら我慢しろよ」というものだった。
「そうか……、なら僕が引く。
一応、僕個人の行動として10日に一本分減らせないか頑張ってみる。
賛同してくれるなら、やってみてくれないか」
「そんなに言うなら、5日に一本のペースで減らせば良いじゃないか」
「それだと僕の水分摂取量が少なくなり過ぎる」
やれやれ堅物が、…という感じながら、2号機の議論も収束した。
管制センターでは、3号機の問題指摘者にマイナスを、2号機の問題指摘者にプラスをつけた。
3号機の指摘者は、言葉遣いや語調は穏やかだが、相手に反論を許さず、追い詰めるものがあった。
訓練生間に上下関係は無いが、強いて言えばモラハラ気味なのだ。
一方2号機の指摘者は、相手を責めるより問題解決を求めている。
問題もかなり先を見越している。
もしも無補給のまま60日が過ぎて、更に滞在延長となったらどうするのか?
予備は多く有って良い。
実際、ロシアとアメリカで相次いで補給機打ち上げ失敗、日本の「こうのとり」が失敗したら一時地球帰還に追い込まれるって状況も有ったのだ。
それを思えばもっと強く意見を言っても良かったが、彼は引き際を弁え、調和を乱さなかった。
本番ではこういう判断は、プロの飛行士である船長がするので、ミッション・スペシャリストならこのくらいで良い。
一方仲介者は、3号機の方にプラス、2号機の方にマイナスが付いた。
3号機の仲介者は、問題の根本的な部分に踏み込み、解決に導いたのだ。
1人暴走せず、他の訓練生にも確認を取りながら動いたのも評価が高い。
他方、2号機の仲介者は問題を先送りにしただけ。
水という生命維持の根幹物質について、先にある不安への洞察力が無いのも気にかかる。
万事スケジュール通りに事が運ぶなら、確かに彼の主張は間違っていない。
宇宙では予定通りに事が運ばないかもしれない、と地上に居ながらも実験棟が予定通りに到着がしていない現状から、想像出来ないものだろうか?
それと、5日に一本やれよといった、問題指摘者を茶化すような発言もいただけない。
指摘者の方は、無理をしない、自分を犠牲にし過ぎない部分の評価も良かった。
「短期間ながら、見えてくるものはありますね」
「うん、本来なら研究棟もドッキングし、研究の日々の中でどうなるかも知りたかったが」
「それは5日後には何とかなりますから、その時に見ましょうよ」
無為徒労の隔離生活の中、個人はそれぞれに採点されていたのだった。