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ブラックさに泣かされていた人が部下にもブラックな事をして因果が巡る件

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

秋山はこれまで総理の無茶ブリに散々痛い目に遭わされて来た。

本来、十年以上先と予想していた有人飛行計画を、いきなり「やれ!」と言われた。

そして「訓練機で宇宙飛行士の育成」をしようとしたら、ありものの改造とは言え、宇宙ステーションの運営をさせられた。

そしてそれが日米だけでなく、国際案件となってしまい、そのディレクトリングを行っている。

皆さん我が儘で、胃が痛い。

そんな中、昨今の疫病騒動である。


総理は

「不要不急の仕事は停止、職員も自宅待機!」

そう命じつつ

「他国との関係もあるから、期日は間に合わせるように」

とも言っていた。

自宅待機やテレワークは、家族持ちの職員のほとんどである。


……残った独身や、単身赴任、施設内の職員住宅に住む者、全職員の半数で納期遅れないように仕事しろという訳だ。

単純計算で作業量は2倍となる。

その減った職員で、訓練用の宇宙ステーションを4機作らねばならなかった。


訓練施設とは言え、本物に近いものに仕上げる。

つまり、ハッチを閉めたら外界とは空気も遮断され、その内部の空気、食糧、水、物資だけで訓練を行えるようにする。

現在の宇宙ステーションは、円筒状の宇宙ステーション輸送機「こうのとり」を改造したものである。

これにドッキングポートを増設し、農作業用プラントと、コアモジュールとなる「健康維持、食事、各種生活」空間を接続する。

そしてこっちは本物の、簡易輸送ユニット「のすり」型と宇宙船「ジェミニ改」を接続し、上から見たら十の字に見える構造となる。

「こうのとり」と「ジェミニ改」と「のすり」は本物もしくは展示用の準本物を使用出来るが、他2つは急いで作り上げる必要があった。

特に農作業ユニットは生命汚染(バイオハザード)設備となる為、工数がかかる。

それを

「今月中に4機作ってくれ」

と秋山は言わざるを得なかった。


「今月って、あと何日有るか、分かってますか?」

「10日も無いですね」

「無理です!」

「そこを何とか!」

「無理って言ったら無理です」

「やれば出来るよ」

「……秋山さん、物理的に無理なのを、何とかしろっていうのはブラック企業の発想です」

「……すまん……、そうだな、私が悪かった。

 ところで、何に時間がかかるの?」


主に密閉扉と、その検査である。

扉は金属製であり、金属というのはその形に鋳造し、隙間が無いようにして、組み立てるのに時間がかかる。

その上で、本当に漏れが無いかどうか、検査を行う。

それをモジュールに組み込むのだが、モジュールの中に入れて組み立てるより、扉が先に出来て、その扉を中心に周囲を作っていく方が作りやすい。

その金属の扉だが、外注して作って貰う事になる。

その外注先が

「今、人が来られねえんで、来月半ばじゃねえと出来ねえな」

と言って来ている。

そう言われてしまえば、きちんとしたバイオハザード対策の扉を製作出来ない以上、先に進めない。


しかし、ミッション・スペシャリスト候補は既に集めてしまった。

施設内の病院以上の無菌エリアに隔離しているが、いつまでも彼等に暇をさせておく訳にもいかないだろう。


「農作業モジュールは後にして、今あるモジュールだけを組み立てて、そこで訓練しよう」

結局そうなった。

上から見てTの字になる。

最後、農業モジュール(バイオハザード設備)は

「ロボットアームによる把持(キャプチャ)からドッキングへの訓練に組み込もう」

この案に対し

「それは飛行士の仕事で、研究職に過ぎないミッション・スペシャリストがやる仕事じゃないですよ」

と指摘される。

だが、ISSではミッション・スペシャリストもロボットアームを扱える訳だし、飛行士が怪我をしたりで残った人員が作業しなければならないケースもある。

「そうなった場合を想定し、訓練メニューに組み込み、覚えて貰おう。

 技能は有って困る事も無いだろうし」


かくして、いつもの半分の人員は無茶ブリに応えるべく、「こうのとり」の予備機や展示機、モックアップ等を使えるように改修を行った。

「頑張れ!

 これを乗り越えたら、しばらくは大丈夫だぞ」

「例え後に楽になろうが、デスマーチを作ってしまうのはマネジメント能力の不足!

 精神論じゃどうにもなりませんよ」

「元々チーフとかなれる器じゃなかったんだけどね。

 まあ、それを言っても始まらないから、精神論でなく物量作戦に出た。

 私も、手の空いてる他の部署の人間も引っ張って来たから、人手は何とかなっただろ?」

「おい! 手が空いてるとは失礼だな。

 衛星運用のローテーションを見て、空き時間にちょっとでもいいから手伝ってって泣きついたんだろ」

「バラさんでくれ」

「ローテーションの空き時間は、本来休むのが勤務なの!

 お前の権限で手当てつけろよ」

「経理に頼んでおくよ」

「本当に、だぞ!」


……このような修羅場を経て、何とか月始めには4人のチームが乗り込める訓練機が4ユニット出来上がった。


「え? 自分たちが入るのは、プールの中にあるんですか?」

本格訓練用のものは、宇宙同様ハッチを開けたら致命的となる、水中設置である。

ここで訓練するチームは、船外活動の訓練も受ける。

彼等は農作業や生物発生の実験ではなく、素材や機械の船外曝露実験が主である。


「私たちは地上ですね」

女性チームは水耕関係を担当して貰う。

女性用の生活用品も用意された、地上機としては一番実機に近いものだ。


残り2機はモックアップや展示機からの流用で、機内の設備はそれ相応である。

しかし、6人は農作業メイン、土をいじる仕事メインであり、2人が検査を行う医師代わり(微生物学担当)で、バイオハザードユニットが届くまでは、ただ協調性を見るだけの比較的楽な扱いであった。

バイオハザード設備付の農業用モジュールが連結されてからが本番である。


「以上、各人機内に入り、訓練を行う。

 モニタでは毎日顔を合わせるが、物理的に会うのは60日後だ。

 健闘を祈る」


そう挨拶する秋山の背後では、健闘の成れの果て、疲れて作業着のまま床に布団も敷かずに寝ている集団があった。

ミッション・スペシャリストたちは知らない、この訓練機が、「へんじがない、どうやらただのしかばねのようだ」状態になるまでの突貫作業の結果である事を。

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