まずはこんなところで行こうか
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
農業は収穫まで漕ぎつかねば意味が無い。
割と短期間で収穫出来るものが望ましい。
「細菌を持ち込まない」という制約を外したものの(日本の宇宙ステーションのみ)、だからと言って何十年もかけて樹を育て、果物を得るという訳にもいかない。
日米仏露に、イタリア、カナダが加わって話し合って、このように決めた。
【土壌栽培】
・二十日大根:約20日
・ピーマン(促成):28~35日
・ミニトマト:30~40日
・キュウリ:約60日
・ジャガイモ:約90日(種芋から)
・大豆:約130日(枝豆としては約80日~90日)
【水耕栽培】
・カイワレ大根:7~10日
・豆苗:7~10日
・ルッコラ:約20日
・小松菜:約30日
・パセリ:約30日
・バジル:約30日
・リーフレタス:約60日
【その他】
・もやし(瓶栽培):7~10日
・マッシュルーム(菌床栽培):約40日
・エリンギ(菌床栽培):35~45日
【水槽】
・カワエビ
・カワノリ
・シジミ
・ジュンサイ
土壌栽培の方は、栽培期間も長く、またスペースも大きく取って、より多くを収穫するいわばメインである。
水耕栽培の方は、栽培期間が短いものが多く、短期間で食べてはまた生育を行う。
生物汚染で最も気をつけねばならないキノコ栽培。
この候補で日本はエノキとナメコを推したが、フランス・イタリア連合に更に「ナメコって何だ?」というアメリカが加担し、押し切られた。
代わりに水槽の方は「日本の好きにしろ」という事で、こうなった。
「最初のフライトの飛行士は、カイワレ大根やもやししか食べられませんな」
「それも、最初の収穫のものは、遺伝子調査や栄養素の確認の為に、一度地球に送って研究室でOKが出なければ食べられない。
最初の飛行士は専ら育てるだけで、自分の収穫は数少ない、辛い立場だよ」
「いやいや、役割は割り切れば良い。
農業のプロと料理のプロは違うだろ?」
そう言うのはフランス側スタッフである。
「前々から思っていたのだが、フランスは三ツ星シェフ級を訓練して宇宙に行かせるっての、
あれ本気なのか?」
秋山の質問に
「本気に決まってるだろ!
だからゴリ押しして、我々の食べ慣れてる野菜にしたのだ!」
いつものヘラヘラ顔でないフランス人がそこにいた。
「いくら弱い重力を作るとは言え、出来た野菜は地球に比べ味が薄いかもしれない。
自然とは異なる造られた環境での生育で、エグイ味があるかもしれない。
我がフレンチシェフこそが、そういう味の違いも乗り越えて、良い料理が出来るのだ!」
「待て!
それはフレンチシェフに限らない。
バジルやパセリやトマトやマッシュルーム等、我々イタリアンの方がよく出来るだろう!」
途中参加(是非にと言って割り込んで来た)のイタリア側スタッフがフランスを抑える。
「イタリアは後から入ったから、料理人の宇宙飛行士教育はしていないだろ?」
「ナメるな!
目途が立ったから参加したのだ!」
「え? マジ?」
「マジもマジ」
アメリカ側スタッフとロシア側スタッフは、どうでもいいという表情で、モニタ越しに両国の論争を眺めている。
彼等は「どっちでもいいよ、俺たちは食うだけだから」と思っているからだ。
「スケジュールを決めましょうか」
秋山がネットワーク越しに関係者に呼び掛ける。
まず第1陣のチームを選抜してから計画はスタートする。
「こうのとり改」1号機よりも2号機は滞在可能期間が長いし、補給機による水・酸素・燃料も補充が出来るから、以前よりも長い40日程度を想定する。
いきなり無重力での農業等、無謀に過ぎる。
全く同じサイズの模擬環境で、実際に栽培をするのだ。
経歴や口はともかく、やらせてみたら駄目な人もいるので、何チームか編成し、同時に試してみる。
バイオハザード室の出入りの手順も体に慣らして貰う。
目途が立ちそうならば、第2~8陣を決める。
ここにはフランスとイタリアが求める「専属料理人」を乗せる。
引き続き農作業や水槽の管理をするミッション・スペシャリストも乗る。
あとは宇宙船の操縦を行う本当の飛行士が1~2名。
もしも別なミッションも同時に行う場合、飛行士1とミッション・スペシャリスト1名。
この4人で40日間、「宇宙基地料理人」の食事を摂りながら生活する。
第何陣になるかは分からないが、最終チームとその前のチームは、農業設備や水槽等を、持ち帰られるだけ地球に送る作業を行う。
短くて1年、長くて3年宇宙に置いていたそれらの機材が、どう変化したかを調査する為、持ち帰られるものは持ち帰る。
生物汚染を起こさない為に、落下するまでの期間船内放置するのではなく、持ち帰る事で船内を可能な限りクリーンにする。
そして軌道を維持出来ず、落下する際はアメリカのガンマ線照射衛星で内部を完全に無生物とし、そして「宇宙船の墓場」ことポイント・ネモに墜落させる。
「第1陣の選抜と、それと宇宙に行く料理人の選抜をしなければならないね」
秋山の言葉に、待ってましたと表情を綻ばせる仏伊。
しかし、彼等の思うようには進まないのだ。
ダークホースが出現する事を、今の仏伊は予感していない。
「まあ、何にしても世間で流行っている病気がひと段落したらだな。
今は予算を、疫病対策に回さざるを得ん。
こんな時期に、宇宙から変異した細菌を持ち帰るかもしれない、なんて発表したら、我々は袋叩きに遭うな」
一同は頷いた。
準備は進めるが、しばらくペンディングにせざるを得なかった。