バイオハザードを起こさないと言っても、アメリカはこの目で見ないと信じない
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
小野は本来B社に常駐し、改良型「ジェミニ改2」の進捗や問題発生時の解決を、日本側と連絡しながら対応する役を担う。
しかし、彼も何故か生物汚染対応の研修を受ける事になった。
一つには、B社の開発が順調で、小野が居なくても特に問題無い事がある。
既に完成している機体に、椅子をもう一つか二つ持ち込み、それ用に酸素タンクや二酸化炭素除去フィルターの設計をし直し、バランス配分を崩さないようレイアウトを考えるだけなので、楽と言えば楽なのだ。
2人乗りから最大4人乗りになった事で起こる、非常時の脱出の困難さ(特に増設組)や、湿気対策、不快にならない距離の確保という問題もあるが、
「重量増加やむなし」
「許容範囲であればサイズ増加もやむなし」
を日本側と掛け合って許可させたから、日本側と話して議論となる箇所は無くなっていた。
小野はB社の仕様・設計・製作の日本側スペシャリストであり、バイオハザードによる非常事態が起きた時の、狭い「ジェミニ改2」内での行動マニュアルや、「ジェミニ改2」内の機材でどれだけの事が出来るのか纏める必要があり、それでバイオハザード対応の研修を受ける。
……というのが名目であり、実際は日本で研修を受けた職員の案内役に駆り出されたのであった。
自分よりも年上、他部門、上役の案内とか、コミュニケーション能力に難がある小野には、結構辛い事だった。
「入所2年目のペーペーにこんな仕事させんなよ!」
とボヤくも
「ペーペーだから雑用にこき使われてんだよ。
まあ、秋山さんだって研修受けてる上に、
フランスだロシアだってのと書類交換し、
総理に進捗や仕様変更を納得させ、
流石に宇宙に予算使い過ぎと文句を言う与党の議員に呼び出されて釈明とか、
君以上に胃を痛めてるよ。
交代してみる?」
小野は首を横に思い切り振る。
そんな面倒な事、まっぴらごめんだ!
と同時に引っかかった。
「文句言ってるの、与党っすか?
野党じゃなくて?」
「それ、聞かなくても2年前まで日本に居たなら、理由は想像つかない?」
言われてみりゃ、そうか。
だが、与党?
「外貨準備高から出してるとは言え、別な事に使いたいって言う、普通の利権争いを与党内ではやってるからね。
閣議で使途は自由に決まるから、総理を止める為に秋山さん呼びつけて、不要である理由を引き出したいみたい」
「国際プロジェクト化しつつあるから、反対派先生も段々黙らざるを得なくなって来てるけどね」
その国際プロジェクト化が、職員たちを渡米させた理由でもある。
アメリカは、日本の基準が低水準なものではないと認めつつも、自分のとこで訓練していないと安心出来ないというのだ。
さらにアメリカは、検疫に関しても注文をつけて来ている。
日本の宇宙ステーションの農場だから気付かなかったが、それを打ち上げるロケットをアメリカのにした以上、アメリカ国内に外国から植物の種や、場合によっては土壌中の生物を持ち込んでしまう。
アメリカからしたら「外来生物」の検疫が必要になる。
また、ミッション終了し大気圏再突入させて海洋投棄する日、ガンマ線で全生物殺処分するとは言え、
「外来生物をポイント・ネモに送るような事は無いようにしないと」
と言う。
具体的には「ワカメ」である。
この日本固有種の海藻は、バラスト水に潜んで世界各地に運ばれ、そこで繁殖する、各国から見ての厄介な外来種である。
日本人は「食えばいいじゃん」と考えるから危機感が薄いが、各国では「ヒアリ以上に厄介」と見做されている。
海洋の生態系保護の為にも、いくら離れているとはいえニュージーランドや南極の沿岸を守る為にも「取り扱い注意!」と念を押された。
「流石に海水作って、その水槽を維持するのは今回はしない。
より扱いやすい淡水、それも清流を再現して実験する」
「水耕や水槽系は日本から打ち上げる。
アメリカには持ち込まない」
とプロジェクト取り纏めの秋山は日本から説明する。
だがアメリカは
「水槽で水草繁殖させると有るが、品種は?
川海苔?
ジュンサイ?
レンコン?
それらのデータを送れ」
と疑い深い。
挙げ句の果てには
「どうしてアメリカで食べているような、一般的な作物にしないのかね?」
と文句を言われたが
「小麦、ジャガイモ、大豆、トウモロコシ、タマネギ、いずれも土壌や根粒菌等を必要とするので、まずは基礎実験をクリアしないとダメでしょう。
ロブスター、ムール貝、オイスター、そういうのは海水ですから、地上ですら下手な人間はアクアリウムを維持出来ない代物です。
まずは淡水からですな。
牛や鶏はもっと後ですね。
肉にするより、フレッシュなミルクや卵を望むところです」
秋山はそう返した。
アメリカ側も、検疫の面倒臭さに愚痴を零しただけなので、それ以上深くは追及しなかった。
一方で、
「我々も農業系の宇宙飛行士を出したいと思う。
いつか来る、大規模農業の為にね。
受け容れて貰えるよね!」
と言っても来た。
農業系の宇宙飛行士?
否、穀物メジャー系宇宙飛行士なのだ。
もしも宇宙で量産が可能と見たら、その兆候を掴んだ時点で日本・フランス・ロシアを止め、自分たちが主導権を握るよう国に働きかける。
宇宙での農業に関しても、日本がアメリカに優先するのは許す気が無いようだった。