これを打ち上げたら、しばらくはアメリカからの打ち上げ期間に入る
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「ジェミニ改」16号機が打ち上げられた。
この打ち上げは、予定を前倒しし、漁業で使用出来なくなる期間ギリギリのものであった為、職員が漁師さんのとこに日本酒を持っていって、納得して貰ってのものだった。
まあ日本酒だけでなく、懐がお腹一杯になる饅頭込みなのだが。
そんな訳で、今回の飛行の後は、しばらくはアメリカからの打ち上げとなる。
第二の宇宙基地、内之浦は有人機用にはなっていない。
第三の宇宙基地を現在国内調整中である。
だが、第三(種子島、内之浦に続く主要基地)、第四(ロシアとの関係で作る高緯度で特殊軌道用の基地)の基地は未定だが、第五の基地はあっさり決まった。
ミクロネシア連邦が「過去に使っていた所をまた貸しますので、今度は平和利用して下さい」と言って来たのだった。
ミクロネシア連邦チューク諸島、古い呼び名ではトラック諸島。
旧日本海軍の一大拠点があった場所だ。
そこの飛行場等インフラを整備した上で、使用し、そこに金を落として欲しいという事である。
そこには
ミクロネシア連邦「金銭的に豊かになれば、独立を叫ぶチューク州を黙らせられるかも」
チューク州「金銭的に豊かになれば、我々の主張も通りやすくなるかも」
と相変わらずの政治的思惑塗れなとこもあったが。
その基地は建築中であり、まだ当分は種子島基地を使用する。
今回の16号機は、先に「こうのとり改」1号機にドッキングしてロシアのプログレス輸送船を待ち構える。
今回はロシア機の方が軌道変更を繰り返しながら「こうのとり改」までやって来る。
ロシア式ドッキングポートを持たない(最初から設計に入っていない)「こうのとり改」故に、ロボットアームでプログレス輸送船を把持し、ハッチを開けて手動で補給をする事になる。
「ロシアの宇宙船、結構速いからね」
ISSで船長を務めた本職の宇宙飛行士からの忠告である。
ちなみに、日本独自の宇宙飛行士はアメリカではB級ライセンスという事になっている。
ISSには行く事は出来るが、長期滞在不可、往復の宇宙船の操縦不可、船長就任不可である。
どうしてか?
ISSで正式に働ける、宇宙船を操縦出来るA級の宇宙飛行士は
・訓練期間が数年に及び、その中には「ジェミニ改」で行われる訓練も含まれる
・基準語としてロシア語も習得している資格がある
・協調性の試験として数ヶ月の多国籍メンバーとの閉鎖空間での生活訓練を終えている
必要がある。
「ジェミニ改」は訓練機であり、これ用の宇宙飛行士は訓練生からちょっと上程度の扱いなのだ。
自動車に例えても、第一種普通自動車免許のドライバーと、第二種の大型自動車第二種免許を取得して3年以上の経験が無いと認められない業務従事者では違うだろう。
日本のは「ロシア語は任意」で「数ヶ月の閉鎖空間での訓練」は無しなので、宇宙飛行士としては格が落ちるのだ。
もっとも、日本と協力する周辺諸国だけで完結するなら何の問題も無い。
市内で通勤や買い物用にしか自動車を使わないドライバーに、営業用の大型バスの免許は「有っても良いが、別に絶対必要なものではない」ようなものだ。
ここ最近、ロシアとの関わりも増えたので、ロシア語も必須にするかとか秋山が言っているが、反対も多い。
まあ一個分かるのは、こちらはロシアに気を使うが、ロシアは決して日本に対して気を使わず、自分を押し通して来ることだ。
なので、プログレス輸送機もロシアが軌道を変えた、「把持」用の取手をつけた事が珍しいくらいで、後は「軽く衝突する勢いでドッキングする」のを調整はしないだろう、というのがISS経験者の忠告だった。
そして軌道を日本に合わせる事も
「今回は例外で、次回からはやって来ないだろう」
と言う見込みだ。
だから、日本から打ち上げるのがしばらく止まる為、今回は今年最後の機会という事になる。
今回のミッションは、橋田飛行士が前回のリハーサル通り船外作業を担当し、前回飛行の名誉回復、風呂でのぼせた山崎飛行士がフォローを行う。
その前に、山崎飛行士も船外活動の訓練をして、どちらでも大丈夫なようにはする。
「のすり」2号とまずドッキングし、「こうのとり改」を目指す。
今回の「のすり」2号は1号機のように大きな荷物を宇宙に運び出す必要が無い為、一々船内を真空にする必要が無い、拡張型セミソフト式エアロックを搭載している。
ソフト式とセミソフト式の違いだが、
ソフト式は多少硬質の風船を宇宙空間に向けて膨らませるもので、
セミソフト式はソフト式の外側にフレームがある、言わば提灯を伸ばすようにして拡張する。
ソフト式はサイズを自由に設定出来るが、
セミソフト式は外部フレームによってサイズが制限される。
だがソフト式は強度の面でやや問題、というより飛行士には恐怖感があるようで、
フレームによって一定の強度は保証されるセミソフト式の方がしばらくは良さそうだ。
いずれにしても、折りたたんで壁面に小さく設置出来る為、今後の発展させ方次第で、打ち上げ時よりも宇宙船を大型化させられる有用な技術である。
さて、「ジェミニ改」16号機と「のすり」2号と「こうのとり改」がドッキングし、「のすり」からは拡張エアロックが宇宙に伸び、準備は整った。
そこに地上から嫌な通信が入る。
『プログレス輸送機の打ち上げが延期になりました。
10日から20日かかるそうです。
君たちの出張は1週間から、最大で3週間に伸びます。
場合によっては、何もせずに帰って来て貰います』
橋田、山崎両飛行士は文句を言ったが、彼等に忠告したNASAのA級飛行士たちはこう言うだろう。
「ロシアなんだから、こんな事、織り込み済みだろう」