とりあえず何をやりたいかが決まってもいないのに、政治の都合で宇宙飛行士になれって、どの国も似たようなものですな
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
国際宇宙ステーションISSは、建築費の出資比率、人員・物資輸送への貢献度、提供モジュール、提供機械等で使用率が決まる。
例えば日本は、実験棟「きぼう」を提供し、出資もしていたが、生命維持装置や居住区、電源をアメリカに頼っていた為、アメリカの使用出来る比率が50%近くあった。
更に、組み立てや倉庫への物資運搬をカナダのロボットアームに頼る為、カナダも5%程使用率を持つ。
ところが、宇宙ステーション輸送機「こうのとり」の運搬と、これまでスペースシャトルでしか出来なかった宇宙空間に設置する大型機器の輸送を担当する事で、貢献度が上がった。
特に事故を起こしたスペースシャトルが使用出来ない時期、及び退役後で、しかも民間宇宙機が無い時期に稼働していた事で、貢献度のポイントは高かった。
宇宙ステーション計画への発言権は増した。
某国がISSに間借りして実験したいと言っても、もう割り込む余地は無い。
可能なのは、大金を出して「飛行して宿泊しました」程度のお客様扱い程度。
実験したい場合、利用権を持っている日本なり欧州宇宙機構なりアメリカなりに頼んで、彼等の持っている比率内で好意的に割り込ませて貰う事になる。
ただ、自国で有人どころか無人でも衛星打ち上げ能力が無く、人の輸送も、物の運搬も他国に依存するのでは優先順位は下げられる。
政治力があって、口うるさい国でもこんな扱いだ。
財力も無く、政治的にそれ程この分野では発言力が無く、技術力も無い国は「まず基礎研究からしたい」といっても参入出来ない。
正直どの国も今更、かつて日本が航空技術の研究を禁じられた以降に、ペンシルロケットから再開発したような事は出来ない。
そうやるよりも完成品がもう安く出回っているのだから。
なので、急激に宇宙関係の技術を伸ばし、アメリカやロシアを唸らせ、放置するよりは「一緒にやりませんか」となる程レベルアップしないと、宇宙ステーションにはお客様か国際交流の象徴としてしか入り込む事は出来ない。
そこで敷居が低く参入可能な日本独自宇宙ステーション計画がクローズアップされる。
使用権は日本が8割以上なので、日本と話をすれば足りる。
高度な実験はISSで行う為、比較的低レベルの実験でも参入可能だ。
むしろ日本の総理の方から
「うちを利用してみませんか?」
等と言って来る(一部の国を除き)。
その為、タイ、フィリピン、ベトナム、インドネシアがそれに応えた。
数人宇宙飛行士の候補を送って来た。
彼等を訓練して欲しい、という事である。
「で、何の実験をしたいんだろう?」
秋山の疑問に誰も答えられない。
具体的には何も無いからだ。
そして、何も無いという事を誰も聞いていない。
何となく「多分、何も予定は無いだろうなあ」と感じ取っている。
それはそうだろう。
災害対策、景気対策、疾病対策で宇宙なんか見ていなかった国に、ある日突然
「宇宙飛行士募集してるんだけど、応募者出してみませんか?
今がチャンスですよ!
もう今回しか募集しないかもしれない!
今ならお金もかかりません!」
とテレビショッピングもビックリな勧誘をされたなら
「本当に金もかからないのなら、どうせなら誰か派遣しておくか」
となるだろう。
送って来た候補生は、ほぼ全てがミッション・スペシャリスト志望の学生である。
語学が出来て、目的のある、研究系の大学院生たちである。
一部ISS案件な実験も有るが、製薬会社や有名大学程の本格的なものではなく、博士論文以上、有名科学誌や工学誌掲載論文未満の「研究員としては良い実験、そのまま発展すれば、産業に繋がる」というようなものであった。
ぶっちゃけ、日本の学生研究よりは優秀である。
参入障壁でISSまではいけないが、もう少し進めばアメリカの方からスカウトが来そうだ。
「そういう優秀な人材の教育を、日本が税金でやっちゃうわけ?」
「そうなりますね」
「機構だってそんな予算潤沢な訳じゃないのにね」
「そうっすねえ……」
秋山たちは、個人レベルでは優秀な学生を見て、そう思った。
ただ、彼等は自信に満ちている訳じゃない。
「日本で宇宙ステーション利用する研究募集していて、応募はしたんだけど、これから一体何をしたらいいんですか?
それ以上に、本当に宇宙に行けるんですか?
私、ずっとポストドクターのまま、どこにも行けなくなるって事無いですよね?」
彼等の期待だけでなく、日本人ミッション・スペシャリストの研究の為にも、どうにか「こうのとり改」2号機(長期利用想定)や「こうのとり改」3号機(1号機を強化し、最大6人生活可能にする、研究用モジュールは別にしてドッキング可能)等を開発、打ち上げないと。
これらの開発にも時間はそれなりにかかるが、作っている間にすべき事もある。
「はい、将来を不安視する前に、宇宙に行くって想定で訓練!
宇宙に行くには、ただのお客様だって一応脱出訓練や減圧に対する訓練を受けるんだ。
最長半年のミッションを行う君たちは、もっと厳しい訓練をするから!
その上で、宇宙で行えるように実験の手順や、機材の改良を自分から纏めたりするように。
いいか!
国に頼るな!
国はテキトーな事言って、丸投げしてくるだけだからな!
我々が一番よく知っている!
君たちには協力するから、自分の立身出世は自分の努力ですべし!!」
こうして外国人飛行士たちの訓練も始まるのだった。