最初の11人
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
JAXAもNASAも、同じ名前のをモデルにした似て非なる機関と思って下さい。
JAXAは金が足りない。
無論、NASAと比較しての話ではあるが、それにしても足りない。
ある技術実証機は、イオンエンジンの試験をすれば良かっただけなのに、
「ついでだから小惑星まで飛行しよう」
「小惑星まで行ったなら、ついでだから表面物質を採集しよう」
「表面物質採集したなら地球まで持ち帰ろう」
「それらの任務が終わったら、折角だから木星軌道まで移動しよう」
等と、アメリカなら「ついで」一個で1ミッションになるものを、全部一回で済ませようとした。
流石に最後のミッションに至るまでに満身創痍になってしまったが、それ以外は「技術実証機が科学探査機として遜色ない」結果を出したのだ。
非常に安上がりではあるのだが、一回で何でもかんでもさせようとするのは失敗リスクを高める。
実際、その次の惑星探査機では、その惑星の衛星軌道投入時に「初挑戦のエンジン」を使おうとして失敗し、数年かけて再度衛星軌道投入を行ったものの、想定していた円軌道ではなく、長大な楕円軌道になり、観測手法を変えざるを得なかった。
今回の有人宇宙飛行計画は、政府の肝入りで予算は潤沢に着いた。
つまり「最初の打ち上げで、即有人を実行し、一発勝負で宇宙ステーションにドッキングして来い」等という無茶は無かった。
アメリカから宇宙船を20機購入する。
まず無人で打ち上げる(1号機)
その結果を踏まえて微調整する(2号機)
人間と同じ重量の人形と測定器を乗せて打ち上げる(3号機)
その結果を踏まえて微調整する(4号機)
-----(以上をアメリカの打ち上げ場で行う)-----
日本製ロケットに搭載し、無人で打ち上げる(5号機)
実際の運用と同じ態勢で無人機の運用実習をする(6号機)
-----(以上を種子島宇宙センターで行う)-----
アメリカ製ロケットにアメリカ人飛行士が乗り組んで有人飛行試験を行う(7号機)
アメリカ製ロケットにアメリカ人飛行士と日本人飛行士が乗り組んで有人飛行試験を行う(8号機)
-----(以上をアメリカの打ち上げ場で行う)-----
日本製ロケットに搭載し、実際の運用と同じ態勢で無人機の運用実習をする(9号機)
日本製ロケットに搭載し、アメリカ人飛行士と日本人飛行士が乗り組んで有人飛行試験を行う(10号機)
日本製ロケットに搭載し、日本人飛行士のみ乗り組んで有人飛行試験を行う(11号機)
日本製ロケットに搭載し、無人で打ち上げて宇宙ステーションとのドッキング試験を行う(12号機)
日本製ロケットに搭載し、アメリカ人飛行士と日本人飛行士が乗り組んで宇宙ステーションとのドッキングを行う(13号機)
日本製ロケットに搭載し、日本人飛行士のみが乗り組んで宇宙ステーションとのドッキングを行う(14、15、16号機)
-----(以上を日本の新宇宙基地で行う)-----
このような構想となっていた。
「あれ? 17号機から20号機はどうするんですか?」
スタッフから当然の疑問が出る。
号機としては上手く言えないが、
・地上実験機(アメリカ設置)
・地上実験機(日本設置)
・予備機(アメリカ待機)
・予備機(日本待機)
と、20機中4機は宇宙飛行計画には入っていない。
予備機の2機は、無人試験等で失敗した時に使用されるが、上手くいった場合は広報センターに置かれる予定だ。
「なけなしの予算で20機も買って、その内4機使わないんですか」
文句を言う日本側にゴードン氏が怒る。
「あの有名なアポロ13号の事故でも、物を言ったのは全く同じ仕様の地上機でのテストだった。
いくら頭の中で考えても、本当にそれが宇宙船の中で出来るかどうかは、同じ機体で同じ物資を積み、同じ服装で無いと確証を得られん!」
それでも日本側で文句を言いたいのは、20機買って8機はアメリカから打ち上げたり、アメリカに置かれたりする事だ。
日本が買ったのに。
アメリカに置く理由も、アメリカがテストする理由も分かるが、今一つしっくり来ない。
そして、有人飛行8回中、1回は全員がアメリカ人、3回はアメリカ人同伴、4回のみ日本人だけでの飛行となる。
困った事に、今になっても「何人乗りの宇宙船か」は確定していない。
日本側は4人乗りを主張しているが、製作するアメリカ企業側に派遣したメンバーからは「3人乗り、下手をしたら2人乗り」という報告が届いている。
総理が提案した「既存のロケットを使える、世界の有力なロケットの大体のサイズで、どれでもフェアリングを換えたら使える」というのを検討した結果、最大直径5メートルとなった。
だが、この最大直径5メートルは、そのまま使用出来る訳ではない。
低軌道で運用するだけなら、搭載予定の日米欧の主力ロケットなら、最低9トン、最大19トンを投入できる。
これはアメリカの最新有人宇宙船オリオン(直径5メートル)の重量21トンにやや足りない。
少し絞って10トンを切るくらいの宇宙船が良い。
これならば、現在は認められていないが、ISSとドッキング可能な高度まで使用出来る。
オリオン宇宙船の居住モジュールは直径5メートルで重量9トン。
数世代前のアポロ宇宙船の司令船は直径3.5メートルで重量5.8トン。
サイズ的にアポロ司令船寄りとなり、それに機械船がついて約8~9トンが良いところだろう。
そうなると、キツキツで3人乗り、少し余裕を持たせるなら2人乗りが妥当であろう。
無論、素材や電子機器の進化、軽量化によって、アポロより居住空間が快適なものになるだろうが、強化型ロケットを開発せずに既存ロケットとフェアリングで解決するなら、オリオン宇宙船と同じものは望めない。
3人乗りと想定し、3回のアメリカ人同乗時に2人の日本人が乗れるとして、のべ18人の飛行士が必要である。
バックアップクルーも想定し、36人の宇宙飛行士である。
ところで、機械はすぐに作れて、テストをクリアすれば同じ規格ならば全部大丈夫と見做せる。
人間はそうではない。
訓練に時間がかかるし、人数が多ければ多い程、訓練用機械や飛行士の状態を検査する職員の数も必要となる。
現在、地上職員ですら有人用の講習を受けている為、飛行士は多過ぎると手に負えなくなる。
そこで2人乗りと想定し、11人を先に選抜する事に秋山は決めた。
この11人を選抜する為に、50人程の候補者を集める。
上は「もう少し多くてもいいんじゃないかね」とか言ったが、基本この降って湧いた案件は秋山に丸投げしていた為、この人数を「第一次」とする事で承認された。
アメリカでもそうだったが、宇宙飛行士の訓練の初期的な部分を既にクリアしている、空軍、日本では航空自衛隊のパイロットに応募をかける事になる。
「空自さん、渋るでしょうね。
折角大金をかけて育てたパイロットを、訳の分からんプロジェクトに取られたくないって言って」
日本の自衛隊はどこも人員が足りていないので、宇宙飛行士に出せるレベルの優秀な隊員に抜けられたら困るだろう。
だが、民間の航空会社も含めるが、応募の伝手は少ないのだ。
出せる可能性のあるとこに、手当たり次第応募をかけてみた。
なんやかんやで150人が集まり、学力試験と健康診断で50人に絞った。
「アメリカならもっと集まるぞ」
と言われたが、この人数が集まっただけで十分だ。
定員割れの可能性すら覚悟していたのだから。
この50人の中から更に11人に絞る事になる。
そして、50人まで絞った段階で、自作・輸入を合わせて訓練用の機器が何とか間に合った。
アメリカ人スタッフにまず使い方をレクチャーして貰い、日本人候補者を訓練する事になる。
余談だが、NASAが現在ISSで仕事をさせている日本人飛行士については、日本の計画への転向許可は下りなかった。
日本の文部科学省もそれを望んでいない。
「失敗したら、折角の科学者が死んでしまう」
「ISSのミッションは何年先まで決まっていて、そこから彼等を外す事は出来ない」
という理由だ。
どうも、貿易不均衡解消の為に考えられたこの計画は、NASAも文部科学省も自衛隊も余り好んではいない。
それでも計画は進められるのであった。