おじさんたちの食卓
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
9日目、軟式拡張与圧ユニットから様々な機材を撤去し、空気を抜いて畳む。
再び「のすり」室内を真空にし、エアロックから拡張ユニットを外す。
そしてエアロックの外部ハッチを閉じる。
もう船外活動も、船外に拡張させる予定も無い。
実験、訓練、生活物資の内、持ち帰るものを「ジェミニ改」の貨物室に収納。
燃やして捨てるものは「のすり」にパッキングして固定する。
「ジェミニ改」のハッチも開き、初めて「こうのとり改」「のすり」「ジェミニ改」3機が同じ空気で繋がった。
9日間休眠モードになっていた「ジェミニ改」を復活させ、室温を戻す。
9日目にして、一番広い与圧空間となった。
この3機連結の様子も撮影する。
これは録画を持ち帰り、編集してサイトにアップする。
それが終わり、任務は終わった。
10日目の切り離しまでは自由時間となる。
「明日切り離したら、明後日の地球帰還、回収まで風呂は無いんですよね?」
橋田飛行士の問いに
「『ジェミニ改』にも小さいシャワー室は有りますが、まあ1日半なら風呂無しの方が良いですかね」
と山口飛行士。
ISSとかミールとかでは、毎日湯を浴びる贅沢はせず、身体を拭く程度である。
西洋人に比べ、体臭も薄いし、空調で汗をかかない室温であるのに、日本人は風呂好きである為、笑い話にされる。
山口、橋田両人はシャワーだけで良いと言っていた。
しかし最後にやはり
「一仕事終わりましたし、ひとっ風呂浴びたいですねえ」
と感慨が出た。
宇宙飛行士に選ばれているのが、飛行機での経験が
長く、それから訓練を受ける為、おっさん以上となるのは避けられない。
ベタつき、カサつき、耳の後ろのおっさん臭、色々流し落としたい気持ちになるのだ。
風呂はやはり大事なアイテムであろう。
……日本人限定で。
普通は「風呂の為に貴重な水を使うな!」であり、更に「他人が浸かった湯とか気持ち悪い」となるようだから、日本だと「風呂用の水は別に持っていくし、循環して使う銭湯方式」となる。
少人数、短期間滞在の強みでもある。
実験専門のミッションスペシャリストなら若い大学生とかでもなれるが、彼らなら数日間風呂に入らない欧米式でも大丈夫かもしれない。
おっさんでも、南極越冬隊とかは当直の日しか風呂に入れないような制限があり、それをこなしている。
長期滞在での水を極力使用しない方法、日本人ならではの肩こり首こり腰痛ふくらはぎの浮腫み取りなど温浴を求める欲望、両立させたいものである。
……そのように山口飛行士は報告書を纏めた。
地上スタッフは、より効率良く心身をリフレッシュさせる入浴剤と、長期使用に耐えるフィルター、少ない水でゆったり浸かった気分になれるよう人間工学を生かしたスーツの開発をする事になる。
最後の日、彼らは贅沢にケーキを食べた。
フリーズドライされているのを湯で戻す、パンやケーキを缶詰めから取り出す。
「いいじゃないか!
おじさんが甘い物好きでも!」
「? 橋田さん、誰に向かって言ったんですか?」
「いや、なんか叫びたくなって」
「疲れてますねえ。
まあ、おっさんが甘い物食べて変な目で見られるのは日本くらいです。
アメリカは原色のドギツイ色のホールケーキ一人で食べたりするオヤジも多いですが、健康に気を使う宇宙飛行士はそんな事は出来ません。
だからアイスクリームで発散させてます」
高温発生は厳禁だが、冷凍庫で持ち込むのは良い。
「ロシアの宇宙飛行士は、ロシアンティーで糖分補給しまくってます。
あれは宇宙食としては良いですよ。
お湯で戻すし、流動物だし、宇宙飛行士にも好評だし」
そういう2人は、次はあんみつに突入。
ケーキもだが、あんみつもタンパク質によるトロミの膜で、水が飛び散らないようにされている。
他にゼリー、プリン、餅と小豆も持って来ていたが、あんみつの後に、「今は無き新幹線風超硬度アイスクリーム」を食べた時点で「甘い物はもう十分」となった。
コーヒー、砂糖抜きに突入。
「お湯で作り、パックをチューチュー吸うのは、何か気分出ないですね」
「そうですか?
私はパ◯°コも好きだから、チューブチューチューは気になりせんよ」
「子供の頃好きだったポッキンアイスみたいで」
「ああ、チューペ◯トですね。
あれも宇宙食に使えますね」
「いや、コーヒーですが、ドリップ式もサイフォン式も夢のまた夢な感じですので、早く地上に戻ってあの苦くて香り高いの飲みたいな、と思いましたよ」
「でもうちの遠心分離機部門が、何か開発してるみたいですよ。
提案してみたらどうです?」
「何を作ってるんですか?」
「無重力対応チャーハン自動調理機。
なんでも、鍋を振るったらご飯が溢れるなら、鍋自体を回転させて人工重力作り、舞った米は中央から吹き付ける風で鍋に戻すと共に、油を飛ばすそうです。
試作品は出来て、私も味見しました」
「どうでした?」
「地上で食べるなら問題無し。
しかし無重力で食べるには、ご飯がパラパラになり過ぎているそうです。
そこで卵の量を増やし、もう少し下手な『自宅の焼き飯』風、くっつきご飯にしたらどうだって意見と、それは炒飯では無い!というグループの対立になりました」
「はああ……」
「日本には回転式自動調理機が既にあるので、それベースに開発するから楽ですよ」
「山口さん、前から気になってたんですが、
なんで日本は風呂とか飯に力を入れまくるのでしょう?」
「本格的な研究はISSでする事になっていて、やれる事が無いからです。
理論創薬とか無重力ならではの合金とか、『きぼう』実験棟でするんです。
生命維持装置の開発とか、ドッキングポートの設計とか、やりたい事はいくらでも有りますが、アメリカがさせてくれないのです。
正確には違いますが、まあそんな感じなので、アメリカがやらないような課題になると、一気に火が点くのです」
「なる程、です」
「だから、思う存分自分が望む物をリクエストして良いと思いますよ」
そして橋田飛行士は、遠心分離機と蒸気発生器を組み合わせた、遠心分離型スチームドリップ式コーヒー淹れ開発リクエストの要望書を書き始めた。
その横では山口飛行士が、ティーバッグを入れた飲料用パックに湯を入れて、紅茶を飲んでいた。
(紅茶党はこういう時楽なんだよねえ)
と、手元のダージリン、アッサム、ウバ等のティーバッグを見ながら思っていた。