宇宙で動画撮影
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
船外活動、2回目は山口飛行士の番であった。
彼はチェック項目を全てメモにしていたので、今回のバックアップクルーである橋田飛行士も助かっている。
彼等は地上で何度も訓練を受けて、船外活動とバックアップの手順は全部分かっているのだが、宇宙という特殊な環境で頭に血が上ると忘れてしまったりする。
そこでメモは中々重要なアイテムなのだ。
アメリカの飛行士でも、誤って「離脱」スイッチを押さないよう、「決して押すな!」というメモをスイッチに貼り付けておいた人が居たという。
山口飛行士は自身用の船外服を着用し、淡々と任務に当たった。
橋田飛行士のバックアップも上々で、山口は工具を持って暴露部まで移動する。
工具は、落とす危険性が高い。
重力下と同じ気分で工具箱に入れていたら、ちょっとした衝撃で宇宙に投射してしまう。
きちんとバンドに挟んで固定させる。
工具箱自体も紐で宇宙服と結んでおく。
機械船のある部分を開けて、コンセント(家庭用とは違うサイズと出力)をそこに差し込む。
電動ねじ回しを使い作業を効率化する。
この電動ねじ回しを使う時、右手に機械を持つなら、左手と足で掴まったり踏ん張りを利かせて、体が回転しないようにする。
これさえやれば、かえって手動のナット締めよりも楽なのだ。
組み立て作業は、やや長引いたものの、2時間以内に終了した。
荷物運搬用のロープも回収し、山口飛行士は船内に戻る。
2回目の船外活動もこうして終わった。
そして次は、船内からロボットアームを動かすテストを行う。
ロボットアーム先端部には、把持する物を映すカメラの他、自撮りが出来るカメラもついている。
窓からと、そのカメラを使って、ちゃんと想定通りの動作をする事を確認する。
これでやっと準備が整った。
橋田飛行士は、元々は航空自衛隊員ながら、転職して民間航空会社のパイロットになった。
この民間企業というのがマスコミには重要な事である。
彼は「中年サラリーマンの星」「転職して栄光を!」等と持ち上げられていた。
彼は現役自衛官だった者よりは勘が鈍っているが、それでも緊張を鎮める心や、非常時に最後まで諦めない姿勢というのは、ただのサラリーマンよりも余程上である。
でなければ「最初の11人」には選ばれない。
であるのだが、広報の頼みもあって、
「宇宙からの実況中継お願いします」
と仕事をする事になっている。
「宇宙船内からのフワフワ浮く画なんて、もう珍しくも何ともないでしょう?」
「え? 船内じゃないですよ」
「船外」
「そう、ロボットアームの先」
「へ?? 取り付けに失敗したらどうするんですか?」
「失敗しないで下さい」
という訳で、3回目の船外活動では、アームに乗って船外から自撮りカメラとアームのカメラを使った放送をする事になってしまった。
「あと、ちゃんと顔が見えるようにして下さい」
ヘルメットは、眩しい場合は金でコーティングされたサンバイザーを下ろせるが、それをすると顔が見えなくなる。
太陽を背に撮影する為、カメラ及びアームのライトを点灯するが、それで眩しいとか言わず、きちんと顔を見せる、笑顔を見せるように指示をされた。
(アイドルの気持ちがちょっとだけ分かった。
なんかステージ上の照明って、凄いし熱いそうだね。
そんな中で目を瞑らず、笑顔でって、僕に出来るかな?)
……なんて事を考えたりした橋田飛行士である。
「橋田さん、実は隠していたけど高所恐怖症だった、とか無いですね?」
「無いですよ。
どうかしました?」
「撮影中、地球が上に見えるので、下に見えている時は安定していても、大地が上に見えるような状況では急に緊張するパターンもありますからね。
訓練では大丈夫でも、本番はダメとかも聞いておかないと」
「大丈夫です。
何なら、手の上に地球を乗せるイン〇タ映えする画にしてみましょうか」
「それはお任せします。
くれぐれも気を付けて下さい。
命綱、ハーネス、それと足や空いてる手はしっかり固定。
飛んでしまった場合はEMUで救助に行きますけど、それでも方角や速度では二次災害になるから、行けない場合もあります。
その場合、僕は見殺しにしますからね」
残酷だが当然の発言である。
そこは橋田も覚悟しているし、注意しろという山口の親切心として理解した。
撮影スケジュールは、
・90分前:エアロックに入る
・70分前:宇宙服装着完了、酸素は宇宙服からに切り替え
・65分前:船外に移動
・60分前:リハーサル
・45分前:リハーサル終了、別立て動画(10分×4本)撮影
・5分前:待機
・0分:オンエア
・15分後:日本との交信終了、撮影終了(残酸素35分の予定)
・20分後:船内に帰還(残酸素30分の予定)
・25分後:与圧完了、任務終了(残酸素25分の予定)
と酸素残量には余裕を持って行う。
万が一事故が起きた場合、
・エアロック閉鎖、与圧に5分
・宇宙服とEMU装着に5分
・緊急エアロック開放(0分)
とバックアップクルーの出動に10分かかる為、そこから追いついて、船に引き返す時間を考えると、酸素残量に余裕がある方が良い。
地上を交えて打ち合わせをする。
喋る内容も大体は決めておく。
それで船内リハーサルを行い、15分の交信時間の枠に収まらせる。
脚本がある訳ではないが、台本というか進行表は作られた。
そして自撮りカメラを持ち、橋田飛行士はエアロックに入った。