宇宙(そら)は広いな大きいな
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
橋田飛行士が宇宙服を着て「のすり」に入った。
むしろ宇宙経験のある山口飛行士が良いのでは?
冷静で粘り強い山口飛行士は、むしろ緊急時にパニックにならないバックアップクルーの方が良い。
細かな異常でもすぐに見つけ、相手を落ち着かせて安全な態勢に誘導し、冷静に相手を救える。
2人しか居ない宇宙ステーションにおいて、船外活動をする飛行士の身体情報を見ながら、飛行用の計器も見られるし、初回において彼が中に居た方が安心である。
すぐにその冷静さは分かった。
橋田飛行士がエアロックに入り、命綱を船外服に付ける。
「準備完了、減圧して下さい」
そういう橋田飛行士に、
「減圧の前に、『ジェミニ改』側のハッチを再確認して下さい。
こちらからは大丈夫と見えますが、再確認を」
と反対側のハッチのチェックを促す。
行こうとする橋田飛行士に
「命綱は一回外して下さい。
行って、戻る間にねじれて、絡まる可能性があります」
と指摘。
ドアの閉鎖確認、命綱再装着。
「では減圧します。
異常があったらすぐに手を挙げて下さい。
こちらでもモニタリングしてますが、貴方の判断が一番です。
一回その状態で手を挙げられるか、やってみて下さい」
そう言って、ちゃんと動ける事を確認後、減圧を行う。
「各種モニタ映り良好。
酸素、二酸化炭素、濃度に問題無し。
船外服内気圧一定。
やや緊張して脈拍が多いです。
出るのは落ち着いてからにしましょうか」
減圧してエアロックを開けられるが、一旦落ち着かせている。
そして
「エアロック、施錠解除。
遠隔操作で開きます。
万が一に備え、開ける瞬間は捕まっていて下さい」
秒読み開始し、宇宙への扉を開ける。
「オールクリア。
バイタルも平常やや上まで戻っています。
いけますか?」
「大丈夫です。
緊張はするなって方が無理ですから、これくらいは緊張していた方がミスしないでしょう」
「了解です。
それでは行って下さい」
橋田飛行士は船外に出た。
思った以上に地球が眩しい。
(凄いなあ)
そう感じながら、タラップをしっかり握り、「こうのとり改」の暴露部まで進む。
暴露部の伸縮する「観測装置設置」用パネル。
このパネルに観測機器扱いでアームを取り付ける。
その準備で、取り付け箇所までロープを持って来て、フックで引っ掛ける。
こうする事で、ロープを伝えてロボットアームの部品を「落とす」事なく運び、作業中も置いておける。
まずはこのロープを引っ掛けるだけの単純作業を行う。
簡単な作業な筈なのだが
(あれ? 手袋がまた膨れて来た。
さっき空気抜きした筈なのに)
それは体温と日光により温められた為であった。
二度目の空気抜きをし、動かしやすくなった手袋で無事に設置場所にロープを固定出来た。
橋田は来た時と同じ、足を先に後ろから船内に戻る。
一回「のすり」内に戻った時に、山口飛行士から聞かれる。
「何でバックから戻ったんですか?」
「いや、その方がエアロックに足から入れるから良いかな~と」
無重力だから頭から突っ込んでも問題は無いのだが、山口は橋田のやり方に任せた。
特に問題がある方式でもないので、指導するべき事でもない。
緊張している相手に、余計な事言ってストレスかけるべきではない。
「了解しました。
次も気を付けて」
ロボットアームの基部、アーム部分、先端の把持部とパーツは3つに分解されている。
それぞれをロープに通し、1個ずつ運ぶ。
無重力とは言え、質量がある物を動かすのにはそれなりの力を必要とする。
動かし始めと、止める時には。
慣性運動に入れば特に力は必要としないが、ロープを通しての移動なので、船体にぶつけたりしないよう、パーツ毎に1つ1つ運ぶ。
意外に時間がかかる。
3つ運び終えた時には100分が過ぎていた。
「予定は2時間なので、一度引き返して下さい。
ご苦労様でした。
ロープは『のすり』のタラップの一個に結んでおいて下さい。
すぐには解けないように。
出来ますか?」
「問題ありません」
「ではお願いします。
与圧室でお待ちしています」
ロープが船内から張りっぱなしではエアロックを閉鎖出来ない。
運搬はもう終わった以上、一回「のすり」船内から外して、外で結んでおく。
その作業が終わって、橋田飛行士は足から丸いハッチの中に入って来た。
「障害物無し。
エアロック、遠隔操作にて閉鎖します」
音も無く丸い口は外から閉じられる。
そしてスライド式の扉で、中からも閉じられる。
「エアロック閉鎖を確認。
これより与圧しますが、船外服内の酸素残量はあと25分程でよろしいでしょうか?」
「はい、24分分残っています」
「では与圧します。
1気圧になるまではそのまま待機して下さい」
与圧に成功。
「お疲れ様でした。
ヘルメットを外していいですよ」
真っ先にヘルメットを外すと、たった今充満した新鮮な酸素を吸う。
そして宇宙服を脱ぐ。
(手袋、空気入れないと外れないな)
袖に吸着して外れない手袋に空気を入れると、所定の動作でロックを外し、更に中の皮手袋も取って、蒸れた手を乾いた船内空気に晒す。
(気持ちいいなあ)
もう大丈夫なので、「こうのとり改」から山口飛行士も出て来て、宇宙服を脱がす手伝いをする。
そして所定の位置に、次も着られるよう、全ての装備を置いて固定する。
「はい、お疲れ様でした。
じゃあ、武士の情けで私は『こうのとり改』に戻りますので、集尿器は蓋をきちんとした上でその袋に入れ、下着まで履き替えてから戻って来て下さい」
そう言ってからニヤリと笑って、
「集尿器、使いました?
次は私の番ですから、私もどうなるか、聞いておきたくて」
かくして最初の船外活動は終わった。