15号機打ち上げ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「ジェミニ改」15号機が打ち上げられた。
「ジェミニ改」は種子島宇宙センターからだが、今回はもう一機、拡張パッチのテスト機兼貨物輸送機兼エアロックの使い捨てモジュールが軌道上で待機している。
日本で製作した技術実証機を、種子島には余裕が無かった事から、アメリカ民間宇宙企業にロケットを発注して打ち上げたのだった。
規格が一緒なので、日本とアメリカで同時に打ち上げたものを軌道上でランデブー→ドッキングというのも訓練に含まれている。
今回の計画は、技術実証機を使った軌道上ランデブー、「こうのとり開発」との三連ドッキングがメインではない。
船外活動が最重要ミッションである。
まだ、日本では船外活動用の宇宙服が完成していない。
そこでアメリカの宇宙服を使用する。
その宇宙服と、今回は14日の滞在を行う為、必要な荷物、モジュールそのものをエアロックとして利用する為に空気の注排気で10回は使用出来る装置、「こうのとり改」にドッキングする際に使う操縦装置と、色々積み込んでいる。
「ジェミニ改」の内部貨物室では全然足りない。
「H2Bか、次のH3の強化型が使えたら、同時に打ち上げられる」
と秋山は考えている。
それは、そもそも日本独自で有人宇宙船を作ろうと有識者を集めて細々と計画を立てていた時の、ISS輸送機HTV「こうのとり」有人機版、HTV-X有人化と似ている。
ロケットの先端部に帰還モジュール、その下に機械船、その下に居住区兼貨物室という構成で打ち上げ、軌道上で「居住区」「帰還部」「機械船」というソユーズと同じ形に組み直す。
中国の「神舟」もこの形式で、割と合理的なのかもしれない。
一方のアメリカは、帰還モジュール自体が巨大で、居住区を十分に兼ねている。
当初の日本独自の計画だと最初から4人乗りで、居住区も大きく、最終的に月探査用の長距離型改修もしやすかった。
……有人機にする意味有るの?っていう疑問があって、危険を伴う有人化には強いリーダーシップが必要だったのだが、そのリーダーシップが「アメリカから買うよ」という形で発揮された結果が「ジェミニ改」だったのだが。
まあ、帰還モジュールという一番重要な部分を、何度も実験する予算と打ち上げ日程を確保出来なかったから、「こう出来たらいいねえ~」という理想を出なかったのも事実。
帰還モジュールに関して、実績のあるアメリカ製を、実験の為だけに打ち上げをするのを「金の無駄」と言わずに「当たり前の事」としてやってくれるアメリカで、何度も事故に見舞われた経験から確立したアメリカの検査をクリアした上で採用するのは、手っ取り早いと言えばこの上なく手っ取り早かった。
かくして、今後の「ジェミニ改」の運用のいくつかは、HTV-X有人化計画と酷似した「使い捨て居住区を前面に付けた」方式で行われる事になる。
今回の船長は、8号で既に宇宙経験のある山口飛行士、任務に対する粘り強い取り組み姿勢が評価されている人物である。
2人目は、マスコミに「中年サラリーマンの星」と注目された橋田飛行士がついに登場。
このコンビで飛行に挑む。
打ち上げ翌日、「こうのとり改」15号機は、技術実証機「のすり」1号を発見する。
「のすり」は猛禽類のノスリの事。
小型でかつ得物を運ぶ能力が高く、太陽電池パネルを拡げた形から、打ち上げ後にそう名付けられた。
ノスリは学名「Buteo japonicus」、英語名「Japanese buzzard」で、「日本の宇宙船」である事を示せる名前でもある。
「こうのとり改」と比べ、直径は同じだが長さは3分の1強しかなく、簡易生命維持装置しか積んでいない。
貨物と宇宙服で壁面は埋められている。
だが
「居住区が別にあるだけで、随分と広く感じられる」
と飛行士の感想は上々である。
ドッキングし、後方に位置する「ジェミニ改」から前方は見えにくい為、2人とも居住区に移動し、そこの操縦席(無重力用なので、保護用ゴムを巻いただけの鉄パイプが椅子、轡状になったフットレストで体を固定する簡単なもの)で操縦する。
今まで「ジェミニ改」だけで操縦していた為、重心が異なるドッキング後の編制は感覚がまた変わる。
それ故、本来すぐに「こうのとり改」とドッキングすべきところだが、この状態での操縦訓練をこれから24時間行い、その後に「こうのとり改」とのドッキングに向かう。
訓練時間24時間は少ないのだが、「無人機同士でもドッキングさせる技術は日本に有る」ので、16号機では「こうのとり改」延命措置を行う事もあり空き日程も無く、未熟でもドッキングを行う。
(やろうと思えば無人機同士でドッキング出来るから、有人宇宙飛行って意味有るの?って言われるんだよな)
有人機でありながら、未熟で失敗の公算が高いと判断した場合、自動ドッキングで行うという自らの判断を秋山は「矛盾している」と感じていた。
そう、日本は「おりひめ」と「ひこぼし」という技術実証機で、軌道上の無人機を人が管制しない「自動モード」でランデブー&ドッキング&再分離を成功させた、「当時世界的にも確立されていなかった最高水準の技術」を持っている。
やろうと思えば「人はただ乗っているだけ」で「自動化された宇宙船が全て操縦する」事も可能。
だからこその「有人飛行って本当に必要なの?」という疑問であり、
だからこその「あえて手動モードをふんだんに取り入れた訓練機」であるかもしれなかった。