(最終話)それから……
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
20XX年、いよいよ火星有人探査が開始された。
とはいえ、いきなり人間が火星に行く訳ではない。
地球から火星に行き、そこから帰って来るまでに数年がかりとなる為、極地法的な物資集積を行っている。
極地法、それは困難な山に対する登山方法で、まずは安全な地点にベースキャンプを設置、そこから連絡のとりやすい距離に前進キャンプを何個も設営、それぞれのキャンプ地に必要物資を運搬し、そこの物資を使いながら最終的に少数の隊員が頂上を目指すやり方である。
登山だけでなく、それこそ南極大陸の調査でも行われた。
月のような頑張れば3日で戻って来られる距離ではない火星までの行程。
連絡の取りやすい距離に前進拠点を置くのも、地球・火星ともに公転しているから無理だ。
そこで地球軌道上にベースキャンプを置き、そこで物資を積めるだけ積んで火星を目指し、火星の衛星軌道上に設置した宇宙ステーションに到着後、そこを拠点に火星地上に予め落としておいた基地へ降り立って、そこから調査にかかる。
そういう計画だ。
火星の軌道周回ステーション及び、火星表面のベースキャンプ、この建設計画で旧「こうのす」のチームは大いに活躍する。
地球に近い場所は問題無い。
単なる倉庫的なもので良い。
しかし、長旅の果てに辿り着き、それから地球帰還へ最短ルートとなるまで火星に留まる飛行士たちには、快適な生活空間が必要であろう。
「やはり風呂を!」
「それは水を大量に使うから却下だ。
どれだけの量を必要とするのか、分かっているのか?」
「日本の設計だと、再利用もするし、それ程使わないのだが」
「日本人の風呂にかける執念は、古代ローマ人のそれと同じくらいだと理解している。
だが、ほどほどにしてくれ……」
「火星表面は地球の38%程だが重力がある。
設計次第では、空気の対流、湯の対流を使ってちゃんと料理が出来るな」
「素晴らしい!
スプリンクラーを設置した上で、フランベとか熱燻製とかも可能になるな!
料理の幅が広がるぞ」
「気圧さえしっかりしていれば、パスタもだ!」
「チャーハンをちゃんと鍋を振って作れるな!」
「ストップだ、日仏伊!
そこに余り気合いを入れ過ぎるな!
キッチンなら良いが、レストランを火星にオープンする計画は無いぞ!」
「……これだからアメリカは良くないんだ」
「……湯煎で、予め柔らかくしておいたフニャフニャの歯ごたえ無きパスタを食う気か?
彼等はアルデンテという概念を理解してないしなあ」
「歯ごたえがある、腰がある、そういう麺は良いですなあ」
「いや、日本もナポリタン等というケチャップ塗れの柔らかパスタを食べる時点で、よく分からない部分もあるのだが」
「シャラップ、日仏伊!
だから食い物に異常に気合いを入れるんじゃない!」
「そうだ。
紳士たるもの、紅茶とマーマイトが有れば生きていけるだろう」
「……イギリスも黙ってて。
それに比べれば、日仏伊に共感するから」
「食事も良いが、やはりサウナだよな」
「フィンランド! お前もか!
まったく、日本が快適生活の為に色んな国を巻き込んだせいで、こんな事に……」
と言いつつ、何か嬉しそうなNASA関係者。
昔のような活気が戻って来た。
ちょっと暴走気味ではあるが、彼等も引くべきはわきまえているから、最後はきちんと常識的な仕様に落ち着く。
やれる事、やれない事、今は無理でも将来目指したい事、様々な話題があって楽しい。
(月に人類を送った時ってこんな感じだったかもしれないな。
今、多種多様な人材が集まり、興味深い意見が出て、それを形にする。
なんと面白いのだろう)
アメリカの元大統領、日本の元総理が宇宙に行ったのも、宇宙産業の活性化に繋がった。
民間の宇宙ホテルの開発、これにJAXAの元技術者が数多く引き抜かれている。
有人宇宙飛行計画の初期、人手が足りなくなると予想された為、大幅に人員を増やした。
本来ならJAXAに入所出来ないレベルでも登用した。
故に、宇宙で納豆をとか、深宇宙探査の為のサブスペース実験をとか、様々な妄想もとい意見が出た。
その時はそれが求められた。
日米合同のプロジェクトに昇格して以降、本来のJAXA職員、つまりかなりの優秀な人材が引き継ぐ事で、増員された者たちは脇役に追いやられる。
しかし、数年に渡りプロジェクトに関わり鍛えられた者たちは、他所に行けば立派にやっていける。
そういった者たちが、民間宇宙企業で宇宙ホテルなり宇宙リゾートなりの開発に携わっている。
「ここは楽園だな!」
彼等もまた生き生きとしていた。
そう、宇宙関係の技術者にとって楽園とはアメリカの事である。
そんなアメリカから、念願叶って帰国する者もいた。
「小野君、本当~~~~に長い間、お疲れ様でした!
やっと帰国出来るね!」
入所以来長い事アメリカに放牧されっぱなしだった小野は、本人の要望が叶ってついに日本での勤務を勝ち取った。
数十年海外で放置され、その社員が居た事すら忘れられるようなブラック企業よりは、忘れていない分だけマシと言えた。
彼は秋山が上司としてアメリカに赴任し、事務仕事を全て引き受けてくれるようになった後も、望む仕事は出来なかった。
「どうして翻訳、仕様書作成、マニュアル作成等と書類仕事ばかりなんですか?」
「上流工程のプロジェクトリーダーとはそういうものです!
他人に誤解の出ない資料を作り、進捗管理をする事が仕事なのです」
「どうして現場技術者の段階を経ずに、こんな事になっているんですか!」
「諸種の都合からいきなりアメリカでの纏め役になったのは、済まないと思っています。
しかし、そういう立場の人間を一介の技術者にするような降格人事は出来ないんです」
「いっそ致命的なミスでもして、降格されましょうか?」
「そんな事したら、事務仕事に左遷しますよ」
「ああー、もうー、どうしてこうなった?」
そんなアメリカ勤務から、日本本国勤務に戻った小野は希望の部署に配属されるも、色々と愕然とする。
「あの、予算の数字の0が2つ程足りないんですけど」
「アメリカの予算と一緒にするな」
「経費精算の項目が一々細かいんですが、包括的に出来ないんですか?」
「アメリカだってしっかり数値管理していただろ」
「いや、税理士に任せていたので……」
「ここは日本だ。
自分でやるように」
「こんな少ないテストで、ぶっつけ本番に近い事するんですか?」
「何度も何度も試験する予算は無いぞ。
この回数でクリア出来るようにするものだ」
「無理じゃないんですか?
このエンジンは新技術ですよね?
そしてこの制御装置も、また新思考の技術ですよね?
宇宙で使うのが初めての機械を2つも一緒に使うなんて、不具合起こったらどうするんですか?」
「それをどうにかするのが我々JAXAだ!」
日本において、無茶振りを現場の努力でクリアしなければならない日々は、まだまだ続く。
(完)
後書き:
初期作は「小説家になろう」の投稿機能を確認する為のものだったので、
本作は本気で書いた2作目、「コンビニ・ガダルカナル」に続くものでした。
「コンビニ・ガダルカナル」はエタらずに中~長編を書き上げる事を目的に書きました。
本作は日常系に近いので、終わらせない事を目的に書いていました。
それで「毎日更新は、複数作を抱えると難しい」「自分の知識も古かったり、間違っているのが結構ある」と教えられながら投稿を続けて来ました。
2019年3月からどうにかここまで書き続けられたのは、自分的には嬉しい事です。
構想として「政治的な事情でどうにか有人宇宙飛行を達成する」「日本独自の宇宙ステーションを作るならどうなるか?」「芸能人の宇宙旅」みたいなのは、別々の話として考えていたんですが、この作品に纏めました。
「芸能人宇宙に行く」は当初、女性アイドルグループの売れていない子がテレビ番組の企画で
「一発逆転を賭けて、宇宙でコンサートをやりましょう!」
(その様子を放送し、泣いたり落選したりするのを見せれば儲かるな)
で頑張っていく物語にするつもりでしたが、
「専門知識もなく、グループにもよるが基本的に体力も劣り、過酷な現場に行くと泣いてしまう、歯を食いしばっていくにしても、その場の限られた物でどうにか出来ると思えない」
ので、それが出来るオッサンアイドルたちに置き換えました。
あと「無茶振りした本人を宇宙に送って、夢は叶うが酷い目に遭う」は、物語の最後の話にしようと去年か一昨年くらいに決めてました。
そして終了は「組織は発展・吸収される」とする事。
いくら「終わらせない」のが目的で長編を書くつもりでも、続けていく内にネタが尽きて来ますし、惰性だけで書いていても読んでいてもつまらなくなって来れば駄目だと思いましたので。
全516話、1話あたり2000字程度とはいえ、何とかここまで続け、ここで終わらせられてホッとしています。
(この間、8本の連載、3本の短編を書いては終わらせてます)
今までの愛読ありがとうございました。
他の作品もよろしくお願いいたします。
SFもまた違う話を書きたいなあ。




