前大統領襲来
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
遅刻は大物の証みたいに言われる事もある。
格下が待ち、格上は遅れて登場、そして格下が出迎える構図となる。
ロシア大統領は遅刻の常連で相手を待たせている事が多いし、外交の場で露骨に遅刻して「わざと」相手が自国のトップを出迎える姿をテレビで放送させる極東の某国もある。
アメリカ前大統領も、大物ぶった態度は取るが、今回はどこまでそうなのか分からない。
個人的に日米の前首脳は友人同士だし、ビジネスマンである前大統領は無駄なスケジュール遅延を好まない。
大体、日米の力関係が分かり切っているので、あえて大物ぶった態度なんて取るまでもない。
だがわざとスケジュールを微妙にする事はある。
いつ打ち上げか、どこで打ち上げかを分からせない、セキュリティ上の配慮はあり得る。
当初日本に知らせていた予定すらダミーで、本当は別の日という事も有り得るのだ。
敵を欺くにはまず味方から、とも言うではないか。
そして日本は、待たせても案外怒らない(対相手が格上でかつ利益がある場合に限るが)。
ちなみに、日本の総理大臣とアメリカの大統領なら、大統領の方が格上だったりする。
アメリカに限らず、大統領の方が上になる。
日本の場合、総理大臣より上の扱いの方がいらっしゃる訳で。
という理由はともかく、前総理は酷い宇宙酔いが長引く中、前大統領の訪問を待ち続けていた。
この間、前総理の具合は一向に良くならない。
それでも地球との通信、特に映像が出るものでは
「日本国民の皆さん、お元気でしょうか。
実は私は余り元気じゃないんですね。
宇宙酔いっていうのが酷いんですよ。
私は宇宙滞在が長引いてしまいました。
この宇宙酔いっていうのは、中々辛いものなんですねえ」
と笑顔で言ってのけている。
オフタイムでは無表情でどよんとした目をしているのに、映像では顔に血が集まっているのもあり、ちょっと赤いむくんだ顔ながら、ハキハキと喋り、生気に溢れた目をしてみせる。
(この辺、プロだなあ)
秘書役の筒井飛行士は感心していた。
このオン・オフの切り替えは、前大統領の打ち上げ後にも発揮される。
前大統領の宇宙旅行は
「打ち上げ成功しました。
今、向かっています」
という結果報告で分かった。
「本日打ち上げます」という事前報告はついに無かった。
そして、無事に軌道に乗って通信が可能となると、早速移動中のオリオン・ゼロから「こうのす」に連絡が入る。
「待たせてすまなかったね。
本当に他意は無かったんだ。
私と君との仲だろう」
前大統領の発言に対し
「気にしていませんよ。
私は念願の宇宙飛行を、こんなに長時間楽しめたのだから、謝罪は無用です」
そう返す。
数分前まで宇宙酔いが治らずに自室で寝込んでいた人とは思えない。
顔がむくんでいるから分からないが、食欲が余りにもなく、本来はゲッソリしている筈である。
それでもスイッチが入ると元気になって饒舌になる。
これは前大統領が「こうのす」にやって来ても同じであった。
一応前職だから、現職を迎えるような儀礼は行わない。
パフォーマンスでしかないが、「臨時公使」ダン・マツバラ飛行士が、アメリカ国歌をスピーカーで鳴らしながら前大統領を出迎え、握手する。
そしてすぐにドッキング済みの大統領専用モジュール「スペースフォース1」に入ると、そこに前総理が訪問した。
最初は、ちょっと先に「こうのす」に来た前総理が前大統領を出迎える形にする筈だったが、スケジュールが押した為、待たせた前総理に更に出迎えをさせるという「無礼」をアメリカ側も遠慮した。
そこで、見た目的には前大統領が前総理を迎える形の映像にしたのだった。
この辺の調整を、即席秘書の筒井飛行士が行った。
(宇宙で秘書なんて必要無いだろ、って思ったけど、必要だったようだ。
にしても、もしかして外務省はこうなる事分かってたんじゃないだろうな?)
外交上の機密情報は外に出て来ない。
最初から前大統領の日程が流動的になると分かっていて、想定ではなく折込済みで、こういう役割が必要だからと言って来た可能性もある。
邪推はここまでだ。
今は雑談をしているが、もう少ししたら強制力こそ無いものの外交が始まる。
形式的にも、記録係としても立ち会わなければならない。
その内容は、公式発表されるもの以外は口外出来ないものだ。
外務省というか、省庁の縦割り行政による情報共有が出来ていない事に文句を言っている場合ではない。
やはり言えない事は言えないのだ。
「こちらの執務室は素晴らしいですね」
「そうだろう!
分かってくれると思った」
「我が国で作った執務室と比べると、キャデラックと小型車程の差がありますよ。
小型軽量で優れたものを作るのは我が国の自慢ではあります。
しかし、大型で優秀なものを作れるのも素晴らしい事です。
日本には、それを作れても打ち上げる能力は無いのですから」
お世辞9割、事実に即した愚痴1割ってところだろう。
褒められて前大統領も嬉しいようだ。
だが、こういうおべんちゃらだけで終わらす為に彼等は宇宙まで来てはいない。
実務家の前大統領は、無駄は嫌いである。
「じゃあそろそろ宇宙ならではの話をしようか。
それが終わったら……」
「そうですね。
宇宙ならではの映像を地上に送りましょう。
我々2人が、地球を足元に置いている映像を。
特にあの国とか、あの国とかを遥か天空から見下ろしている姿を」
「そうだ。
その為にこそ来たんだ。
我々の技術力を見せつけ、お前らは遥か高見にいる我々から見下ろされる立場だというのを、分からせる映像を撮る為にな」
かくして前首脳会談が始まった。
人為的国境が無い、リアルタイムで地球が見える中で、現在の環境問題の虚実、地形や気象等視覚的に分かるものを見ながらの国際情勢分析と戦略について話したようだが、それは外には漏れない話であった。
筒井飛行士はその後も何も語らない。




