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実際の運用

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

「ジェミニ改」14号機は打ち上げられた。

今回は日本人のみの飛行となる。

予定通り、丸一日かけたドッキング訓練を終え、前回よりは簡略化した宇宙ステーションとの空気や温度交換の後、尾方飛行士が先に宇宙ステーション内に入る。

念の為にマスクを持っていったが、

「大丈夫です、酸っぱい臭いしてません」

という、地上スタッフを安心させる一言が入る。


電話ボックスのように、壁のドアを開けて出入りするトイレルーム。

「大丈夫だね」

と言いつつ、しっかり便座カバーをし、脱臭剤を置き、ゴム手袋を挟んでいく点、尾方飛行士の潔癖さが見える。


同じように壁の中にある浴室。

ここにサウナスーツ(Space bAth UNit for Astronaut:SAUNA)を置く。

無重力だから、縦置きでも問題無い。

空気吸引式になっているシャワールームの中に入るサイズで、ここを最終防水ラインにする。

外部ユニットまでは浴室内に入らないので、パイプを伸ばして室外に置く。

やや邪魔。

だが、入浴中の体についてもモニタリングする必要がある為、浴室は開けっ放しの方が何かと都合が良い。


尾方飛行士は、ずっと山崎飛行士の様子を見ている。

「宇宙酔い、してないよな?」

心配していると言うより、実験対象の調子を観察しているだけである。

(まあ、谷元さんも3日目に発症したようだし、明日注意だな)

と思うが、一方で体調を悪くさせないよう、宇宙食は食べたくない時に無理強いせず、生姜湯とかを飲ませて済ませていた、

ドSとか言われても、元自衛官らしく任務優先で、他人をいたぶるとか変な実験台にする事は無いのだ。


そしていよいよ入浴となる。

これも実験で、「普段はシャワーです」という尾方飛行士も今回は入浴する。

しかし彼は、特に熱めを好むとか、湯船に浸かってじっくり温まるというものの、欲が極めて少ない為、モニターしている地上開発班にとって面白い人材では無かった。

予定の10分より早く、7分で出て来た。

「ちょっと熱くないですか?」

そう言って水を飲む。


この言葉が重要だった事に、この後すぐ気づく事になった。


山崎飛行士は、生姜湯を飲んで、薄い汗をかいていた。

汗を流す意味もあり、サウナスーツを装着する。

湯を入れて貰う。

温度は39℃。

やや熱い、いや温いか?

それくらいの良い湯温。

だが山﨑は

「尾方さん、何度に設定しました?」

「39℃」

「悪戯で温度高くしてないですよね?」

「してません」

「分かりました。

 生姜湯飲んだからかもしれませんね」

山崎飛行士はそう言うと、眼を瞑り、湯浴を堪能する。

彼は尾方飛行士に比べ、長風呂である。

訓練中は一度眠ってしまい、尾方飛行士に文句を言われている。

その尾方飛行士が山崎飛行士を見ていて

(いつもより汗が多いな)

そう感じた彼は、水パックと、スポーツ飲料と同じミネラルを固めた錠剤を溶かしたものを用意する。

 体温とか脈拍とかは計測しているが、危険を知らせる警告(アラート)はまだ出ていない。

 それもその筈、熱は表面よりも中に籠っていた。


「いやあ、熱い!

 すみません、出ますから手伝って下さい」

尾方はすぐに排水ボタンを押し、浴室の換気スイッチも入れ、ジッパーを下げてサウナスーツから出た山崎飛行士にバスタオルを渡す。

その時は普通に見えた。

彼はきちんとバスタオルで体を拭いていた。

そして水パックを手渡すと、受け取って立っている。


「ドライヤーは浴室内で。

 濡れた頭で出て来ないで下さいね」

返事が無い。

無重力だから、倒れるという事は無く、浮いていた。

 モニタの脈拍計が警告(アラート)を出す。

 むしろ風呂から上がってから、急に脈動が増えている。

(あ、これは危険だ)

そう見ると尾方は、予め用意しておいたスポーツ飲料を無理やり口に突っ込んで飲ませ、

「聞こえますか?

 聞こえてますか?」

と体を固定して呼び掛ける。

万が一の事を考えて、身体を揺すったりはしない。

「……聞こえてます。

 ……気持ち悪い。

 ……なんか一気にのぼせましたよ」


無重力で頭に上がる血の量は増える。

そんな状態で、いつも通りの入浴をした為、脳に温まった血が巡った。

すると熱を下げるべく汗をかく。

さらに山崎飛行士は生姜湯で発汗作用が高まっていた。

そして風呂から出た時点で、のぼせと若干の脱水症状、要は熱中症になったのだ。

顔の汗の量から、緊急で水分とミネラルの補給に思い至った尾方飛行士のファインプレーとも言えた。

山崎飛行士は、ヒ◯ピタを頭に貼り付けて休んでいる。

尾方飛行士は山崎飛行士の健康状態を計測し、地上管制センターに状況を報告、テキパキと後始末をしている。

3時間後、山崎飛行士復活。

地上でも安堵の溜息が出た。



翌日、2人は予定をこなしていく。

地球を何周もし、日の出と日の入りを90分毎に繰り返している為、感覚がおかしくなっているが、日本時間ではそろそろ夜だ。

尾方飛行士は

「今日は夜番だから、先に風呂使います」

と言い、シャワーを浴びる。


彼がドライヤーをかけて浴室から出て来ると、山崎飛行士がサウナスーツの用意をしていた。

「……何してるんですか?」

「あ、次風呂入るから、その準備」

「昨日、死にかけたのに?」

「あれはすみませんでした。

 でも、あれはあれで良い経験です。

 今日はほら、心電図のとか、電極つけてるんで、モニターしながら入浴するし、水温下げて時間も短くするから、大丈夫でしょ」

「……いや、山崎さん、タフですね。

 自分は恐くて、それ使う気にならないんですがね」

「確かに、ちょっとそれは有りました」

「ちょっと????」

「ですが、これくらいで風呂は捨てられません!

 人類の進化の為です!

 今日も協力お願いします!」

聞くと、地上スタッフも医師待機で監視態勢に入っている模様。

(風呂にかける執念、恐るべし……)

そう思いながら、入浴モニタリングに協力する尾方であった。

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