打ち上げまでのカウントダウン
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙旅行で宇宙ステーションに宿泊するとなると、行程は往復だけではなくなる。
某SFテレビドラマの宇宙戦艦艦長役の宇宙旅行のように、往復の宇宙船に入ったままなら特に問題は無い。
だが既に長期滞在隊がいる宇宙ステーションに入るとなれば、その人たちに感染させない配慮が必要となる。
流行病の病原体を持ち込み、蔓延させてしまったならば、宇宙ステーションは全区画で滅菌再処理せねばならず、最悪では汚染されたものとして廃棄する事になる。
昨今の流行病については「あれはただの風邪と同じで、過度に恐れると経済を委縮する」という意見の前大統領も、例えただの風邪であっても放射線の飛び交う宇宙ではどう変異するか分からないし、滅菌に失敗して破棄ともなれば損害賠償ものだと説明されれば、最もコストパフォーマンスの良い「病原体を持ち込む心配がないと判断してから宇宙行き」に納得するのだった。
かくして宇宙機関にとっては通常のルーティーン、隔離観察を行う。
その間にも準備は着々と進められている。
前職同士といえど、首脳同士が会うとなればこれは外務省マターだ。
もしも宇宙ステーションがどちらかの個人的な所有物ならば、特に問題は無い。
私邸への訪問、招待という形式になるからだ。
だが宇宙ステーションは公的な施設。
そこに外国人が入り、話し合うとなると「私的」では済まなくなる。
ましてこの様子は、時差こそあれど世界に中継されるのだ。
外交儀礼に沿った行動も必要となる。
宇宙船の性能、与圧室の大きさなんかはアメリカの宇宙船の方が遥かに上だ。
ならば日本の前総理がアメリカの宇宙船をチャーターすれば良いのだが、それでは
「アメリカに入国→宇宙船内はアメリカ国内扱い→日本所有の宇宙ステーションに再入国」
という事になり、何かと面倒だ。
とりあえず宇宙ステーション関係は、協定に沿って「宇宙飛行士」登録とする為に入国チェックとかは無いが、それでも一回出国する手間とか、
「一国の首脳が他国の専用機で外交の為に出発するのは好ましくない」
という見栄もあって、手狭でも日本が所有する機体で宇宙に行く。
前回来た政府関係者から、マツバラ料理長は信任状を渡されていた。
「在日本宇宙ステーション『こうのす』臨時公使」という役職のものを。
つまり前大統領が宇宙ステーションに来た際に、出迎える役割である。
アメリカ大統領が横手基地に乗りつけた際も、大使が出迎えるのが慣例だ。
前職だからそこまでの儀礼は必要ないが、
「世界に中継するし」
「前大統領が望んでいるから」
で、こういう茶番に付き合わされる羽目になった。
前大統領は宇宙ステーションに入ると、そのまま大統領専用モジュールに移動する。
一応「宇宙飛行士」扱いなので、宇宙ステーション内は自由に動き回れるが、あくまでも「公式」にはそのまま大統領専用モジュールに「滞在」という事になる。
もし仮に、宇宙飛行士としての訓練ゼロで、協定に定める「宇宙飛行士」として登録する条件を満たさなければ、彼は「こうのす」船内を自由に移動出来ず、アメリカ所有のモジュール内のみに留まらざるを得なくなる。
日本所有、アメリカ所有、日米共同所有、日仏伊の共同所有という区別がある為、自由に動き回るには協定で定める条件をクリアする必要があるのだ。
(協定で定める条件をクリアして、「こうのす」やISSに滞在する資格があると認定されれば、一々国の所有に拘らずに移動出来る、というかそうしないと不便で困る)
日本の前総理は、宇宙ステーションに入ると、改めて前大統領を「招待する」という形式を取る。
こうして食堂において晩餐会とまでは言わないが、食事会が開かれる。
この時のメニューについて
「予めどのような料理を出すか、提出して下さい」
とマツバラ料理長は日本の外務省から言われていた。
「私はアメリカの公務員なのか? 日本の官庁の嘱託なのか? どっちなんだ?」
とボヤいていたが、日系アメリカ人の彼が宇宙飛行士に選ばれた理由の一つがこういう使い勝手の良さである為、ボヤくに任せていた。
周囲も本人も、そういう事だと理解しているのだから。
こうした宇宙でのスケジュールがギリギリまで調整されている。
というのも、アメリカの打ち上げ基地(機密の為、ケープカナベラルかどこか別の空軍基地かも明らかにされていない)や種子島(機密どうこうより、ここか鹿児島県内之浦しか宇宙基地は無いし、内之浦では大型ロケットは打ち上げ不可)の上空の天候次第で、打ち上げは延期となってしまい、日程が大幅にずれるからだ。
どちらが先に「こうのす」に入るかも流動的である。
場合によっては食事会は中止もあり得る。
会ってすぐに帰還だってあり得るし、その逆、滞在が長引く場合の対応もある。
そういう事務方の調整が引き続き行われているし、前総理に随行する筒井飛行士は「秘書兼SP」である他に
「実際に宇宙で行われた前総理動向について、つぶさに記録するように。
外交プロトコルから逸脱していないか、余計な約束をしたりしていないか、記録しておく必要がある。
言った言わないの揉め事を回避する為にも、記録係が必要である」
として監査官の仕事も押し付けられていた。
「ああー、面倒臭い!
こういう事をしたくて宇宙飛行士になったんじゃないぞ」
軌道上と地上とでボヤく声が聞こえる。
そんな中、いよいよ日本の前総理、アメリカの前大統領が宇宙船に乗り込む時間がやって来た。




