最終訓練
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「いわゆる出来レースってやつだよなぁ。
俺ぁ前総理よりも爺ぃなんだぜ。
いくら俺の評価が高くてもよぉ、年齢を理由にあいつが選抜されるって筋書きなんだろ?」
元財相はべらんめえ口調で、口が悪い。
だが間違った事も言っていない。
そして悪意は全く無い。
この人、前総理の盟友であり気心が知れている。
社会人経験もある為、実質一社入札であっても「それだと競争が働いていない」として、選考落ち前提で入札に入るような仕事についても知っている。
「俺ぁ引き立て役の相見積もり役なのさ」
こう訓練中から言っている為、JAXA職員も苦笑いせざるを得ない。
現在、最終選考に残ったのは前総理以外に2人。
一人はこの老政治家で、もう一人は野党から選ばれた。
若手の議員で、与党に比べて人材不足という側面はあっても、党の役員とか参議院の委員とかもやっていて、格としてそう悪い議員でもない。
「私が選抜に相応しい成績を叩き出して、それでも宇宙行きになれなかった場合は、JAXAと与党との癒着を糾弾する!」
なんて息巻いている。
「では、もし本当に宇宙飛行士に選抜されたなら?」
この記者たちからの質問に
「え?
あ……。
まあ、その場合は行きますよ。
ん~……、私では首脳会談にはならないから、アメリカの思惑には反するでしょうがねぇ……」
と歯切れが悪くなる辺り、どうも前総理を叩く事を前提にやっているようだ。
「俺は未来の総理だから、格として申し分ねえ、とでも言っておけばいいのによぉ。
あれじゃ前総理ぶっ叩く為にやってるって丸わかりだろうがよ。
今一小者感が抜けねえんだよなあ」
またまたJAXA職員が苦笑いするしか無いような事を言う元財相。
「それでもあいつはよぉ、俺や前総理よりも学歴は上なんだよな。
頭良い事に変わりはねえ。
あんたら、学部は違うだろうけどあいつの後輩もいるだろ?
難儀な事だよなあ」
「ハハハ……」
「で、どうだい?
大先輩ってのは扱いにくいもんかい?
それとも多少は我慢して貰えるもんかい?」
「人によりますね」
無難な回答に対し、元財相は
「違えねえ。
ま、あいつは我が強えから、お前さんたちが振り回される方だろうな」
と更に苦笑いするしか出来ない事をズケズケ言って来る。
最終訓練は、本物の宇宙ステーションを模した訓練機で、実際に3日間宿泊をして行う。
この時のチームが、そのまま宇宙行きのチームとなる。
ごくたまに例外として、組み合わせを換えた方が良いと判断され、再度の最終訓練を行う事もあるが、まずそういう事も無い。
というのは、最終訓練はスキルを見るものでは無いからだ。
無難に訓練を行う前総理は置いといて、元財相の訓練を見てみよう。
この人は自分の事を「当て馬」と言っているように、最初から宇宙に行く気はない。
だが、アリバイ作りの為にやっている事を理解し、訓練には協力的だ。
その上で、良い意味で力が抜けている。
「俺の秘書とか、後援会の奴等が来てるだろ?」
「はい」
「あいつらの手前、きっちりやっておかねえとな」
閉鎖空間での訓練中も、いくら「政治家は宇宙じゃ何も出来ないから、お荷物に徹して下さい」と言われていようが、カメラがある中でゴロ寝とかはしない。
飛行士の指示に従う、看護師に健康管理をさせる、と何もしていないけど、だからと言ってでくの坊のように突っ立っているようにも見せない。
「秘書さんたちは、先生が当て馬だって事は知らないんですか?」
「んー、知ってる奴は知ってるけど、知らん奴の方が多いなあ。
知った上で、どうせ利用されるのならこっちも利用してやれって言っててなあ。
選挙対策担当がよぉ、俺の雄姿を撮影して選挙区にばら撒くって言ってんだよ。
お前さんたちからしたら、部外者がうろついていて迷惑かもしれねえが、まあ勘弁してくれや」
「大丈夫です。
以前テレビ番組関係者の訓練をした時で慣れました」
「そうだったな。
俺たち以上に厚かましいし、一般常識が無え奴らを相手にしたんだったなあ」
またも笑えない事を言ってのける元財相。
その厚かましい人たちが、今回も取材と言って詰めている。
変な事を言っているのを聞かれたら面倒だ。
訓練の監視役も、その音声を外に漏らさないように音量低めにしていた。
「奴さん、取材陣が居るのが裏目に出るかもしれねえな」
元財相が呟く。
奴さんとは、もう1人の最終訓練進出者である野党議員の事である。
「どうしてそう思われます?」
「ふん、知ってて聞くとか、お前さんも狸だよなあ。
どうしてあいつが残ったのかを考えると、一目瞭然じゃねえか」
「いや、自分は先生の訓練パートナーであり、あの人を選抜した理由とか知らないんですが。
というより、自分に選考の権限は無いので」
「じゃあ、秋山ディレクターが狸って事だな。
若くて学歴もある。
格としてグッと落ちはするが、それでもギリギリ外国首脳の前に立てるくらいの格だ。
外国の方でどう思っているかはともかく、マスコミとか野党基準じゃそうなんだがな。
だから、あいつが落選して前総理が当選、格好の攻撃材料になるだろうな。
だが、絶対そうはならない。
そういう奴を、秋山ディレクターは選んでんだよ」
そう言って高笑いする元財相。
「まあ見てな。
張り切り過ぎて空回りするからな」
そう言った後で、鋭い目になってこうも語った。
「若手政治家ってのは世間じゃ人気だな。
だがなあ、政治っていう海千山千の世界じゃ、若いっていうのは経験不足とか人間が練れていねえってのと同義なんだぜ。
若くてもその辺が出来ている奴もいるけど、あいつは果たしてどうかな?」