サウナスーツ開発の過程
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
その意見は、「宇宙で入浴」という、外国人から見たらどうでも良い議論の中で偶然に出た。
(日本人一同「入浴はどうでも良い議題ではない!!」)
「どうせならサウナスーツでも着せて、汗かかせておけばいいんじゃないスか?」
宇宙ステーションの給湯器が余り高温を出さないよう調整されている中、江戸っ子というか「風呂は熱くねえと入って気がしねえんだ」という谷元飛行士の愚痴に対し、誰かが「そんなに汗かきたいんなら」という事で放った一言であった。
「それ、貰った」
「は?」
「サウナスーツさ。
あれなら持ち運びも楽だし、巷にいくらでも有る」
「成る程! あれを水密にして、湯を入れるのか」
「え? サウナって言うから蒸気入れるんじゃないの?」
「リアルサウナスーツにするの?
殺す気??」
「死ぬんですか?」
「あれはサウナ室が広いから成り立つんだよ。
ガチで蒸気充満させたら、良くて大火傷だからね」
「でも、入れる湯は相変わらず宇宙ステーションのぬるま湯しか無いですよ」
「中に電熱器入れて加熱すれば良い」
「電子レンジ方式は……」
「殺す気ですか?」
「ですよね! でも、電熱式も感電とか怖いかな、って思ってもので」
「それはあるけど、しっかり絶縁して、水には直接触れないようにして」
「サンプルいつ作れる?」
「簡単なので良ければ明日にでも」
「よし、今日は解散。
急いで作って!」
「よーーーーっし、今日は徹夜だぉぉぉぉぉ!!!!」
(なんで嬉しそうに徹夜宣言すんだよ!)
(働き方改革に逆行してますねえ)
兎にも角にも、家電量販店に調べに、スポーツ用品店に買い出しに行き、倉庫に何か使えるものは無いか探しにスタッフが走った。
翌日。
「被験者の松原君です」
一同拍手。
バスローブ姿、海パン1丁という有り得ない姿で会議室にいる、小野と同期の若手職員。
彼が、寝袋に入ってジッパーを上げる。
「あれしか無かった?」
「サウナスーツは、熱が籠りやすいだけで、水密仕様じゃないですからね」
ビニール仕立ての寝袋に入り、首元にゴミ袋を巻いて、下にビニールテープを貼って「疑似水密」を完成させる。
そこにホースからお湯を入れる。
「どう?」
「まだまだです」
「え? 随分パンパンになって来たけど……」
「空気が膨張してるんだ!
一回中止!!」
中の空気を抜く弁が必要と判明。
一回疑似水密を解いて、空気が出入りできるようにする。
「どう?」
「ああ、胸のとこまで来ました。
首のとこまで来ました。
ストップ!」
立った状態で上から湯を入れ、実験開始。
何人かがかりで、無重力を再現するかのように、被験者の入った湯袋を寝かせたり、起こしたり、逆さにしたりする。
「松原君、どう?」
「……気分悪いです」
「そりゃそうだ、ちょっと一回落ち着かせよう」
「でも、無重力じゃのぼせやすいかもしれませんね」
「逆さにした時、苦しそうでしたし」
「逆さにしたらそりゃ苦しいさ。
でも、一理はある。
無重力だからね」
のぼせ状態のモニタリングが必要となった。
「じゃあ、温度上げるよ」
「はい、いいですよ」
「じゃあ、行くよ」
数分後……
「どう?」
「足の方が温いままです。
電熱のある尻と腰と背中は、熱いっす」
「中で手でかき回せない?」
「上半身はいけます。
下半身は無理です」
「ちょっと寝かせてみようか」
「はい」
「どう?」
「ああ~、足の方にもいきました。
でも、すいません、ストップストップ!!」
「実験一時中断!!」
「どうした?」
「密着した尻と腰と背中が、熱いです。
もっと分散させて、肌から離さないとヤバイっす」
電熱器の設置、浴室内の対流が課題として挙がった。
「排水するよ」
「お願いします」
湯が抜けていく。
が、途中で湯の出が悪くなる。
「空気が入ってないからだね。
入れる時は空気を追い出す、抜く時は空気を入れる、それが必要」
空気弁について、さらに改修とされた。
「じゃあ、このお湯の再利用だけど」
「提案!
これ、宇宙ステーションの水再利用とは別立てにしませんか?
この量の水を一気に流したり、入れたりすると負荷が大きいんで。
水タンクと給湯器とろ過装置は別に用意した方が良いかと」
「どれくらいの大きさになる?
あまり大きいとダメだよ」
「ちょっとこちらの方で設計してみます」
「よろしく!」
かくして「宇宙湯浴着試作1号機」での実験は終わった。
「ぃよーーーーっし、徹夜だ、徹夜だ、徹夜だよぉぉぉぉぉん!!!!」
(だから、なんで嬉しそうに徹夜宣言すんだ!)
(働き方改革を打ち出してる総理が見たら、何て言うやら……)
1週間後……:
「大丈夫? 寝てます?」
「寝てますよ、3時間、フヘヘヘヘヘ」
(大学で好きな実験してハイになってるのと、同じ状態になってやがる……)
(若い時は72時間連荘麻雀とかやってもハイになるだけで、疲れませんしねえ)
「では、『宇宙湯浴着試作弐号機』です!」
「なんで、1から弐になった?」
「細かい事は気にしないで下さい!」
今度の弐号機は、水密はそのままに、外層と内層の間の加熱部分が大幅改良。
直接湯を沸かすのではなく、浴室内から水をパイプでくみ上げ、それを電熱器で加熱し、別な噴出孔から出すという、循環と過熱方法両方の問題を解決したものであった。
外部モジュールは
「ちょっと大きいね」
「重いよ」
と文句を言われる。
「水を抜いたら軽いですよ」
「水は別か」
「飲料用の大型ボトル一個分は使いますが、それだけです」
「うーーーん、許容範囲……内だな、ギリギリ」
「あと、外部モジュールでの湯沸かし自体は、IH料理器と同じ仕組みを使うので省エネでいけます」
「そいつは良い!」
「風呂の中では使えませんけどね」
「あと、このサンプルはフィルターか?」
「そうです。
低い温度で高温の入浴と同じ効果を得ようと入浴剤を考えたのですが……」
「フィルターのもちが悪いんだね、よく分かります」
「湯垢も着くしなあ」
「今、健康と入浴を科学する大手企業にタイアップを持ち掛け、どうにか出来ないか考えてます」
「でも、入浴剤は後でいいよ」
「うん、谷元さんも『湯布院がいい』とか『箱根の湯にしろ』とは言ってなかったし」
「入浴剤は後にして、もっと軽量化、もっと省エネ、もっと小型化を」
「了解」
「あれ? 松原君、どうした? おーい、松原君!!」
「あ、すみません。
なんか寝てました」
「危ないねえ。
まあ、首から上は湯の外だから、溺れる事は無いだろうけど」
「死んでたら分かりませんね」
「物騒な事言うな!!!!」
かくしてモニターやら、緊急排水の導入やら、様々な事を解決させていった。
完成版が出来た後、松原職員はボソッと言った。
「顔が痒くてもかけないのが厳しかったっすね」
職員が一斉に振り向く。
「それは良い意見だ!
次は解決させないと!!!!」
風呂に関して妥協という言葉は無いようだった。