SPたちの訓練
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
屈強なSPたちも無重力では勝手が違うようだ。
人間、割と「体重が重い方が強い」という面がある。
無論ただのデブでは大した事はないが、相応の筋力を持った上で体重の多い者は、相手を制圧する場合に有利であろう。
筋力を発揮する土台、足がしっかり地に着くからだ。
それが無重力では効果を無くする。
今回、「前大統領の生命を守る」訓練を宇宙ステーションで行うに際し、巨漢の前大統領と同サイズ・同重量の人形を持ち込んだ。
宇宙船でやって来たのは人間は6人だけだが、そういう人間1.5人分くらいに相当する人形や、訓練用の道具も一緒に乗り込んでいる。
その人形を抱えて移動する練習をするのだが、ここで「重い」事が必ずしも良くないと分かる。
慣性の法則というものがある。
運動の第一法則とも言う。
「物体は外部から力を加えられない限り、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける」
「巨漢の人間」という物体を、動かす方はまだ良い。
SPにはそれくらいの筋力はある。
しかし、動き出した物を制御する力において、地上とは勝手が違って来たのだ。
慣性質量が大きい程、その運動を変化させるのに大きな力を必要とする。
無重力で踏ん張る力が効かない為、これが中々上手くいかない。
その上、運動の第三法則こと作用・反作用の法則、「物体Aが物体Bに力を及ぼす時、必ず物体Bも物体Aに力を及ぼし、それは向きは反対で大きさは等しい」というのが効いて来る。
相手を動かした分、自分はその反対側に動いてしまうのだ。
相手が物なら良い。
相手が普通の人間でも良い。
相手がVIPとなると、ちょっと問題だ。
ハッチから出す際、勝手が違って頭をぶつけてしまったら……。
「ソーリー」と謝って、日本の総理なら許してくれるかもしれないが……。
「意味無いのでは?」と日本側では思ってしまう訓練に、射撃訓練もあった。
意味無いと思うのは平和ボケとも言える日本人くらいで、銃社会では「いざという時、躊躇なく使って生命を守る」認識である。
搭乗している宇宙飛行士にテロリストは居ないだろうし、テロリストが他の宇宙船をチャーターして乗り込んで来る事や、大統領専用宇宙船をハイジャックする事もまず考えられない。
それでも万が一の為にやっておくべきだ、そうアメリカは考える。
「確か日本のアニメーション映画でもあったよね。
政府高官が乗ったシャトルに、ハロウィンのカボチャや魔女のマスクをしたマフティー何とかというテロリストたちが乗り移って来たっていうのが」
「……あれはマフティーじゃない。
なんて言うか、清廉さが感じられない奴等じゃないですか」
「何か?」
「いや、何でもないです。
まさか、あの映画でこの訓練を想定したんですか?」
「あの映画で描かれた事は将来起こり得る事でしょう。
先んじてそういった事態への対処法を考えておかないと」
これは地上で、秋山たちとアメリカスタッフとの間で行われた会話だが、要はアメリカも「将来」を考えてまずは実験データを集めようとしている部分もあった。
「しかし、実弾練習を宇宙ステーション内では許可出来ません。
船外であっても、宇宙塵をいたずらに増やすようなのはどうかと」
「ミスターアキヤマの言われる通りだ。
だからちゃんとしたやり方で訓練するよ」
その訓練方法が、船外にやはり巨大風船を展開し、その中で射撃を行うというものだった。
この風船は、簡単に言えば銃弾の衝撃を吸収する素材を使っている。
風船と言っても、中に空気は入っていない。
銃弾の衝撃を吸収する素材とはいえ、それは完全に食い止めるものではない。
銃弾のサイズによっては、貫通を許してしまう。
その外側の金網で、速度の落ちた銃弾を受け止めて、軌道上に出してしまう事はさせないが、風船に空気が入っていた場合は穴から漏れる空気で、射撃練習ごと勝手に動いてしまうだろう。
だから拡張した後は、中は真空とした。
火薬には酸化剤が含まれている為、真空でも発砲は可能である。
ここでも作用・反作用の法則が牙を剥く。
足で踏ん張れる地上であっても、慣れない人が片手撃ちなんかしたら肩を脱臼する程の反動がある。
無重力ではその反動がより効いて来る。
「そんな事は分かりきっていたでしょ?
なんでデザートイーグルとか、パイソン357マグナムとか、どう見ても反動でかい銃を持って来るんですか?」
日本人のツッコミに
「銃は男のロマンだ!
風呂やトイレ、キッチン、そしてトレーニング機器に無駄とも思えるこだわりを見せる日本人にとやかく言わせん!」
と返すアメリカ人たち。
無論訓練には、普段彼等が使用するより小型の、装薬も普通から弱のものを使用していた。
それでも大型拳銃は一度試してみたかったようである。
「分かっていた事だが、宇宙では勝手が違う。
本気でレーザー銃でも開発しようか」
射撃場をボロボロにし、自身も反動で背後に叩き付けられ、アメリカ人たちはそう語り合っていた。
「ところで、もしもこの宇宙ステーションにハイジャック犯が来た場合、君たちはどう対処する?
何も無いわけではないよね?」
そう聞いて来たSPに、船長はとある物を持って来た。
「洞爺湖」と柄に字が書かれた木刀を。
それを見たSPたちは、呆れたりはしない。
逆に目を輝かせていた。
かつての洞爺湖サミットにおいて、各国首脳の警備をしたSPたちのお土産一番人気は木刀であった。
それも「洞爺湖」と書かれたものが……。
おまけ:
SPは「洞爺湖」と書かれた木刀を貸してもらい、嬉しそうに振り回す。
アメリカ人飛行士の一人が
「それ危ないから。
人がいる場所で振り回さないで下さい。
つーか、銃あるのに、なんで木刀なんかに嬉しそうにしてるんですか!」
とツッコム。
「あー、そこの眼鏡が本体の飛行士、ちょっと黙ってようね。
男にはなあ、ロマンってものがあるんだよ」
何かが乗り移っていたSPであった。




