新たな持ち込み物
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「ジェミニ改」14号機の打ち上げが6週間後に迫っている。
前回の滞在の反省も踏まえて、新たに持ち込んで貰う物の審査を行っている。
今回の飛行士は、「ジェミニ改」8号機で宇宙に行った尾方飛行士と、今回は初飛行になる山崎飛行士の組み合わせである。
尾方飛行士が船長かつ教官役となり、新人の山崎飛行士を指導する事になる。
ミッションは前回に引き続きドッキングの練習、素材の宇宙空間での劣化についての暴露モジュールへの取り付け、前回取り付けたままの長期暴露サンプルの回収、小型衛星の放出、その内の一個を利用した宇宙ステーション自撮り、エアロックでの宇宙服着脱の実地訓練(船外活動まではしない)等である。
滞在期間は前回より長い7日間。
往復に2日、ドッキング訓練で1日、ドッキング後の待機で1日と、計11日の飛行計画である。
食糧や水もそれだけ多くを用意した。
そして新しく持ち込む装備のレクチャー。
「前回、谷元飛行士から目の疲れを訴えられたので、それ用のものです」
秋山が使い方を見せる。
「要は、目薬を点せれば良いのですが、無重力だと無理です。
容器で目に密着させても、あの液体だと無理がありますので、
タオルというかガーゼというか、その布から薬を溶かした蒸気を目にあててもらいます」
つまりは目にタオルを当てるのと、目薬点すのを合わせたような道具であった。
化学変化で、使う時にやや温かくなる。
薬も気化しやすくなるし、目の加湿・保温も出来る。
次は、
「宇宙酔い、効くかどうか分かりませんが、頭痛い時用の……」
「ヒ〇ピタですね。
分かります」
これも熱を取る系と、逆に薬が塗ってあって緊張した筋肉をほぐす系があった。
そして
「便座カバー。
用を足す時につけてくれ。
あと、吐き戻す時に直接便座に顔を密着させないと、吸引センサーが動かないから……」
「秋山さん……、その用途は誰もが望んじゃいませんよ」
尾方飛行士が冷静に答えた……。
「いや、何枚も何枚もあるからさ」
「根本的に便器密着が嫌なんです!
カバー付けようが何しようが、根本解決になってません!」
「根本解決は無理なんですって、あれを一回地球に持ち帰らないと!」
「……頑張って、ビニール袋の中に戻すようにしますよ。
な、頑張れよ山崎さん」
尾方飛行士は宇宙酔いはしないと言っていたので、今回初飛行の山崎飛行士に振る。
山崎飛行士は、嫌~~な目で便座カバーと「ケロケロ袋」とマジックで書かれた袋を眺めていた。
他に脱臭剤。
無いと信じたいが、万が一前回の酸っぱい臭いが残っていた時用。
マスク。
同じく、万が一前回の酸っぱい臭いが(略)。
鼻栓。
同じく、万が一(略)。
反射や散乱を防ぐ、黒いフィルター。
ぶっちゃけ、タブレットに使う物の流用。
密着させて空気を出せば、ピッタリ窓に張り付く上に、何回でも剥がして貼り直しが出来る。
ドッキング時の太陽光対策である。
「葛根湯」「生姜湯」「ホットレモン」「人参茶」「ハーブティー」の粉末。
前回の谷元飛行士の食欲不振を受け、食べなくても飲むだけで済ませられ、かつ胃腸への刺激が少ないものである。
サプリメント系で以前にNASAの審査を通していた為、問題は無い。
薬効は「微弱、むしろ無い」というものだが、「精神安定に効果あり」なようだ。
ビニールに錠剤を入れ、お湯を注いで溶かして飲めば良い。
低周波マッサージ機。
これは議論が割れた。
揉み疲れみたいになるんじゃないか?
無重力でのコリは重力下のものとは違うんじゃないか?
(血管が収縮する重力下と、逆に血が上がり過ぎる無重力)
要モニターで実験機材として採用。
今回一番の注目機材が「サウナスーツ」であった。
「寝袋ですか?」
散文的な尾方飛行士の表現である。
使用しない時は、寝袋同様丸めて縛って小さく出来る。
使用時には人が一人入って、中と外からジッパーを閉め、顔だけ出す状態にする。
ここに同送のタンクからパイプを接続して湯を入れる。
湯は最初から一定の温度にしてはおくが、中の電熱器で温度調整も出来る。
「ぬるい!」と文句を言って来た谷元飛行士の意見を容れたものだ。
入浴後は、排水ボタンを押してお湯を回収する。
回収した湯は、同送のタンクでろ過され、再使用可能となる。
体形に沿った形状の為、水は湯舟に比べて極めて少ない使用で済む。
水タンクとバッテリーを持参する為、宇宙ステーション内の電気は使わない。
欠点は……
「これ、温度目盛りが外についてますよね」
「そうだね」
「じゃあ、山崎さんが入浴中に僕が温度42℃に設定して放置したら……」
「やめて下さい……」
「あと、給水/排水ボタンも外ですよね」
「そうだね」
「山崎さんがのぼせても、僕が排水ボタンを押さなければ……」
「やめて下さい……」
「中から、顔に出る汗も拭けませんね」
「いや、着ぐるみみたいな感じで手が入るとこもあるから、そこから少しは動かせるよ」
「でも、もし僕が塗れタオルを何枚も用意し、山崎さんの顔に貼り付けていったら……」
「古代中国の処刑法じゃないんですから、マジでやめて下さい……」
「まあ、2人いないと使用できないものだから、仲良くね」
「ウフフフフ……」
「尾方さん、マジ、やめて下さいね」
(尾方飛行士、結構ドSだな……)
秋山は、宇宙でリアルにドSを発揮しない事を祈った。